45.全力
「私を斬れるようになった……だから、どうしたと言うのだ?」
クロードはその場で大剣を振るう。放たれた魔力が波のように広がり、シュリネを襲った。
鋭い刃に斬られたように、シュリネの身体のあちこちから出血する。
「まさに背水――魔力を一切残さないということは、すなわち魔力に対する耐性そのものを放棄するということだ。こうして、わずかに溢れた魔力を受けただけで、皮膚は裂かれて血を流す。全く対等になどなっていない」
「確かにね」
シュリネは否定しない。
クロードの魔力量が異常なことは間違いないし、魔力のない状態で戦うなど、無謀だということは分かっている。
だが、シュリネにとっては――魔力の有無など関係ないのだ。
才能がないことは理解した上で、極めようとしたのは剣術だ。
一本の刀で、あらゆる敵を打ち倒すために強くなった。その真価が問われる時――
「対等だなんて考えてないよ。けれど、わたしは負けない」
「どこからそんな自信がくるのだ……。これも若さというわけか。実に無謀なことだ」
「無謀かどうかは、試してみれば分かるよ」
再び、シュリネが動き出す。
クロードは魔力を身体に纏う。溢れ出した魔力は、シュリネにとって単純に危険なものだ。
だが、シュリネは下がらない。
クロードが大剣を振るった。シュリネは跳躍して、それを避ける。刃が届かずとも、放たれる魔力は直撃すれば、シュリネにとっては致命傷になりえるために、回避するほかない。
けれど、刃の届かない位置でクロードが剣を振った――シュリネに近づかれたくないという、明確な逃げの行為だ。
クロードの剣が届く距離まで近づいた。
すぐに、シュリネに対して大剣を振り下ろす。
「ふっ――」
息を吐き出して、シュリネはクロードの大剣を刀で受け流した。
威力はあれど、剣速は十分に対応できるものだ。
足場が砕かれるが、その前にシュリネは跳躍して――クロードの肩に一撃を加える。
「……ちっ」
鎧の隙間を縫うように。僅かな出血が見られ、クロードは二度目のダメージを受けた。
戦いを見守る者達にも、動揺が走る。
浅い傷とはいえ、クロードの方が攻撃を受けている状況なのだ。だが、
「……っ」
じわりと、シュリネの身体に巻いた包帯から出血が見られた。
身体の怪我は完全には治っておらず、下手に動けば傷は開く――分かっていたことだ。
「二撃目……見事なものだ」
ゆらりと、クロードが悠然としたままにシュリネと向き合う。
「こうして斬られる痛みを味わうのは久々だ。大型の魔物でも、私に傷をつけることは難しい」
「それはどうも」
「だが、私につけた傷はたった二つ。お前はどうだ――どう足掻いたところで、魔力によって身体に傷は増え続け、傷まで開いている。おそらく、持ってあと数分というところか? 随分と、息も上がっているようだが」
シュリネの呼吸は乱れている。
痛みの強い身体。一切のミスの許されない状況。そして、負けることは許されない戦い――およそ、一人の少女が背負わされるには、あまりに過酷な状況だ。
しかし、シュリネは望んでこの場に立っている。
弱音を吐くことなど許されず、そんなもの――口に出すつもりはない。
むしろ、シュリネは笑って見せた。
「……何を笑うことがある?」
「強い相手と戦うのはさ、楽しいよ」
「ふっ――はははははははははっ!」
冷静だったクロードが大きな声で笑った。
「面白いやつだ。追い詰められても、なお笑うことができるか」
クロードはゆっくりとした動きで、シュリネと向かい合う。
身体に纏った魔力が――徐々に大きくなっていく。
「ならば、これでも笑っていられるか?」
暴風のなかにいるような、大きな音が響き始めた。
その原因は分かっている――鎧の隙間から、目に見えて魔力が噴き出して、クロードの姿が変化しているようにさえ見えた。
「――竜装魔鎧。これが私の全力だ」
満身創痍のシュリネに対して、ようやくクロードが本気を出した瞬間だった。
誰しもがその姿を見て、恐怖する。
相対するシュリネだけが、それでも表情を変えることはなく、
「いいね。ここからが、本当の勝負だ」
怯む様子は全くなく、シュリネはクロードに向かって駆け出した。