44.呪い
王宮の広間は静まり返っていた。
先ほどまでは、一人の少女の処刑が行われるはずだった場所で今、決闘が始まろうとしている。
悠々と構えるのは、王国最強の騎士――クロード。対するのは、傷だらけの少女――シュリネ。誰がどう見たって、勝敗は明白だった。
無傷の、しかもこの場にいる誰もが知る最強の存在と、怪我を負った見知らぬ少女では、結果など見えてしまっている。
唯一、この場でシュリネの勝利を信じてるのは、彼女の後ろに控えているルーテシアだけだろう。
「無意味なことだ」
シュリネと対峙したクロードは、呆れたように言った。
「やってみなきゃ分からないでしょ」
「……呆れたものだ。お前は一度、私に敗れている。圧倒的な力の差を理解したはずだ――それなのに、わざわざ戻ってきたかと思えば、今度は王位継承権を賭けた決闘だと? くだらなすぎて笑えもしない」
「よく喋るね」
「……なに?」
「わたしから言えることは一つ。卑怯な真似はしないでね?」
「減らず口を……。満身創痍のお前など、斬り捨ててそれでお終いだ」
開始の合図はない。互いに武器を手に取った時点で、戦いは始まっている。
シュリネが抜いたのは、真紅の刀身を持つ美しい刀であった。
「! それは……」
反応したのはルーテシアだ。彼女はこれが何なのか、分かっているようだ。
この刀は、ルーテシアがフレアから渡されたもう一つの切り札。正確に言えば、彼女にとっては切り札となる代物だ。
「折れた刀の代わりか。よく調達できたものだ」
「あなたは知らないんだ。一応、王族が持ってたものなのにね」
「……フレア様から渡された物か。だが、刀の一本握ったところで何になる。お前の攻撃は――私には通らん!」
とてつもない量の魔力を放ち、大気が震える。
周囲にいた人々も、圧倒的な力に息を呑んだ。アーヴァントに至っては、クロードを見て勝利を確信したように優越感に浸っている。
今から、シュリネの処刑が始まる――そして、シュリネが死ねば、ルーテシアは自分の物になると考えているのだろう。
「今度こそ散れ――小娘」
ブンッと、魔力を帯びた大剣が振り下ろされる。
シュリネはその一撃を刀で受け流した。地面が割れ、その威力の凄さが分かる。
「なんだと……?」
驚きの声を上げたのは、クロードだ。
シュリネが彼の一撃を受け流した――刀には一切の刃毀れはなく、そのままシュリネは跳躍すると、クロードに一太刀浴びせた。
首元への一撃。咄嗟に回避したクロードだが、痛みと共に出血する。
シュリネの一撃が、クロードに通ったのだ。
「バカな……ほとんど魔力を纏っていないお前の一撃が、私に通るはず――」
そこまで言ったところで、クロードは気付いたようだ。
「その刀か」
「正解だよ」
――シュリネが託された刀は、呪いの刀と呼ばれていた。
「呪い?」
「ええ、使い手の生命力を吸うと言われています。握ると力が出なくなる、と」
そう言って、フレアは鞘に納められた刀を抜き放った。
真紅の刃は美しく見え、同時に血を吸ったようや刀身にも見える。
「この刀は東の国から伝わった物です。もう何代も前の王の時代に」
「生命力を吸うって言う割には、あなたは大丈夫そうだね?」
「そうですね。わたくしは特に問題はありません」
「……? どういう意味?」
「この刀は、正確に言えば魔力を吸うのです。『紅鉱石』と呼ばれる稀少な素材を使い、魔力を吸い続けるこの刀は驚くほどに頑丈となり、決して折れぬ刃となります。ただし、先ほど言った通り、持ち主は魔力を吸われ続けるので、その状態に慣れない者には厳しいでしょう」
「じゃあ、あなたが握れる理由は……」
「わたくしは、生まれながらに魔力をほとんど持ちません。そういう人間が扱う分には、負担がないのです。貴女も、わたくしと同じでしょう?」
見る人間が見れば、シュリネの魔力が低いことは分かるものだ。
それは戦いにおいてデメリットにしかならないが、この刀を扱う上では、必要な才能なのだ。
――シュリネは真紅の刃をクロードに向け、言い放つ。
「わたしの身体には、もう魔力は全く残っていない。けれど、この刀には――あなたを超える魔力がある。そして、魔力を吸い続けるこの刀なら、あなたの防御力も意味をなさない」
「なるほど……お前だけが生かせる、唯一の刀というわけか」
「運命なんて言葉は信じないけどさ、わたしがこれを握ってここに立ったのは、偶然だとは思えないね」
――クロードに斬撃を通せる唯一の刀を持って、シュリネは向かい合った。