43.本音を聞かせて
その場にいた全員が、シュリネの姿を見て驚きの表情を浮かべていた。
処刑される寸前だったルーテシアを助け出す者がいること自体、驚きだろうが――一部の者は別の意味で驚きを隠せない。
「クロード……! どういうことだ!? こいつは、お前が斬ったはずだろう……!?」
「確かに、その通り。ですが――状況は何も変わらないのでは?」
アーヴァントの問いに、クロードは至って冷静に答えた。
怒りの表情を浮かべていたアーヴァントも、その言葉を受けて、やがて余裕を取り戻す。
「……そうか、そうだな。お前の言う通りだ。たかが小娘が一人、生きていたところで何も変わりはない……。おい、すぐにそいつを殺せ! ルーテシアの処刑を再開するぞ!」
アーヴァントの指示を受けて、近くにいた騎士達が動き出した。
シュリネは懐から一枚の紙を取り出すと、大きな声で宣言する。
「わたしはシュリネ・ハザクラ――第一王女、フレア・リンヴルムの代理としてここにいる!」
「! フレアの代理だと……?」
アーヴァントが険しい表情を浮かべた。
シュリネの元へ駆け寄ろうとした騎士達も、その名を聞いて動きを止める。
王女の代理――いかにアーヴァントの指示とはいえ、民衆の前でその名前を出した以上は、簡単に手出しはできない、というわけだ。
そして、フレアがルーテシアを助けるために――シュリネに渡した切り札だ。
「フレア・リンヴルムは第一王女として、ルーテシア・ハイレンヴェルクの身柄の引き渡しを要求する。その理由は、ルーテシアの罪状には調査すべき点が多く、無実の可能性が拭えないため」
「はっ、無実だと? 証拠は俺が握ってる。どんな理由付けをしようと、ルーテシアを引き渡すことなどあり得ん」
「最後まで聞きなよ。この書状は、第一王女であるフレア・リンヴルムの名において――第一王子であるアーヴァント・リンヴルムに決闘を申し込む物である。フレア・リンヴルムに代わり、わたし、シュリネ・ハザクラが決闘の代理人となる」
「ふは、ふはははははっ! 何を言い出すかと思えば、それこそあり得ない話だ! 俺がどうして、この状況でお前達の言う、決闘を受けなければならない?」
アーヴァントは笑っているが、騎士や民衆は動揺の色を隠せない。
王女であるフレアが、王子であるアーヴァントに決闘を申し込んだのだ――王族や貴族の決闘は、この国では実際に行われてきたもの。
しかし、申し込まれたからこそ、必ず受けなければならないということはない。
決闘を拒否すれば当然、その事実こそ広まりはするが――現状ではアーヴァントに受けるメリットは一切ない。
シュリネもそれが分かっているが、この話にはまだ続きがある。
「決闘を申し込む以上は、賭けるものがあるに決まってるでしょ?」
「何を賭けるというんだ。俺に潔く王位を明け渡すというのであれば、考えてやらんでもないが――」
「その通り」
「……は?」
アーヴァントが素っ頓狂な声を漏らした。
シュリネは、その場にいる全員に向かって、はっきりと口にする。
「この決闘にわたし、シュリネ・ハザクラが敗北した場合――フレア・リンヴルムは王位継承に関わる全ての権利を放棄する。それが、この書状に記された全てだ」
「……! 正気か……!?」
アーヴァントが驚きのあまり立ち上がった。広間にいた全ての者達が、ざわつく。
当たり前だ――ルーテシアの処刑の場に現れた少女が、突然に王女の名を口にして、王位継承の権利に関して口にしたのだ。
だが、シュリネの持つ書状に押印されているのは、第一王女であるフレアの印章だ。
アーヴァントならば、これが本物であると理解できるはず。故に、彼はシュリネの言葉を受けて考え始めた。
この決闘を受けるべきか否か、だ。
悩んでいるようだが、フレア曰く――間違いなく、アーヴァントはこの決闘を受けるはずだと言う。
フレアが継承権の全てを放棄すれば、そもそもルーテシアを処刑する必要もなくなり、後顧の憂いは全て消え去る。
決闘に勝てば、フレアはもはや王位を継ぐことができなくなる、という書状なのだから。
「王位継承権の破棄って……貴女、何を言っているの……?」
小さな声で、座り込んでいたルーテシアが問いかけてきた。
弱り切っているはずの彼女の表情から見てとれるのは、怒りだ。
「私を助けるために、そんなことを?」
「そう、あなたを助けるために、王女もわたしに賭けてくれるって」
「そんなこと……! 貴女だって、生きていたのなら……!」
生きていたのなら――来るべきではなかった、そう言いたいのだろう。
フレアも言っていた通り、傷だらけの身体で、もはや生きているこそさえ奇跡だと言える状況で、ルーテシアを助けるためだけに、敵だらけの場所にやってきたのだ。
「貴女が負ければ、全て終わりなのよ……!? 王位継承権が残っていれば、私が処刑されたとしても、可能性は残ってるはずなのに。なのに、どうしてそんな……」
「親友だからこそ、助けたいって言ってたよ。見ず知らずのわたしにさ、全てを賭けてくれたんだ」
「そんなの……ダメよ。私を助けるため、なんて。絶対にダメ。今すぐに戻って。今ならまだ、決闘を受理される前なら――」
「なら、あなたはどうするの?」
シュリネは振り返り、ルーテシアを真っすぐ見据えた。
「わたしがここで戻れば、あなたは処刑される」
「……分かってるわよ」
「分かってない。死にたいの?」
「そうするしか、ない――」
「わたしが聞いてるのはそういうことじゃない」
シュリネはルーテシアの肩を掴んで、少し怒った口調で言う。
「死にたいのか、生きたいのか、聞いてるんだ」
「……意味のない、質問よ」
「あるよ。わたしは、あなたを助けるために来た。王女だって、あなたを助けるために全てを賭けてる。それなのに、あなたはそれを望まないって言うの?」
「……っ、望めるわけ、ないじゃない。私なんかのために。なんで、貴女はここに来たのよ……」
「わたしはあなたの護衛だから。護衛の役目は、守ることにある。わたしは――強くなったのに、その役目を果たせなかった。けれど、今なら果たせるんだよ。わたしに、あなたを守らせてよ。これがわたしの本音だから」
だから、
「あなたの本音も聞かせてよ。王女がどうとか、望めないだとか、そんな屁理屈はどうでもいい。あなたの本音を聞かせて」
「……そんなの、言えない。言えるわけが――」
「大丈夫だから」
シュリネはルーテシアを抱き寄せると、優しく彼女に言う。
「わたし、あなたに信じてもらうのは悪い気持ちじゃなかった。むしろ、嬉しいとさえ思った。だから、わたしのことを信じてよ。絶対に負けないからさ。前に言ったよね? たとえ世界中が敵になったとしても――わたしが必ず、あなたを守る」
「……っ。私――」
ルーテシアは、本音を決して口にしようとはしなかった。
最初に出会った頃もそうだ、命を狙われている状況でも毅然としていて、唯一――感情をはっきりと見せてくれたのは、母親の話の時だろう。
あの時に分かったことは、ルーテシアだって普通の少女だ。
高貴な身分だとか、そういうのは関係ない。
今は、味方のいない一人の少女なのだ。
そして――彼女を救うために、シュリネはここにいる。
ルーテシアは、震える身体で言う。
「こんなこと、望んだら、ダメなのに――お願い、私を、助けて……っ」
ふり絞ったルーテシアの本音を受けて、シュリネは即答する。
「――引き受けた」
シュリネは再び、アーヴァントへと向き直った。
彼もまた、提案を受け入れる覚悟を決めたようだ。
「……その決闘とやらは、俺も代理を出していいんだな?」
「もちろん」
初めから分かっている。
ルーテシアを助けるためには――王国最強の騎士を打ち倒さなければならないのだ。




