表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/153

42.たった一人で

 ――三日という時間は、あっという間に過ぎていった。

 満足な食事も与えられず、気まぐれにやってきたアーヴァントに痛めつけられ、すでに一人では立って歩くこともできないほどに、ルーテシアは衰弱していた。

 それでもなお、彼女の心は折れていない。

 決してアーヴァントには従わず、彼女の処刑は決まった。

 刑の執行は日を待たずに、公布と共に王宮内にある広間が解放され、民衆の前で行られることとなった。

 ルーテシアの罪状が読み上げられるが、それが仕組まれたことであると、反論する機会はない。

 民衆達に走るのは動揺だ。

 ルーテシアがそんなことをするはずがない、でも王子が調べて処刑が決行されるのなら真実ではないか――彼らに真偽を確認する術はなく、何より王国最強の騎士であるクロードが、その場に立っているのだ。

 誰も、ルーテシアの処刑に異を唱えることなどできなかった。


(……それで、いいわ)


 もはや争いなど望まず、ルーテシアは全てを受け入れた。

 これから処刑されることに、何も抵抗はしない。

 少し離れたところで席に着くアーヴァントに視線を送る。

 優越感に浸るあの男に何もできないことは悔しいが、もうすぐ顔を見ることもなくなるのだ、構わない。

 ルーテシアの目の前にあるのは、絞首台だ。王宮の広間に本来はない物なのに、わざわざここまで運んできたのだろう――どこまでも、ルーテシアを追い詰めるために、だ。

 騎士に連れられて、ルーテシアは歩かされる。

 手足に枷を付けられているが、そもそも逃げることなどできるはずもない。

 途中、ルーテシアの前にクロードが立った。


「……何故、貴方のような人が、あの男に味方するの?」


 分かっているはずだ、アーヴァントは間違っている――甲冑の下の表情を窺うことはできないが、クロードは即答する。


「王は優しさだけでは務まらん。だが、あえて選ぶのでなら、我々に利がある方を選ぶ――それだけのことだ」


 つまり、もう一人の候補――フレアは優しすぎる、と言いたいのだろう。

 確かに、ルーテシアはその点については同意する。

 けれど、そんな彼女を支えてやればいい、そんな風に考えたのがルーテシアなのだ。

 今更、言ったところで覆る状況でもないが。

 一段、また一段と階段を歩かされ、辿り着いた先の景色は、皮肉にも晴れた空だった。

 これから死ぬというのに、あまりに綺麗な光景に思わず笑ってしまう。

 騎士達は手際よく、ルーテシアを配置につかせた。

 途中、縄の長さを調整しているのを見て、アーヴァントの醜悪さを理解する。縄を短くすることで、ルーテシアができるだけ長く苦しむようにしようとしているのだ。

 本来であれば、落下の衝撃で首の骨が折れるはず。

 しかし、今の長さでは、痛みはあれど折れることはない。ギリギリまで苦しめて、殺す――そういう意思が伝わってきた。


(なら、絶対に、耐えてやる)


 苦しむ姿なんて、見せてやらない。

 ルーテシアは覚悟を決めた。

 どうせ死ぬのなら、せめてアーヴァントの喜ばないようにしよう。耐えに耐えて、静かに死んでやる。

 それくらいしか、ルーテシアにはできることがなかった。縄を首にかけられて、目隠しをされて――準備は整った。

 いつ足元の板が外されるか、ルーテシアには分からない。

 ――後悔があるとすれば、ハインとシュリネのことだ。

 ハインのことを、結局ルーテシアは分かっていなかった。彼女が苦しんでいるというのに、ただ『信じている』などという言葉だけで、縛り付けてしまった。

 ルーテシアが死ぬことで自由になれるのなら、どうか彼女は救われてほしい。

 シュリネは――果たして生きているのだろうか。最後に見たとき、彼女が受けた傷は浅くなかった。

 あの時、ルーテシアが動かなければ、あるいはクロードを打ち倒し、シュリネが勝っていたかもしれない――ルーテシアを守ろうとしたから、彼女は斬られてしまったのだ。

 謝って済むことではないが、そんな機会すら与えられることはないのだろう。


(私は……)


 彼女のことを、まだ何も知らない。護衛と、依頼人という関係だけで、もっとこれから知りたいと思っていた。

 だから、これからも護衛として傍にいてほしい、と提案したばかりなのに。


「……っ」


 時間が経てば経つほど、だんだんと恐怖心が勝ってくる。死んだって構わない、そう決意したはずなのに、死にたくないと思わされてしまう。

 アーヴァントはそれが分かっていて、あえてすぐに執行しないのだ。

 震え始める身体を止めることはできず、助けを求めたくなる。許しを乞いたくなる。心が折れかけたところで、ふわりと身体が浮いた。


「ぁ」


 ――意外に呆気ないもので、首が締まって苦しくなると思ったのに、そんな感覚はない。

 あるいは、苦しんで死んだのかもしれないが、もうそんな事実などない、死後の世界に辿り着いてしまったのだろうか。

 暗闇だった視界が開かれると、そこには知った顔があった。


「……シュリネ? あなたも、死んでしまったの?」

「バカ言わないでよ。ちゃんと生きてる」

 

 ――生きていた。その事実に、ただ安堵する。

 けれど、どうして彼女がここにいるのか、見れば、首の縄は綺麗に切断されて、処刑台の下にいる。

 ざわつく民衆と、怒りに満ちた表情で、アーヴァントが叫んでいた。


「何故だ! 何故、そいつがここにいる!?」


 ――王宮の広場。ここにいるのは、アーヴァントに属する騎士ばかり。それに、最強の騎士までいる。

 誰も助けてくれるはずもなかったし、望みもしなかった。

 なのに、彼女はここに現れたのだ。


「なんで――」


 すでに諦めていたのに――シュリネは、たった一人やってきたのだ。

 ルーテシアの枷を繋ぐ鎖を刀で切断すると、シュリネはルーテシアを守るように立つ。身体中、包帯だらけで――今のルーテシアよりもずっと深い傷を負っている。

 それなのに、シュリネは自信に満ちた表情で、言い放つ。


「助けに来た」


 ――大勢の敵を前にして、シュリネの一切の迷いない答えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 翻訳アプリで失礼します。 処刑を前にしたルーテシアの恐怖と体験 [一言] 救出再会まで、そう長くはないようでよかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ