40.救えない
王都のある場所にて――ハインは男と対面していた。
銀髪に褐色の肌をしたその様相は、この辺りでは珍しいだろう。
王都においては、名の知れた商会を長を務めているが――本当の姿は、ハインと同じ組織に所属しており、幹部の一人だ。
「ガーロに命じて連絡係をさせたはずだが、僕の話は届かなかったようだね」
「……ええ。ガーロの行方は分かっておりませんか?」
「ロレンツ山脈の手前までは確認している。けれど、それ以降は不明――ちょうど、君に伝えた辺りだろうか?」
気付いているような言い方をする男の名は、キリク・ライファ。優しげな笑みを浮かべているが、ハインは息を呑む。
威圧感――蛇に睨まれた蛙とでも言えばいいのか、表情を崩さないようにするので手一杯だ。
「連絡は……受けておりません。それ以上のことは、申し上げることはできません」
「そうか。まあ、いいだろう。僕達は実力主義だからね。ガーロよりもハイン――君の方を僕は評価している。故に、君が役目を終えて戻ってきてくれただけで十分だよ」
そう言いながら、キリクはテーブルの上に置かれたグラスに手を伸ばし、中身を飲み干した。
「ふぅ……さてと、長い間ご苦労だったね。次の指示があるまで、自由にしてくれていいよ」
「……一つだけ、よろしいでしょうか?」
「なんだい、言ってごらん」
「お嬢様――ルーテシアを、生かしておくことはできませんか?」
ハインが言うと、キリクは目を細めた。
「理由は?」
「彼女は……まだ役に立ちます。民衆からの信頼も厚く、生かしておいた方が価値が――」
「役に立つ、信頼……他人のその言葉に僕は価値を見出すことができない」
「……っ」
ハインの言葉を遮って、キリクは淡々と言い放つ。
「役に立つかどうかは僕が決めることで、ルーテシアはもう価値のない存在だ。民衆の信頼など、得ようと思えば正攻法を取る必要なんてないのだから。彼女には現状、味方らしい味方もいない。おそらくは、王女も彼女のことを見捨てるだろう」
「ですが――」
「二度は言わないよ、ハイン。君の役目はもう終わったんだ。ルーテシアのことは忘れるといい」
そんなこと、できるはずがない――だが、これ以上の問答をしても、いい答えは得られないだろう。
「君はもう、自分の心配だけをするんだね。何のためにここにいるか、思い出すことだ」
「……はい、分かって、います」
ハインはもう、キリクに対してただ頷くことしかできなかった。部屋を後にしてから、ハインは一人、王都を歩く。
いつもと変わらぬ賑わいを見せており、今起こっている出来事なんて、本当は夢なのではないか――そう思わせるほどだ。
けれど、ハインの隣にルーテシアはいない。
シュリネも、姿を消したまま戻ってきてはいない。
直撃を受けているのなら、おそらくは即死だが――少なくとも、ハインは彼女が死んだとは考えてはいなかった。
人気のない路地裏に入ると、ハインはその場で座り込み、小さな声で呟く。
「私には……もう、お嬢様は救えない」
どこまでも無力だ――あの時、ハインがルーテシアを連れていくことができれば、逃げられたかもしれない。
だが、アーヴァントの傍にいた女性は、ハインと同じ組織の属する者であり、彼の監視の役割を負っていたのだ。
同時に、あの場でハインに仕事の終わりを告げて、下手な行動をすれば、『家族の命はない』とはっきりと宣告された。
ハインには、たった一人の家族――妹がいる。彼女のためにこの組織に入ったのだ。
けれど、長い年月を共にしたルーテシアもまた、ハインにとっては大事な家族だ。
天秤に掛けることなどできるはずはないのだが、選択を迫られた。
結果――ハインは妹を選んだ。その事実が、彼女を苦しめることになる。
「……っ」
ハインは叫びだしたくなる気持ちを抑え、静かに時が過ぎていく中――何もできない自分をただ心の中で罵倒し続けた。