4.今から敵になる
シュリネが問いかけたのはルーテシアの方であるが、彼女に代わって返答がきた。
女性――ハインの方が、状況をよく理解している、というところか。
言葉を受けて、シュリネは目の前の男に言い放つ。
「そういうわけで、今からわたしはあなた達の敵だから」
「……ッ」
同時に、首元を斬り裂くように剣を振るう。
すぐにシュリネは振り返ると、後方にいた敵に対しても刃を振り下ろした。斬り伏せた相手をそのまま蹴り飛ばすと、シュリネは勢いに任せて刀を突き刺す。
「がはっ!?」
後方にいたもう一人の敵の腹部まで突き刺さったところで、控えていた残りの三人が動き出す。
シュリネの前の一人はわずかに後ろに下がると、数本のナイフを取り出した。
即座に距離を取って戦った方がいいと判断したのだろう。
後方のもう一人はシュリネに向かって真っすぐ動き出し、もう一人は――ルーテシアに向かっていく。
それぞれが明確に役割分担して、仕事を完遂しようとしている。
あるいは、先行していた仲間がやられた場合も想定していたのか。
目の前の敵がナイフを投擲すると同時に、シュリネは跳躍した。
それほど高くはない車両の中でぶつかるギリギリまで飛び、椅子の上に着地する。
投擲されたナイフは仲間の方へと向かっていくが、咄嗟に切り払うだろう。
その間に、ルーテシアに向かった相手と対峙し、
「ちょっと伏せてね」
シュリネが言うと、ハインが反応してルーテシアに覆いかぶさるような動きを見せた。彼女の反応から見るに、それなりの実力者ではあるようで、護衛の役割も果たしていそうだ。
シュリネはそのまま椅子を蹴り、交差するように一閃――ルーテシアに向かって来た敵を斬り捨てる。
「……? な、なんだ!?」
ここでようやく、同じ車両に乗っていた乗客の慌てる声が耳に届いた。戦闘が始まってからまだほんの数秒――反応が遅れるのも無理はない。
幸い、ルーテシアの座席の前後に乗客はいないため、このまま戦闘は続けられる。
座席から座席へと跳ぶように移動したシュリネは、そのまますぐ近くにいた刺客の首を刎ねた。
スパンッと音が響き、綺麗に首が飛ぶ。これで五人目――最後の一人は、背を向けると素早い動きで車両から逃げ出した。
本来ならここで追いかけるところだが、他に敵がいるかもしれない。
倒した相手の中にもまた生きている者はいるが、シュリネは無視してルーテシアとハインに声をかける。
「とりあえず切り抜けたけど、この後は?」
「緊急事態ですので、魔導列車を停めます。お嬢様、こちらに」
「……っ、仕方ないわね」
ルーテシアはやや不服そうな表情をしながらも、ハインの言葉に従って動き出した。
魔導列車の車両と車両の間に行くと、ハインはすぐにそこにあったベルを鳴らした。
大きな音と共に、魔導列車が揺れる。
「お嬢様、こちらにお掴まりください」
言われるがまま、ルーテシアは手すりを握る。
シュリネは大きく揺れる中でも、バランスを崩すことなく立っていた。
「この音は何かの報せ?」
「車両内で問題が発生した場合に、緊急停止を促すベルです。今、まさに緊急事態ですので」
「なるほどね。停めた後はここから逃げる、でいいのかな」
「いいえ、魔導列車には王国の騎士が駐在していますし、まだここは町の近くです。すぐに応援が来るでしょうから」
「そこまで守り切ればいい、と。なんだ、もう終わったようなもんだね」
他に刺客が潜んでないとも限らないが、少なくとも近くに気配はない。
もうしばらく、近くにいて守れば仕事は完遂できそうだ。
「貴女は……何者なの?」
ルーテシアがシュリネに問いかけてきた。
その表情から窺えるのは、疑念の顔。いきなり刺客と戦って助けてくれる人が現れるなんて、信じがたいと言ったところだろうか。
確かに、常人ならば何もできない状況には違いない。
だが、幸か不幸か――シュリネは普通の人間ではなかった。
「そういえば、まだ名乗ってなかったね。わたしはシュリネ・ハザクラ。まあ、見ての通りの旅人だよ」
「旅人……? そんな人が、どうして私を助けようとするのよ?」
「どうしてって、さっきも言ったでしょ。仕事として引き受けたの。旅の資金が底を尽きそうで」
「旅の資金って……。まさか、本当にそんな理由で?」
ルーテシアはまだ納得いっていない様子だが、シュリネにとってはそれ以外の理由は特にない。あえて言うならば、
「あとは……わたしって元々、あなたみたいな高貴な人を守る仕事に就く予定だったから。何となく、こういう仕事を一回くらいしてみたかったってだけ」
「え? それは、どういう――わっ!?」
ガタンッ、と再び車両が大きく揺れ動く。
停止しかけていたはずの魔導列車が、再び加速し始めたのだ。