表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/153

39.感情のままに

「くく……はははははっ!」


 橋の上に響き渡るのは、アーヴァントの笑い声だ。

 悠々とした足取りで、アーヴァントはルーテシアの下へと歩いていく。すでに騎士達によって捕らわれた彼女を、目の前に跪かせた。


「いい護衛を連れていたようだが、無駄だったな」

「……っ」


 ルーテシアはアーヴァントを睨みつける。

 だが、動きを封じされていては、何も抵抗する術はない。

 にやりと笑みを浮かべたアーヴァントは、騎士に指示を出す。


「連れていけ。あとで俺が直接、尋問してやる」

「はっ」


 アーヴァントの指示に従い、騎士がルーテシアを連れて行こうとする。


「アーヴァント……貴方、どこまで落ちぶれたら気が済むの……!?」

「落ちぶれた? 違うな。俺はより上を目指している――もはや、罪人になったお前には理解できんか」

「貴方が――」

「黙って歩け!」

「ぐ……っ」


 アーヴァントに掴みかかることもできずに、ルーテシアはそのまま騎士に無理やり歩かされる。

 心配なのは、シュリネのことだ。

 クロードの一撃を、シュリネは受けていた。ルーテシアを庇ったために。

 こみ上げてくる感情が混ざり合って、思わず吐き気を催してしまう。

 ハインのこともそうだ。彼女は間違いなく、ルーテシアのことを助けようとしてくれていた。怪我を負ってまで戦ってくれたハインが、動けなくなるには事情があるはず。

 それを聞くことすらできずに、ルーテシアは騎士達が用意していた格子のある馬車に乗せられた。手足にも枷を着けられ、言葉を発しようとすれば黙らされる。

 やっと王都にまで辿り着いたというのに――結局、ルーテシアはアーヴァントの考え通りに動いていただけに過ぎなかったのだ。

 悔しさはあっても、もはやどうすることもできない。

 同じ馬車に、アーヴァントも乗り込んできた。


「分かったか。俺に逆らったからこうなったんだ」

「……」

「発言は許可してやる。言いたいことがあれば言えよ」

「貴方と話すことなんて、何もないわ」

「くくっ、そうか。反抗的だが……こうなってしまえば可愛いものだな」

「……っ、最低ね。私のことも、奴隷にするつもり?」

「何のことだか分からないが、お前は行きつく先はどちらかしかないな。奴隷か、死か――安心しろ、数日程度は猶予はある」


 裁判さえ受けさせるつもりはない、ということだろう。

 今のアーヴァントは強権を発動させている。

 フレアのところにさえ辿り着ければ、まだ可能性はあるが――ハインとシュリネがいない現状、もはや仲間は一人もいない。


「安心しろよ。従いさえすれば、お前は死なずに済むんだからな」


 アーヴァントの言葉の通りだ。

 ここで従えば、命だけは助けてやる――本当のことなのだろう。

 けれど、ルーテシアはもう心に決めている。

 どんなことがあろうと、アーヴァントに従うなんてことは、絶対にしない。


   ***


 ――それから、ルーテシアは監獄へと入れられた。

 しかも、王宮内にある特別室であり、入ることができるのは一部の者だけだ。

 拘束衣を無理やり着せられて、ルーテシアには一切の自由が与えられなかった。

 当然、誰かが面会にやってくることなどなく、彼女がここにいることを知っている者すら、いるか怪しい。

 唯一、尋問のために訪れるのが――アーヴァントだけだ。


「どうだ、逃げ回るよりはよっぽど快適じゃないか?」

「……」

「おいおい、無視をするなよ」

「っ」


 アーヴァントはそう言うなり、ルーテシアの前髪を掴んで、無理やり顔を上げさせる。

 視線すら合わせるつもりはなかったが、こうなったらできることは睨むくらいだ。


「なあ、ルーテシア。俺達は婚約者だったよな?」

「罪もない子を罪人に仕立て上げて、奴隷にして連れ回すような奴と婚約者だったなんて、反吐が出るわ」


 ――ルーテシアにやった手法と同じ。アーヴァントはそういうクズなのだ。

 それに気付いたルーテシアは婚約を破棄して彼の悪事を暴こうとしたが、結果的には全てもみ消される事態となった。

 今でもなお、ルーテシアはアーヴァントのやったことを許していないし、その事実をどうにか公にできないか、と動いてはいた。


「権力っていうのはな、そういうことを可能にするんだ。お前が気付かないふりをしていれば、今頃はいい関係になれていたと思うぞ」

「できるわけないでしょう。貴方なんかと」

「くははっ、やはりいいな。俺はお前のような女を屈服させるのが……好きだ。何度刺客を送って殺してやろうかと思っていたが、折れないその心は美しい」


 そう言って、アーヴァントはルーテシアに迫る。――不意に手の力が抜けた隙を突いて、ルーテシアはアーヴァントの顔面に頭突きを食らわせた。


「ぐっ!?」

「いつまでも格好つけないでよ、馬鹿じゃないの」

「……馬鹿はお前だ、クソ女が! 人が優しくしてやれば、すぐつけ上がりやがる」

「……うっ、ぐ」


 身動きのできないルーテシアに対して、アーヴァントは思い切り腹部の辺りを踏みつける。

 何度も、執拗に暴力を振るうが、それでもルーテシアはアーヴァントを強く睨んだ。

 激しい痛みに意識は朦朧としてくるが――ルーテシアはただ耐え続ける。


「はっ、は……っ、ルーテシア。お前の家族は……全員愚かものだな」

「……? 何を、言って」

「薄々、勘づいてはいるだろう? お前の父親は事故で死んだわけじゃない」

「――」


 ルーテシアは目を見開いた。

 ――聞いていた話では、ルーテシアの父は魔物に襲われて亡くなったという。

 実際、それを疑うような証拠もないと、騎士からは報告を受けた。

 けれど、今のルーテシアの現状を考えれば、あり得る話だとは思っていた。

 その事実に、目を向けたくなかったのだ。


「じゃあ、貴方が、お父様、を……?」

「ああ、俺が指示して殺したんだよ」

「……アーヴァント、お前だけは、絶対に殺してやる……っ」


 ルーテシアはただ、アーヴァントに向かって静かに言い放つ。

 それができないことが分かっているからこそ、心底楽しそうにアーヴァントは笑っていた。


「くは、はははっ! いい顔になったな、ルーテシア! 常に冷静でいようとするなよ。今の方が、よっぽどお前らしい」

「黙りなさい。この、クズ野郎――がはっ」


 再び、ルーテシアの腹部を思い切り踏みつけてから、アーヴァントは言う。


「期限はあと三日だ。それまでに、俺に従わないのであれば――お前は処刑する」


 この状況でも、まだアーヴァントはルーテシアが従うと思っているらしい。

 だとすれば、この世界で一番愚かなのは、間違いなくこの男だ。

 血に混じった唾を吐き捨て、拒絶の意思を示すが、アーヴァントは余裕そうな態度でその場を後にする。

 ズキズキと痛む身体で、ルーテシアは脱力したまま、どうしたらいいか分からない感情のままに叫ぶ。


「あああああああああああっ!」


 怒りと悲しみ。泣いたところで、何も解決はしない。

 叫んだところで、助かるわけでもない。

 ルーテシアにできることは、ただあのクズができる限り望まない方向へと、今の状況を進めることだけだ。――残り三日という、短い期間の中で、だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 翻訳アプリで失礼します。 貴族に死刑を宣告するのに、公開裁判は必要ないのでしょうか。それとも、この王子は権威がありすぎて気にしないのか。 [一言] やはり、ルーテシアの父親も暗殺され…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ