38.最後に見えたのは
――確かに状況は絶望的だが、シュリネはそれでも冷静だった。
ハインは敵に通じているというよりは、理由があって動けない、そういう状況にあるようだ。
迫る騎士達を、大柄の騎士が制止する。
「お前達では勝てん。ルーテシア様も、その場から動かないように」
そう一言告げると、騎士達は命令に従った。
やはり、目の前に立つ男が、この国においては最強なのだろう。
そんな男が、アーヴァントの味方についているのだ。
目の前の男も含めて、ルーテシアに手を出そう、という者はいないようだが、彼女を連れて離脱するのは難しい。
「逃がすと思うか? 実際に騎士を殺した女は、お前だろうに」
「騎士らしくないね。人を貶めるのに色々と理由をつけて……わたしは人生二度目の経験だけどさ」
「そうか。運のない小娘だな――だが、もう気にする必要はない。お前は、このクロード・ディリアスに殺されるのだ」
男――クロードはそう言うと、ゆっくりとした動きで剣先をシュリネへと向けた。
身体もさることながら、直剣のように扱っているそれは、シュリネから見れば紛れもなく大剣だ。
それを片手で軽々と振るうのだから、相当な力を持っている。
だが、動きは大したことはない。
シュリネはクロードの首元に剣撃を放った。
キィン、と金属音が響き渡り、シュリネは驚きの表情を浮かべる。
確かにクロードの首を捉えたはずなのに、傷一つついていない。
どころか、シュリネの刀の先端が――逆に折られていた。
「いい一撃だ。普通の騎士であれば、今の剣撃で首を刎ねられていたかもしれないが……実に惜しいな」
「硬すぎるでしょ……」
シュリネは呆れたように溜め息を吐く。――クロードが身に纏った魔力は、例えるなら頑強な鉱石のよう。基本的にシュリネも含め、刀剣を扱う者はその刃に少量でも魔力を込める。
刃こぼれを起こさないようにコーティングし、本来であれば斬れないモノも両断できるようにするのだ。
――目の前に立つ男、クロードはその鎧に魔力を流し込み、全身を硬化させている。
その硬さは、もはやシュリネの刃を通すことは叶わず、仮にシュリネが強さで上回ったとしても、どうしても越えられない壁だ。
「才能――魔力量については、生まれ持ったものだ。私にはそれがあり、お前にはない。私ほど、魔力を持った人間に会ったことはないがね」
たった一撃。それだけで、シュリネのおおよその魔力量は把握できたのだろう。
「……上等」
シュリネは普段より、刀に魔力を込めた。足りないのであれば、補うしかない。
少ない魔力量を調整しながら、クロードに届く一撃を放つために、シュリネは再び動き出した。
やはり、動きはさほどでもない――そう思った瞬間、眼前に刃が迫った。
「っ!」
咄嗟に右に避け、距離を取る。
地面を叩いたクロードの一撃は、橋を大きく揺らした。
魔力によるブーストによって、剣撃を即座に速めている。加速した剣撃の威力は、直撃すれば即死は免れないだろう。
圧倒的な硬さに、余りある攻撃力。シュリネの見た目通り、クロードは間違いなく強い。
しかし、シュリネは刀を構えて、一切退く様子は見せなかった。
おそらく、シュリネが出会った中では五本の指に入る。否、最強と言っても過言ではない相手だ。
それも、護衛対象が目の前にいる状況での戦い――シュリネの役目を果たす時が今、ここにある。
「燃えるね、こういうシチュエーションは」
「まだ勝つ気でいるのか。いいものだな、若いというのは」
「結構、歳いってるんだ?」
「それほど若くはないさ。だから、若い芽を摘むのは少しはばかられるのだが……お前は敵だ。故に、殺す他はない」
「いいじゃん、分かりやすくて。わたしも、あなたは斬るしかないと思ってるからさ!」
シュリネは刀を握ったまま、体勢をやや低くした。より強く魔力を込め――強固なクロードの鎧を両断する必要がある。
チャンスは一度。防がれたら、シュリネの魔力総量で考えても、クロードを斬ることは不可能になる。
互いに向き合って動こうとした瞬間、
「ぐっ、ぁ」
「ハイン……!」
聞こえてきたのは、ハインの呻くような声。ルーテシアが、ハインの下へと走り出した。
「! 動くなと……」
クロードは反転して、ルーテシアの方に向く。
ハインの傍にいた女性が、何かしたようだ。ルーテシアが思わず、彼女の下に駆け出してしまうように。
ハインも反応するが、女性によって動きを止められている。
――クロードの魔力を込めた一撃は、ルーテシアに向かって放たれる。
「……ちっ」
シュリネは思わず舌打ちをした。――この男の狙いをすぐに理解したからだ。ルーテシアを止めるのに、わざわざ威力の高い技を使う必要なんてない。
だが、ルーテシアに対して放たれる技を、黙ってシュリネが見過ごさないと分かっているのだ。
止めるためには、クロードに放つための一撃を――ぶつけるほかない。
シュリネは加速して、全力でクロードの一撃に刃を合わせた。
ルーテシアの目の前で、彼女に傷一つつかないように、魔力を使い――砕け散った刀と共に、あとわずかというところで、クロードの一撃を受けた。
「……え?」
間の抜けた声を漏らしたのは、ルーテシアだ。
シュリネは自らの意思で彼女を庇ったのだから、何も気にする必要はない。
だが、それを伝えるための言葉を口に出す余力はない。
「魔刀、術――」
「終わりだ、小娘」
再び放たれた一撃によって、シュリネの身体が宙を舞う。鮮血と共に、シュリネは石橋から放り出された。
「シュリネッ!」
――最後に見えたのは、こちらに手を伸ばすルーテシアの姿。けれど、その手は届くはずもなく、シュリネは真っすぐ落ちていった。




