35.悪くはない
シュリネとユレスは互いに向き合ったまま、すぐには動かなかった。
シュリネは両手で刀を握り、やや刃先を下げるように。
ユレスは片手で剣を持ち、もう片方の腕で間合いを計っているようだった。
「来ないのか?」
「そっちこそ。わたしはいつでもいいよ」
「ふっ、そうか。ならば、私から仕掛けさせてもらおう」
ユレスはそう言うと、地面を蹴って真っすぐシュリネへと向かってきた。互いに武器を振るい、剣撃をぶつけ合う。
いざ戦いが始まれば、様子見などはしない。
やはり、ユレスの剣術は先ほど戦った者達とはレベルが違う――確実にシュリネの攻撃を防ぎ、隙あらば一撃を加えようとしてくる。
だが、真正面の斬り合いであれば、シュリネが後れを取ることはない。
しばらくして、鍔迫り合いになる形で、動きが止まる。
「やるじゃないか、剣術はほとんど互角――といったところか」
「互角、ね」
「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう」
「別に。わたしはもう、あなたの剣術は見切ったけど」
「――ほう。では、私は少しやり方を変えさせてもらおうか」
「!」
ユレスは片方の腕に魔力を込めた。
同時に、シュリネの足元が輝き始める。剣を弾いて、すぐに距離を取った。
先ほどまでいた地面が盛り上がると、鋭く太い岩の針が出現する。
「私は魔法も得意でね。君はどうかな?」
ユレスが指で指示するような動きをすると、次々とシュリネの足元から岩の針が出現する。
シュリネは走り出して、ユレスと距離を確認しながら、魔法を回避していく。
一発でも当たれば、おそらくシュリネの身体を簡単に貫く程度の威力はある――わずかな隙を見つけて、シュリネはユレスとの距離を詰めるが、
「ちっ」
近づこうとすると、目の前に岩の針が出現して阻まれる。
魔法の扱いに関しては、言葉の通り得意なのだろう。
一方、シュリネは体内に流れる魔力量が非常に低いという欠点があるために、魔法戦は得意とはしない。
――だが、そんなことは分かり切っている。
魔法を得意とする相手ならば、それに合わせた戦いをするだけだ。
「いつまでも逃げ切れると思うなよ」
「――」
進んだ先を読まれていた。
シュリネの足元に出現した岩の針によって、華奢な身体が宙を舞う。
「シュリネっ!」
離れたところで見守っていたルーテシアが、声を上げた。
宙を舞うシュリネは、ちらりと横目でルーテシアに視線を送り――そのまま、ユレスの目の前へと降り立つ。
「な……! 確実に貫いたはず……!?」
ユレスが驚くのも無理はない。
シュリネはあえてユレスの使った魔法を受けた。否。受けるふりをしたのだ。
岩の針が出てくるのだと分かっているのだから。その魔法の勢いに合わせて高く跳ぶくらい、シュリネなら簡単だ。
咄嗟に距離を詰められ、すぐに反応できなかったユレスの――左腕に刃を放つ。
スパンッ、と小気味よい音と共にユレスの左腕は切断された。
「ぐっ、この……っ!」
だが、ユレスは怯まない。腕を失っても、すぐに右手で握った剣で応戦しようとする。
間違いなく深手であるはずなのに、剣で応じようとする精神力は大したものだ。――再び、剣術による勝負が始まった。
けれど、シュリネにとっては、この時点で結果が見えている。
「言ったはずだよ。もう見切ったって」
「う、おお……!?」
刃を交えれば、シュリネが勝つ。
おそらく、ユレスも分かっていたのだろう。剣術においては互角ではなく、シュリネの方に分がある。
魔法による戦術に切り替えたのは、シュリネがあまり魔法を使わない――あるいは、ほとんど使えないという情報を得ていた可能性がある。
シュリネにとっては、その程度の情報を知られたところで、何も困ることはない。
対応して斬る――それが、シュリネという剣士なのだ。
ユレスの脇腹に一撃を加えて、背後に回る。
ユレスは剣を高く振り上げて、シュリネを両断しようと力を込めた一撃を放った。
しかし、軽々とシュリネはそれを捌き、互いの視線が交わる。
「私の――負けか……」
ユレスの呟きと共に、彼の首を刎ねる。最期は潔く、今まで戦った敵とは違い、騎士らしいと言えた。
シュリネがユレスから受けたのは、わずかな掠り傷程度で、先ほどの四人も含めると、今回の戦いではほとんど怪我を負っていない。
血を掃うようにして刀を振るい、鞘へと納めた。
コロコロとユレスの頭部が転がり、吹き出した血が周囲を赤く染めていく。
戦いを見ていたルーテシアが、その場にへたり込んだ。
「今度からさ、目は瞑っておいた方がいいんじゃない? あんまり得意じゃないでしょ、こういうの」
「……わ、私のために戦ってくれているのに、逸らすわけにもいかないでしょう」
「ふぅん……わたしは仕事でやってるだけなのに。まあ、あなたに任せるよ」
「……ユレスは一応、顔見知りではあるもの。彼の最期くらいは、私には見届ける義務はあるわ」
それが貴族としての務め、というところだろうか。
ルーテシアの言い回しからすると、初めからシュリネが勝つとは思っていたようだ。
そう思われるようになったのは――やはり、短い間でも彼女を守り続けてきたことに信頼関係が生まれた、と言える。
(護衛対象に信じられるのも、悪くはないね)
ルーテシアには見えないところで、シュリネは少しだけ笑みを浮かべる。――第一王子の親衛隊は、シュリネの前で斬り殺される結果に終わった。