34.裏切り
「おいおいおいおい……マジかよ。ルーテシアの護衛、やるじゃねえか」
遠方から指で輪を作り、シュリネの戦いの様子を見守りながら、青年――ガーロ・ヴェルファンは呟いた。
ガーロの命じられた役割は、ハインへの任務終了の連絡と、ルーテシアの始末を見届けること。
しかし、戦況は思っていた方向とは違う。
「ユレスだったか……? 確か、実力は王国騎士でも上位らしいが、ちゃんと始末つけられるのかねぇ――お前はどう思うよ?」
ガーロが問いかけると、後方から姿を現したのはハインだ。
「まだ残ってたのは意外だな。もう監視の仕事は終わったはずだぜ。それとも、最期を見届けるつもりか?」
「……」
「おい、何とか言ったらどうなんだよ」
ハインはゆっくりとした足取りで、ガーロに近づいていく。
「あなたがここに来た時点で私の役目は終わり――けれど、あなたがここに来た事実がなければ、どうなるでしょう」
「……お前、正気か?」
ガーロには、すぐにハインの言いたいことが分かった。――彼女に装着したベルト型に隠してあった短剣を抜き放ち、構える。
「お嬢様を王都までお届けする……それさえできれば、私は潔く身を引きます」
「そういうことじゃねえよ。お前の役目はもう終わったんだ。俺を殺して、バレずにやり過ごせると思ってるのか?」
「証拠は残しません。そういうことが、できるように教育されていますので」
ハインの表情は決意に満ちていた。
ガーロの知るハインは、感情を表立って出すタイプではなく、命令にも忠実。間違いなく、模範的な駒であったのだが。
小さく嘆息し、ガーロは頭を搔いた。
「マジにやる気かよ……。だから、俺は反対だったんだよなぁ……。十年――随分と長い月日だ。感情の一つや二つ、芽生えたっておかしくはねえ。本物の家族より、愛情ができちまったか?」
「――」
ハインがガーロに向かって、短剣を振るう。
しかし、ガーロは身軽な動きで、ハインの一撃をかわした。
「いい殺意だ。そして、残念でもある。ハイン、俺はお前のことを評価してるんだぜ? 今なら、まだ俺に襲い掛かった事実は――なかったことにしてやる」
「……私は一度、命令に従ってここを離れるつもりでした。でも、動けなかったんです。だって、お嬢様は――私を信じてくれているから」
ルーテシアがハインを捜していたことは、分かっている。
送られてくる刺客から考えても、ハインは疑われても仕方ない。
シュリネはおそらく、ハインを怪しんでいることだろう――それでも、ルーテシアはここをすぐに離れる選択は、しなかったのだ。
命を狙われた状況で、その選択ができる彼女を見て、ハインも一つの覚悟を決めた。
「私は……あなたをここで始末します。お嬢様を安全に王都までお送りするために」
「明確な裏切り行為だぜ。やるって言うなら、俺も全力で相手になるが」
「第一王子に情報を流している者がいる――組織は中立が基本のはず。疑いがあるのであれば、私にもあなた達と敵対する理由はできます」
「あなた達、ね……。俺と戦う理由付けまで考えてきたのかよ? 黙って従っていればいいものを――本当に残念だ」
ガーロはそう言うと、腰に下げた剣を抜き放つ。刀身がやや太く、特徴的な形状の剣だ。
「一応忠告しておくが、お前はここで俺に負ければ、お前の最愛の家族の命もそこまでだぜ? おっと、もう最愛じゃないか? 血の繋がりも何もない、ただの他人であるルーテシアの方が大事なんだもんな?」
ハインの決意を鈍らせる一言。しかし、彼女の表情は変わらない。
やはり、ハインはここでガーロを殺す気のようだ。
「そうかよ。それじゃ、俺はもう何も言わねえ――ここで、お前を殺す」
言葉と同時に、二人は刃を交えた。