31.顔見知り
シュリネはルーテシアを抱えたまま、森の中を駆けていく。後ろからは三人、左右に別れてそれぞれ一人ずつ――追ってきているのは、合計で五人だ。
「ちょ、ちょっと! 一体なんなの!?」
「説明してる暇はないんだけど、まあ簡単に言うと追われてる」
「追われてるって、誰に――っ!」
そこで、ルーテシアが口を押さえて黙り込む。
どうやら、揺れた衝撃で舌を噛んでしまったようだ。
「だから言ったのに。場合によっては大怪我になるんだから、黙ってなよ」
「……っ!」
何か訴えるような、険しい視線を向けられるが、ルーテシアを抱えたままでは――どうやら敵から逃げ切れないようだ。
決してシュリネが遅いわけではなく、木々が生い茂る森の中で、シュリネを見失わずに確実に追い付いてきている。
(さて……どうしようかな)
シュリネは考える――どこかにルーテシアを置いて戦うのは難しそうだ。
そうなると、止まって迎え撃つ方がいいのだろうが、森の中であることが逆にシュリネにとっては不利になる。
襲ってくる敵への対応が遅れてしまう可能性があるからだ。
シュリネは素早い動きで大木を駆け上がると、そのまま跳躍して周囲の状況を確認する。
ここから少し離れたところに、川が流れているようだ。
そこなら場所も開けているし、敵と戦うには十分な広さがある。
シュリネはすぐに行動に出た。
「川の方に向かうよ。ハインのことは――一旦忘れて」
ルーテシアは納得していない表情だが、反論もしなければ抵抗もしない。彼女なりに、今の状況が危険であることが分かっているのだろう。
目的の場所はもうすぐ、というところで、追手の一人が一気に距離を詰めてきた。
「おっと」
ブンッと空振った武器の音が耳に届く。
シュリネが身を屈めて避け、すぐに相手へ蹴りを繰り出した。
腹部へと直撃し、その勢いのままに前へと出る。
ローブを着ていたために姿は確認できなかったが、今の攻撃は確実にシュリネとルーテシアを殺そうとしたものだった。
さらにもう一人が、シュリネの前に回っていたようだ。刀身の長い剣を構えて、一気に振り抜く。
シュリネは地面を蹴って、空中へと跳んだ。
刺客は、そのまま刃をピタリと止めると、シュリネに向かって振るう。
「――っと」
「!」
シュリネは空中で身体を回転するようにしながら、刺客からの攻撃を回避する。
抱えられたルーテシアは、何が何だか分からない、といった様子だが、あまり彼女に負担も掛けられない。
すぐ近くの木に足を着くと、強く蹴って前へと進んだ。
「ちょ……なんなのよぉ!」
一気に跳んだために強い負荷が掛かったのか、ルーテシアが悲鳴をあげる。
ようやく川に着いたところで、シュリネはすぐにルーテシアを下ろした。
「お、追われているって言っていたけれど……まさか、ここに刺客が……!?」
「そうだね。確実に私達を狙った攻撃だったし――っと、もう来たみたい」
「!」
シュリネとルーテシアの前に姿を現したのは、ローブに身を包んだ五人の人物。先ほど、シュリネに仕掛けてきた二人も混じっているようだ。
「貴方達……私を狙ってきたの?」
「――いいえ、それは違います」
ルーテシアが問いかけると、一人が答えてローブを脱ぎ捨てる。以前に見かけた、王国の騎士の姿であった。
「! 貴方は……」
ルーテシアはその人物を見て、驚きの表情を浮かべる。
「お久しぶりですね、ルーテシア様」
その青年騎士はどうやら、ルーテシアとは顔見知りのようだ。