30.嫌な予感
しばしの休息の後、ルーテシアが立ち上がった。
「これ以上、待っていても日が暮れてしまうわ。捜すなら、夜になる前の方がいいわよね?」
「夜の方に活発になる魔物もいるだろうし、目で捜すならそうだろうね。安全なのは今かな」
シュリネとしてはどちらでも構わないが、ルーテシアの安全という意味では――ハインを捜すのなら今の時間の方がいいだろう。
横になって寛いでいたシュリネだが、勢いよく立ち上がると、すぐに周囲を確認する。
魔物の姿はなく、誰かが近くにいる、という感じもない。
シュリネは懐から木の実を何個か取り出すと、ルーテシアに手渡した。
「さっき、食べられそうなの見つけたからさ。お腹が空いたら食べなよ」
「ありがとう、いただくわ」
「じゃあ、ハインがいなくなった方角に進むってことでいいかな?」
「ええ、そうしましょう」
森の中でハインを捜す――当然、どこに行ったのか分からない以上、動き回ること自体にリスクはある。
だが、ここまで待っても戻ってこないのならば、言葉にこそ出さないが、おそらくハインは戻ってくるつもりはないのだろう。
考えられる答えとして、ハインはルーテシアのことを見捨てたのだ。
ただし、これはあくまで、シュリネの主観に過ぎない。
ルーテシアの言う通り、浅い関係ではないのであれば、まだ可能性は残っている。
シュリネはルーテシアと共に、ハインを捜すために森の中を歩き出した。
「気配で分かるって言っていたけれど、どれくらいの範囲まで分かるの?」
「んー、一概にこれくらい……とは言えないかな。でも、遠くから感じる視線とかは分かるし、こっちから逃げようとしている気配も感じるよ。森の中だから説明しにくいけど、たとえばあそこにある木、分かる?」
「あの大きな木? 結構、距離はあるけれど」
「あそこに殺気を飛ばすとね――」
言うと同時に、数羽の鳥が飛び立って行った。
「あれくらいの距離なら、わたしの気配も向こうに悟らせられるって感じ」
「す、すごいわね……。なんか、野生動物みたいな……?」
「野生動物って。こういう森で修業を積むと、誰でもできるようになると思うよ」
「そういうものなのかしら……。シュリネは、似たような場所で修業をしていたの?」
「ここより、もうちょっと鬱蒼としてたかな。食べ物だってろくにないし、その日を生きるのに精一杯というか、常に全力でいないと死ぬのようなところだった」
「え、ええ……? どうして、そんなところに……?」
「だから、修行。強くなるために」
「……あなたは、強くなることを望んでいたの?」
「んー、どうだろう。今はよかったと思うけど、当時のことはあんまり覚えてないや」
シュリネは強くなることでしか、生きられない環境で育った――だから、強くなるしかなかったのだ。
今では、強敵と戦うことは好きだし、こうして護衛の仕事ができていることにも満足している。
強くなることを望んでいたかどうかなど、どうでもいい話だった。
「逆に聞くけど、ルーテシアは今の状況をどう思ってるの?」
「……私?」
「そう。いきなり命を狙われたって感じでしょ?」
「そうね。正直――腹が立つっていうのが一番かしら」
少し機嫌の悪そうな表情で言い、思わずシュリネはそれを見て笑う。
「あははっ、それはいいね。ルーテシアっぽい」
「何よ、貴女の中での私のイメージ、どうなってるわけ?」
「んー、どうだろう。強い女の子って感じ?」
「貴女の方がよっぽど強いじゃない」
「わたしが言いたいのは――! 止まって」
話の途中で、シュリネは不意に感じた気配に足を止めた。
ルーテシアを手で制止すると、すぐに周囲の気配を窺う。
「ど、どうしたのよ……? もしかして、ハイン?」
「いや、一人じゃないね。人の気配ではあるけれど、数名。しかも、囲うようにしてこっちに向かってる」
「……! まさか……」
シュリネは頷いた。山の中だと言うのに、まるでこちらを見定めるかのように迫ってくる集団。十中八九、刺客と見て間違いないだろう。
――嫌な予感は的中してしまったのかもしれない。ハインが姿を消して、敵にこの場所を知られた。
つまり、ハインは敵と繋がっているのだ。
シュリネはすぐにルーテシアの身体を抱える。
「……へ?」
いきなりのことで、間の抜けた声を漏らすルーテシアだが、
「口は閉じてなよ。舌、噛むかもしれないから」
伝えることだけを伝えて――ルーテシアを抱えたまま、思い切り走り出したのだ。