29.選択に従う
――ハインが戻ってこない。
彼女ならば、それほど時間をかけずに寝床くらいは見つけられるだろう。
まだそれほど長い付き合いではないが、シュリネにも分かる。
何かあったのは明白であるが、シュリネ一人で捜しに行くわけにもいかないし、ルーテシアを一人にすることもできなかった。だが、
「ハイン、さすがに遅いわね」
先に口を開いたのは、ルーテシアだ。
やはり、彼女も気がかりなのだろう。
「この辺りなら、近くに休めそうなところはあると思うけどね」
「魔物に襲われた、なんてことは……?」
「ハインってあなたの護衛だよね? わたしは少なくとも大丈夫だと判断してるけど、違う?」
「そう、ね。ハインは少なくとも、私なんかよりは強いわ。なら――刺客に襲われた、とか?」
「それもないと思うけど。ここにいるって知られてない限りはね」
それにハインを狙うより、確実にルーテシアを狙ってくるだろう。
つまり、現状ではハインが行方をくらます理由が見当たらないのだ。
「どうあれ、ここで考えても仕方ないし……かといって下手に動くとはぐれる可能性もあるから。少し近場で休めるところがないか、一緒に探そうか?」
「動いて、ハインは大丈夫かしら?」
「ここから離れすぎなければ、気配で分かるから」
「気配って……すごいのね」
「じゃなきゃ、護衛なんて仕事はできないよ」
「分かるのなら、そうね。本当なら捜しに行きたいのだけれど……」
ルーテシアなら当然、ハインの心配をするだろう。
シュリネは現状、ハインについては黒とまでは言わないが――今の段階で姿を消すのは、かなり怪しいと言わざるを得ない。
しかし、彼女が仮に第一王子側だったのであれば、ルーテシアを連れ出して護衛をする理由はなく、シュリネに助けを請う必要もなかったのだ。
そこが引っ掛かっているため、確実にハインは第一王子側の人間だとは言い切れない。
とにかく今は、ルーテシアを休ませつつ安全を確保するのが先決だ。
「じゃ、行こうか」
そう言って、シュリネはルーテシアに手を差し伸べた。
「大丈夫よ、歩けるから」
「そう? 足場が悪いから、気を付けてね」
シュリネならば問題なく進める道も、ルーテシアが行けるとは限らない。
ある程度、道筋を考えながら、シュリネは周囲を警戒した。
やはり、ハインが戻ってくる気配はなく、彼女は完全に行方をくらましている。理由なく遠くまで行くとは考えにくいし、行動の意図が掴めなかった。
ハインはルーテシアを裏切っているのか――そう、単純な話ではないように、シュリネも思い始めている。
しばし進んだところで、シュリネはちょうどいい洞穴を見つけた。
魔物が使っている形跡もなく、外からは見えにくい。
ここなら、ハインが近くに来れば分かるし、逆に刺客であったとしても十分に対応可能だ。
「ここで休んで、ハインを待つけど――時間は決めた方がいいかもね」
「時間……?」
「ずっと待ち続けるつもりはないよね?」
「もしも戻ってこないのなら、捜しに行くわよ」
「この森の中を捜すって? さすがにリスクが――」
「私は……ハインとずっと一緒だったの」
シュリネの言葉を遮り、ルーテシアが言葉を続ける。
「あなたは、彼女を疑っているかもしれない。仮に、ハインが私の居場所を刺客に伝えているのなら、何か理由もあるはずだわ」
「理由、ね。今のわたしの率直な意見は、ハインの意図が掴めないだけだよ。確かに裏切ってるのなら、最初からあなたを逃がす理由もないし、わたしを護衛につける理由もないからね」
「……そう、よね。だから、ハインを置いてここを去る理由なんて選択は、あり得ないわ」
「いいよ。わたしはルーテシアの選択に従うから」
シュリネの答えはそうだ。
ハインが仮に裏切っていても――ルーテシアが信じるというのなら、どうあれ言葉通りに行動する。
それが、護衛を受けた者の役目だからだ。
「いいの? 本当に」
だが、ルーテシアがそんな風に問いかけてきた。
「だって、あなたは信じるんでしょ?」
「そうだけど……私が間違っているとか、思わないわけ?」
「間違っているかどうか、は正直言ってわたしには関係ないかな。わたしの仕事は、あくまであなたを護衛すること。ハインが裏切ってないのならそれでいいし、裏切って刺客がここに来たのなら――あなたを守るだけ。ハインを追いかけるのはわたしの仕事じゃないけど、ルーテシアがハインを追いかけるのなら、護衛をするのはわたしの仕事だよ」
ルーテシアの思う通りに行動すればいいい、それだけの話なのだ。
どこまでも、仕事という点でシュリネは忠実だ。
「私次第――そういうことね。正直、こういう時はハインの意見も聞いているから……いなくなると余計に不安だわ」
「頼りにしてるんだね」
「もちろん。子供の頃からずっと一緒だし。あの子、ちょっと表情に出にくいところもあるけれど、優しい子だから。だから……」
そこまで言って、ルーテシアは伏目がちに押し黙った。
シュリネにも、ハインのことを信じてほしい――そう言いたいのだろうか。
「戻ってきたら、本心を聞いてみたら? それか、捜しに行って見つけた時」
「……ええ、そうね」
姿を消したハインを待って、シュリネとルーテシアは二人きりのまま、静かに洞穴で時間を過ごした。




