28.どうすれば
ハインは一人、ルーテシアの元を離れて休める場所を探していた。
森の中であっても、確かにシュリネの言う通り――疲れているルーテシアを休ませることは可能だ。
「……」
ハインは一度、足を止めて周囲の様子を窺った。
ルーテシアはおそらく大丈夫だが、問題はシュリネの方――彼女が来ていないことを確認して、
「そろそろ出てきてはどうですか?」
「――気付いてたか」
ハインの言葉に答え、木々の陰から姿を現したのは一人の青年だ。
ローブに身を包んでおり、顔はフードを目深に被っているが――彼のことを、ハインはよく知っている。
「お嬢様の監視は私の仕事のはず――どうして、あなたがここに?」
「おいおい、随分と態度が冷たいんじゃねえの? せっかく、こんな辺鄙な場所まで来てやったってのに――」
「早く用件を言ってはどうです?」
鋭い視線を向け、ハインは少し苛立った様子を見せた。
すると、青年は肩を竦めて言う。
「相変わらず、冗談の通じねえ奴だ。まあ、用もないのに来るわけねえってのはその通りだぜ。ハイン――ルーテシア・ハイレンヴェルクの監視の役目は、もう終わりだそうだ」
「……っ、終わり、とは?」
青年の言葉に、ハインの表情は険しくなる。
「言葉のままの意味だぜ。もう、ルーテシアには監視を置いておく価値もねえってことだ」
「まだ、お嬢様は生きておられます。王位だって、ルーテシア様が生きている限りは確定しないはず」
「だからよ、第一王子と第一王女――王にするのは、第一王子でいいって上が決めたんだよ。俺はそれを伝えに来ただけさ」
ルーテシアは不要な存在だ、と青年は言っているのだ。
ハインは動揺しながらも、取り乱すことはなく、ルーテシアの価値について話そうとする。
「お嬢様は……多くの民に慕われています。あの方は、生きている価値のある人間のはず」
「俺に言ったところで何も変わらねえよ。それと、いつまでお嬢様なんて呼んでるんだ? お前は初めから――ハイレンヴェルク家に潜り込むだけに送られた存在だろうがよ。まさか……長年一緒にいたから絆されたわけじゃねえよな?」
「……それは、あり得ません」
ハインは否定する。
ここで仮に肯定の言葉を口にすれば、青年はハインを『不要な存在』として始末するだろう。
戦闘になるだけならばいいが、もしも逃げられるようなことになれば――ハインが、ルーテシアに対して抱いている情を知られることになる。
だからこそ、これ以上は強く言うことができなかった。
「ま、そういうわけだ。お前はここを離れて王都に戻れよ」
「……待ってください」
「あん、なんだよ?」
「お嬢様――ルーテシアを狙った刺客が、まるで私達の場所を知っているかのように襲ってきます。私の居場所については逐次、報告をしていましたが……まさか、第一王子側にその情報が流れている、ということはないですか?」
「……軽率な発言は慎めよ。俺達はあくまで中立――誰が王に相応しいかを見極めるだけさ。そして、王と共にある貴族共の動向を監視するのもまた、俺達の役目だ。お前は、その役目を終えただけだぜ? 十年くらいか……お疲れさんっと」
青年はそう言うと、ハインの前から姿を消した。近くにすでに気配はなく、ハインはその場に力なく座り込む。
「私は……」
どうすればいいのか――頭を抱えるようにして、ハインはその場から動けなくなっていた。




