27.彼女は怪しい
ルーテシアの状態を見れば、これ以上は無理をさせない方がいい。
そのはずなのに、ハインは何故か足を止めようとはしなかった。
「なんで、そんなに急いでるわけ?」
「聞くまでもないでしょう。私達が目指すのは王都――こうして遠回りをしている間にも、時間はどんどん過ぎていくのですよ」
「ふぅん、王都に行くのは反対だったのにね」
ルーテシアが王都に行く、と言った時――ハインは強く反対したのだ。
最終的にはルーテシアの考えを尊重するとは言っていたが、そんな彼女が急ぐような真似をするとは思えない。
何せ、自身の主に無理をさせているのだから。
「向かうとなれば、できる限り急ぐべきです。お嬢様の安全を確保するためにも」
「だからさ――」
「わ、私は大丈夫だって! ほらっ」
シュリネとハインが言い争いになりかけたところで、再びルーテシアが割って入る。
気丈に振る舞っているが、やはり彼女がこのまま山越えを続けるのは難しい――それが分からないハインではないはずだ。
だからこそ、シュリネはハインに鋭い視線を向けて、言い放つ。
「どうするの? 間違いなく倒れると思うけど」
「……はぁ。あなたはお嬢様の傍にいてください。私が、安全に休める場所を探します」
「そう? なら、よろしく」
「あ、ハイン――」
「お嬢様、申し訳ございません」
ルーテシアが呼び止めようとするが、ハインは謝罪しながら、足を止めることなくその場を去って行く。 呆然と立ち尽くすルーテシアに対し、シュリネはすぐ近くの倒木に座り込むと、
「あなたも休んだら? 体力ないんだし」
「……私は平気だって言ったでしょう?」
やや、不服そうにしながらも、ルーテシアはシュリネの言う通りに座る。
「平気じゃない。息は上がってたし、このまま進んでたら足を怪我する可能性だってあるよ? そうなった場合、山越えの負担はさらに増える。敵に襲われた場合のリスクもね」
「それは――そうかも、しれないわね……」
シュリネの言葉に反論しようとして、しおらしくなり同意の言葉を口にする。
ルーテシアは確実に無理をしている――このまま進めば、限界を迎えるのは一目瞭然だ。
そもそも彼女は貴族の娘であり、ある程度の剣術などの稽古などはしているかもしれないが、こうして整地もされていない道を進むには、あまりにも不慣れだ。
ハインは彼女の付き人だというのに、疲れを一つ見せない辺り――やはり、普通ではない。
同時に、シュリネには彼女の考えもある程度、予想ができていた。
「あのさ、ハインが道を決めてるわけだけど……結構、遠回りしてるでしょ?」
「確かに、人の多いところを避けるにしても、随分と慎重だとは思うけれど……それがどうかした?」
「んー、いや、やっぱりいいや」
「何よ、余計に気になるじゃない」
言えば、確実にルーテシアとの関係が悪くなる可能性は高い。
しかし、シュリネの考えはおそらく当たっている――一応、彼女には伝えておくべきか。
「おそらくだけど、ハインはルーテシアにわざと無理をさせてるね」
「……わざと? それって、どういうことなの?」
「王都に行かせたくはない、というのがまず一つ。ただ、もう一つ気がかりな点は――敵が、わたし達の行く先々で待ち構えている、という点」
「――」
シュリネの言葉を受けて、ルーテシアの表情が途端に険しくなる。
やはり、この予想は彼女の気分を害するものに違いない。
「貴女、まさか……ハインを疑っているの?」
ルーテシアの問いに、シュリネはすぐに返答しなかった。どう答えたものか、あるいは答えるべきかを考え――
「ハインは何かを隠している。もちろん、わたしよりハインの方が信頼できるに決まってるだろうけどさ。あくまで護衛としての意見――彼女は怪しい」
「……ハインは、私の味方よ。ずっと一緒だったもの」
シュリネの意見が受け入れられるとは思っていない。
だが、思ったより感情的な反論はなく、『私の味方』というのがルーテシアの答えであるのなら、シュリネもそれ以上は言及しなかった。