26.ロレンツ山脈
――一週間後、『ロレンツ山脈』周辺にて、シュリネはルーテシア達と共に行動していた。
ルーテシアの治療もあって、シュリネの怪我はかなり良くなってきているのだが、問題は刺客の襲撃だ。
五日前と、二日前にそれぞれ二回。エルバートほどの相手ではないにしろ、まるでルーテシアの居場所を把握しているかのように、やってくる。
真っすぐ王都へと戻れたらよかったのだが、迂回ルートを使っている状況だ。
今は、馬車を降りて山越えをしようとしている。
「……さすがに、この辺りで襲撃されるなんてことは、ないわよね」
ルーテシアが息を切らしながら、周囲を確認した。
およそ貴族の令嬢が通るような道ではないが、しっかりと山用のブーツに履き替えた彼女は、文句を言うことなく歩き続けている。
先頭を行くのはハインだが、彼女は疲れた様子を見せず、
「おそらくは。敵がどうして、こちらの動きを把握しているのかまでは分かりかねますが」
そう、ルーテシアの言葉に答える。
後方を歩くのはシュリネで、こういった山道には慣れている――理由は単純で、剣の腕前を磨くのに山籠もりも修行の一環として行っていたからだ。
山を行く上で危険なのは、まず第一に魔物だ。
人里離れた場所であるほど、強力な魔物の住処がある可能性が高い。
早い話が、開拓されていない道を通るのだから、当たり前だ。
次に天気――ろくに整理されていない道で土砂降りになれば、シュリネはともかくとしてルーテシアはどうだろうか。
慣れない山で疲労した身体では、下手をすれば倒れかねない。
故に、彼女の体力は気にしつつも、できる限り早くここを抜けた方がいいのだ。
「はぁ、王都に戻るのに魔導列車が使えれば、こんな苦労はしないで済むのに」
「以前の襲撃のこともあります。やはり、目立った移動手段は危険です」
「分かってるわよ。言ってみただけ」
「疲れたなら、どこかで休憩した方がいいんじゃない?」
シュリネが提案すると、ハインは足を止める。
「休憩って、こんな山の中で休めるところなどあるはずがありません」
「洞穴とかなら、それなりに休息はできるよ」
「魔物に襲われる危険性があります」
「わたしがいるから大丈夫だよ」
シュリネは一応、早く抜けるべきという意見を持っているが、それでも体力には限界がある。
今のルーテシアを見る限り、少しでもいいから休んだ方がいいだろう。
「……あなたとは意見が合いませんね」
「そうみたいだね」
「シュリネ、私なら平気よ」
やや険悪なムード――と言っても、お互いにそこまで気にしてはいないのだろうが、ルーテシアが割って入る。
彼女なら当然、そういう強がりを見せるだろう。
ここ数日間、ずっとそうだったからだ。
そして、雇い主であるルーテシアが言うのであれば――シュリネは従ってきた。だが、
「いや、ここは休むべきだよ」
シュリネは、自らの主張を変えなかった。