25.間違った王
ある日の夜――王都の中心にある王宮にて、一人の青年が空を見上げていた。
青年の名はアーヴァント・リンヴルム。この国の第一王子であり、現状では王位を継承できない状況にある男だ。
小さく溜め息を吐くと、アーヴァントは近くの木に視線を送る。
「……あの女、降伏の道は選ばなかったようだな」
「エルバートの遺体も見つかりました。どうやら、それなりに腕の立つ護衛を雇った様子」
木の陰から、ローブに身を包んだ男が一人、姿を現す。
彼はアーヴァントの協力者ではあり、直属の部下というわけではない。
王宮内に忍び込むことができるだけの実力は、備えている。
「はっ、王都を騒がせた人斬りも大したことないな……。簡単に殺されやがって」
吐き捨てるように、アーヴァントは言った。
隠すつもりなどない――ルーテシアの命を狙っているのは、まさしく次期王の候補の一人であり、現状では二番手に位置しているこの男だ。
現状では、王になることはできない。
かといって、同じ血を引く者は守りが固く、唯一狙えるのはルーテシアという、王を決める権利を持つ少女だ。
ルーテシア以外の者達もまた、狙うには勢力として少し面倒――となると、必然的に対象になる。
何より、アーヴァントにとってルーテシアを狙う理由は他にもあった。
「せっかく、こちらにつくチャンスも与えてやったというのに……仮にも一時期は俺の婚約者だった相手だからな」
「いかがいたしましょう。監視はつけておりますが……どうやら、ルーテシアは王都に向かう様子です」
「ほう、こっちに来るのか。随分と大胆な行動に出たな」
「王女と合流させると、面倒なことになる可能性もあります」
「そうならないように仕向けたつもりだったんだがな……まあ、いいさ。金はいくらでもある――腕のいい奴も多く雇っているし、何よりこっちには最強の騎士がいるからな」
依然、アーヴァントは余裕の態度を崩さない。
刺客が何人やられようと、最終的にルーテシアを始末するか、屈服させられたらそれでいい。
自身が王になるということに、一切の疑いがないのだ。
実際、アーヴァントという男は王の器ではない――故に、彼に協力する者は多い。
正しい王ではなく、間違った王になるからこそ、だ。
民のためではなく、私欲のためにアーヴァントは権力を振るうため、彼に協力することで、自らの私腹を肥やすことができる者が、少なからず存在している。
五大貴族のうち、二つはアーヴァントについた方が、自身の利益になると踏んだのだ。
そうして集まる悪意が――ルーテシアを狙うことになる。彼女の敵は、そんな奴らの集まりばかりだった。




