24.たとえ世界中
シュリネの怪我は深刻であったが、彼女自身は楽観的であった。
護衛の仕事であれば、これくらいの怪我を負うこともあるだろう――その程度の認識だ。
服を脱がされて、シュリネは今、ベッドの上で治療を受けている。
小さな村であるために医者はいなかったため、治療をしているのはなんとルーテシアだ。
両手をシュリネの怪我にかざして、暖かい緑色の光を放った魔力を当て続けている。
『治癒術』――どうやら、ルーテシアは高度な魔法を扱えるようだ。
「東ではその魔法、扱える人は偉い人ばかりだよ――って、そう言えばルーテシアも貴族だったね」
「子供の頃から、勉強してたのよ。やっぱり、貴族って命を狙われることもあるから……ってね。まさか、自分じゃなくて他人の治療をするとは思わなかったけれど。それに、この魔法って扱いも難しいから、他の魔法はあんまり覚えられなかったわ」
「だろうね。でも、痛みも随分と和らいできた」
「まだたくさん、傷はあるわ。さすがに肩の傷は貫通してるし、痛みや傷は残ると思うけれど……」
「しょうがないよ、別に気にしないし」
「貴女は女の子なんだから、少しは気にしなさい」
「あはは、面白いこと言うね、ルーテシアは」
「笑いごとじゃないのよ……」
呆れられながらも、ルーテシアの治療は続く。
魔力の消費も激しいだろうに、彼女は集中してシュリネの怪我を治し続けた。肩だけではなく、腕や脇腹、足に至るまであらゆるところに切り傷がある。
まずは一番深い肩の傷が優先されたが、時間がかかってしまう。
だが、放置するわけにもいかない怪我だ――むしろ、ここさえどうにかできれば、後は足のケガが少し大きいくらいで、エルバートとの戦いで万全ではなかったにもかかわらず、かなり善戦していたことがうかがえる。
実際、刀を手にしたシュリネは、エルバートなど歯牙にもかけずに瞬殺した。
「貴女って、本当に強いのね」
「ん、まあ……あれくらいの相手なら、刀さえあれば勝てるよ」
「それだけじゃなくて……こんな怪我を負いながらでも、戦えるんだもの」
「怪我なんて、するのが当たり前じゃん」
シュリネはきょとんとした表情で、ルーテシアを見た。
「当たり前って……こんな大怪我をそんな風に考えてはダメよ」
「怪我をするつもりで戦ってはいないよ、もちろん。でも、戦いになれば怪我を負うどころか――死ぬことだってある。覚悟のないままに挑めば、逆に命を落とすからね」
およそ、十五歳の少女とは思えない言葉だ。
だが、シュリネにとっては当たり前のことで、死ぬつもりで戦いに挑む者などいないと思っているが、死んだとしても後悔のない戦いをするつもりでいる。
どんな悪条件だろうと、戦いに挑むと決めたのならば、勝つ気でいるのだ。
もしもそれで死んでしまったのなら、それがシュリネの限界だった――それだけの話だ。
「ルーテシアだってさ、命がけで刀を届けてくれたでしょ?」
「あれは……私の責任、だし」
「仮に責任があったとして、魔物も出るし自分の命を狙ってる奴もいるし……そんな場所になんて、普通の人間なら絶対に来ないよ。そういうことができる、あなただって強いとわたしは思うけどね」
シュリネの強さは、純粋な戦闘力と折れない心にある。
そんな彼女から見たルーテシアの強さは、シュリネとは全く違うベクトルのものだ。
「……貴女にそう言われるのは、複雑な気分ね」
「褒めてるんだから素直に受け取りなって」
「そうね――さ、肩の傷は終わったわ。次は足ね」
「ほーい」
シュリネは自身のスカートになっている部分をめくる。
それを見て、ルーテシアはやや表情を険しくした。
「……貴女、少しは羞恥心を持った方がいいと思うわ」
「見られて困るような下着はつけてないよ? それとも、ルーテシアって女の子の下着とか見て興奮するタイプ?」
「そ、そんなわけないでしょう! まったく……」
「あはは、ごめんごめん、冗談だから」
怒りながらも、ルーテシアは治療の手を止めない。
少し息が上がっているのを見て、シュリネは声をかけた。
「そろそろ休憩したら? さすがに疲れるでしょ」
「……せめて、大きい傷を治したらね」
「真面目だね。わたしは止めないけど」
「……なら、私がこれからしようとすることも、止めない?」
不意に、ルーテシアはそんなことを切り出した。
「何をするかによるよ。命を捨てるようなことなら――」
「それはしない。あの時は……ごめんなさい」
「いいよ、私は気にしない。それで、これから何をするのさ?」
「……ハインはきっと反対すると思う。けれど、こうして辺境地を逃げるように移動してるだけじゃ、もうダメだと私は思うの」
その言葉で、シュリネはルーテシアが何を言いたいのか理解した。
彼女は現状も逃げているわけではない――だが、身を隠しているだけではダメだ、と考えたのだろう。
「私、王都に戻ろうと思っているわ。どのみちいずれは戻らないといけないのなら……できるだけ早い方がいいと思って」
「いいんじゃない? こっちからも仕掛けた方がいいってことでしょ」
「仕掛けるってわけじゃないけれど……もっと戦いだって激しくなるかもしれないわ。だから、もし嫌ならここで――」
「報酬さえもらえれば、わたしはあなたを守るよ。たとえ世界中、全てが敵になったとしてもね」
「……貴女、そういう言葉はもっと大事な時に使いなさいよ」
ルーテシアは苦笑していたが、シュリネは本気で言っている。
護衛の仕事は、それくらいの覚悟を持ってやっているのだ――だから、雇用主のルーテシアが望むのなら、どこへだって向かう。
「なら――契約成立ね」
「任せてよ、お姫様」
互いに頷いて、改めて契約を交わした。
――次の目的地は、どれだけ敵が潜むか分からない王都だ。




