表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/153

24.たとえ世界中

 シュリネの怪我は深刻であったが、彼女自身は楽観的であった。

 護衛の仕事であれば、これくらいの怪我を負うこともあるだろう――その程度の認識だ。

 服を脱がされて、シュリネは今、ベッドの上で治療を受けている。

 小さな村であるために医者はいなかったため、治療をしているのはなんとルーテシアだ。

 両手をシュリネの怪我にかざして、暖かい緑色の光を放った魔力を当て続けている。

 『治癒術』――どうやら、ルーテシアは高度な魔法を扱えるようだ。


「東ではその魔法、扱える人は偉い人ばかりだよ――って、そう言えばルーテシアも貴族だったね」

「子供の頃から、勉強してたのよ。やっぱり、貴族って命を狙われることもあるから……ってね。まさか、自分じゃなくて他人の治療をするとは思わなかったけれど。それに、この魔法って扱いも難しいから、他の魔法はあんまり覚えられなかったわ」

「だろうね。でも、痛みも随分と和らいできた」

「まだたくさん、傷はあるわ。さすがに肩の傷は貫通してるし、痛みや傷は残ると思うけれど……」

「しょうがないよ、別に気にしないし」

「貴女は女の子なんだから、少しは気にしなさい」

「あはは、面白いこと言うね、ルーテシアは」

「笑いごとじゃないのよ……」


 呆れられながらも、ルーテシアの治療は続く。

 魔力の消費も激しいだろうに、彼女は集中してシュリネの怪我を治し続けた。肩だけではなく、腕や脇腹、足に至るまであらゆるところに切り傷がある。

 まずは一番深い肩の傷が優先されたが、時間がかかってしまう。

 だが、放置するわけにもいかない怪我だ――むしろ、ここさえどうにかできれば、後は足のケガが少し大きいくらいで、エルバートとの戦いで万全ではなかったにもかかわらず、かなり善戦していたことがうかがえる。

 実際、刀を手にしたシュリネは、エルバートなど歯牙にもかけずに瞬殺した。


「貴女って、本当に強いのね」

「ん、まあ……あれくらいの相手なら、刀さえあれば勝てるよ」

「それだけじゃなくて……こんな怪我を負いながらでも、戦えるんだもの」

「怪我なんて、するのが当たり前じゃん」


 シュリネはきょとんとした表情で、ルーテシアを見た。


「当たり前って……こんな大怪我をそんな風に考えてはダメよ」

「怪我をするつもりで戦ってはいないよ、もちろん。でも、戦いになれば怪我を負うどころか――死ぬことだってある。覚悟のないままに挑めば、逆に命を落とすからね」


 およそ、十五歳の少女とは思えない言葉だ。

 だが、シュリネにとっては当たり前のことで、死ぬつもりで戦いに挑む者などいないと思っているが、死んだとしても後悔のない戦いをするつもりでいる。

 どんな悪条件だろうと、戦いに挑むと決めたのならば、勝つ気でいるのだ。

 もしもそれで死んでしまったのなら、それがシュリネの限界だった――それだけの話だ。


「ルーテシアだってさ、命がけで刀を届けてくれたでしょ?」

「あれは……私の責任、だし」

「仮に責任があったとして、魔物も出るし自分の命を狙ってる奴もいるし……そんな場所になんて、普通の人間なら絶対に来ないよ。そういうことができる、あなただって強いとわたしは思うけどね」


 シュリネの強さは、純粋な戦闘力と折れない心にある。

 そんな彼女から見たルーテシアの強さは、シュリネとは全く違うベクトルのものだ。


「……貴女にそう言われるのは、複雑な気分ね」

「褒めてるんだから素直に受け取りなって」

「そうね――さ、肩の傷は終わったわ。次は足ね」

「ほーい」


 シュリネは自身のスカートになっている部分をめくる。

 それを見て、ルーテシアはやや表情を険しくした。


「……貴女、少しは羞恥心を持った方がいいと思うわ」

「見られて困るような下着はつけてないよ? それとも、ルーテシアって女の子の下着とか見て興奮するタイプ?」

「そ、そんなわけないでしょう! まったく……」

「あはは、ごめんごめん、冗談だから」


 怒りながらも、ルーテシアは治療の手を止めない。

 少し息が上がっているのを見て、シュリネは声をかけた。


「そろそろ休憩したら? さすがに疲れるでしょ」

「……せめて、大きい傷を治したらね」

「真面目だね。わたしは止めないけど」

「……なら、私がこれからしようとすることも、止めない?」


 不意に、ルーテシアはそんなことを切り出した。


「何をするかによるよ。命を捨てるようなことなら――」

「それはしない。あの時は……ごめんなさい」

「いいよ、私は気にしない。それで、これから何をするのさ?」

「……ハインはきっと反対すると思う。けれど、こうして辺境地を逃げるように移動してるだけじゃ、もうダメだと私は思うの」


 その言葉で、シュリネはルーテシアが何を言いたいのか理解した。

 彼女は現状も逃げているわけではない――だが、身を隠しているだけではダメだ、と考えたのだろう。


「私、王都に戻ろうと思っているわ。どのみちいずれは戻らないといけないのなら……できるだけ早い方がいいと思って」

「いいんじゃない? こっちからも仕掛けた方がいいってことでしょ」

「仕掛けるってわけじゃないけれど……もっと戦いだって激しくなるかもしれないわ。だから、もし嫌ならここで――」

「報酬さえもらえれば、わたしはあなたを守るよ。たとえ世界中、全てが敵になったとしてもね」

「……貴女、そういう言葉はもっと大事な時に使いなさいよ」


 ルーテシアは苦笑していたが、シュリネは本気で言っている。

 護衛の仕事は、それくらいの覚悟を持ってやっているのだ――だから、雇用主のルーテシアが望むのなら、どこへだって向かう。


「なら――契約成立ね」

「任せてよ、お姫様」


 互いに頷いて、改めて契約を交わした。

 ――次の目的地は、どれだけ敵が潜むか分からない王都だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] シュリネはシエラと比べたらまともに見えるけど、やはりズレてるとこあるねぇ。 こういうズレてるキャラめちゃ好きです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ