21.届けなきゃ
シュリネとエルバートが森の方へと姿を消した後、残されたルーテシアはただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「シュリネ……」
一歩、ルーテシアが森の方へと進んだところで、その腕をハインが掴む。
「お嬢様、今のうちに」
「……今のうち?」
「彼女が足止めをしてくれているうちに、私達は身を隠すんです。最悪、この村から出る準備をしなければ」
「! 馬鹿を言わないで! シュリネを見捨てろって言うの!? あの子、まともな武器だって――」
「何のための護衛だと思っているのですか。元より、彼女はお嬢様の身を守るため、金で雇った護衛にすぎないことをお忘れなきように」
「……っ」
ルーテシアは言葉を詰まらせる。
ハインの言う通り、シュリネは金で雇っただけの存在――そう言われてしまえば、それまでだ。けれど、
「私が……一緒に来てって、言えばそれでよかったのよ。なのに、感情に任せて……シュリネに願ってしまった」
「あの男が、本当に見逃すとお思いですか? 本物の殺人鬼ですよ」
ルーテシアですら、エルバートのことは知っている。
幼少期にその名はよく聞いた――王都で一番の人斬りとして、その名は誰もが知っているほどだ。
そんな男が生きていて、シュリネの前に現れて、命を狙っている。
並の人間であれば、恐怖で足がすくみ、すぐにでも逃げ出そうとするだろう。
――だが、ルーテシアは違う。
「だったら、なおさら逃げられないじゃない。あいつを放っておいて、この村の人に手を出さないとも限らないのよ?」
「私の役目は、お嬢様を守ることだけです」
「なによ、それ……ここの人達がどうなってもいいって言っているわけ!?」
「――お、おいおい、大声出してどうしたんだよ?」
言い合いをするルーテシアとハインの下へ、一人の男がやってくる。
ルーテシアとハインも、村にいる間に何度か訪れた、工房にいる若い男であった。
「貴方は……どうしてここに?」
「シュリネって子に用があって向かうところだったんだが、すげえ音がしてよ。来てみたらあんた達が言い合いしてたからさ……」
「シュリネに……?」
ルーテシアが視線を下ろすと、男の手には鞘に納まった刀が握られていた。
「! それは……!」
「ん? ああ、こいつを届けようと思ってね」
「まさか、直してくださったのですか?」
ハインが問いかけると、男は頷いて答える。
「爺さんのところさ、よく子供達が遊びに来るんだよ。そこで、シュリネの話をよく聞くらしくてさ。初めは『人を殺す武器は直さない』とか言ってたくせに……。まあ、人となりが分からないとってことだな」
シュリネは子供達と打ち解けていた――ルーテシアやハインが頼むより、村の子達の声の方が届いた、ということだろう。
確かに、彼女は人を殺している。それは、ルーテシアも目にした通りだ。
だが、魔導列車ではルーテシア以外の乗客を守るように動いてもいる。
少なくとも、シュリネは先ほどの男のような人斬りとは違うのだ。
「それ! 私が引き取るわ!」
「お、おう。よろしく頼むぜ。爺さん、最初に断った手前か、金はいらねえって言ってたからよ」
「ありがとう――」
「お嬢様、お待ちを」
すぐに駆け出そうとするルーテシアを、再びハインが制止した。
だが、彼女の手を振り切って、ルーテシアは走る。
「お嬢様!」
ハインの言っていることは正しいし、分かっている。
シュリネはただの護衛であり、先ほどシュリネにも注意されたばかりだ。
今から二人が戦っている場所に向かって、ルーテシアが殺されてしまう可能性だってある。
それでも、動かずにはいられなかった。
――だって、シュリネはルーテシアの願いを聞き入れて戦っているのだから。
「私が……届けなきゃ……!」
シュリネの刀を強く握りしめ、ルーテシアは森へと姿を消した。