18.自白
「――ええ、その通りですよ。僕はルーテシア・ハイレンヴェルクを殺す依頼を受けた刺客です」
リッドの元へ行くと、簡単に口を割った。
彼は椅子に腰掛けながら、優雅に茶を啜っている。
すぐに反応したのはハインで、ルーテシアの前に出るような動きを見せた。
「いやはや、こんなに早く来てくれるとは」
「……私を狙っているのなら、どうしてこんな回りくどいことをしているわけ?」
ルーテシアはというと、さすがに本人が『乗り込む』と決めただけあって、毅然とした態度だ。
リッドの元を訪れ、招き入れられてすぐに問いかけた際の返答が、今の『自白』である。
「あなたについている人間が何人いるか把握するためですが? まあ、周辺の気配からも察するに、少女三人だけで終わりのようですが……」
ちらり、とリッドはシュリネに視線を向ける。
やはり、この男からは殺気らしい殺気は感じられない――だが、腕が立つのは間違いない。
「それともう一つ、依頼人から。あなたが降伏するのなら、殺さずに連れてくるようにも命じられています。故に、すぐに襲い掛かるようなことはしませんでした」
「! 降伏ですって……?」
最初の刺客は、確実にルーテシアの命を狙ったもの。
二人目は、降伏勧告をしてきた――つまり、暗殺に失敗しても、『ここから先ずっと命を狙われる生活を送りたいか』という警告の意味があるのだろう。
成功すれば御の字、失敗しても揺さぶりをかけるために、この男を送ってきたのだ。
そして、こんな依頼を受け入れるリッドという男は――かなりの自信家らしい。
「ああ、返答は三日程度、ここで待ちますから。ご安心を――」
「しないわよ、降伏なんて」
「! ほう……」
ルーテシアの答えは早く、はっきりとした口調で言い放つ。
「戻って依頼主に伝えなさい。貴方みたいな人は王に相応しくないってね」
依頼人のことなど全く話していないが、おそらく予想している通りなのだろう。
ルーテシアの言葉を聞いて、リッドはくつくつと笑う。
「……やはり、君はいい女性だ。殺し甲斐あるというものですねぇ――母親にそっくりだ」
「……は?」
それまで冷静だったルーテシアだが、リッドの言葉を聞いて表情が一変する。
「貴方……今、なんて?」
「母親にそっくりだと言ったんですよ。僕が唯一、殺し損ねた相手ですから」
ルーテシアだけでなく、ハインも驚きの表情を浮かべていた。
すぐにハインが口を開く。
「あなたがどうして、お嬢様の母君のことを存じているのか分かりません。ですが――」
「……母は病気で亡くなった。急に体調を悪くして……でも」
ルーテシアは何かを思い出すように、言う。
「身体に、包帯を巻いていたわ」
「ああ、僕のつけた傷、ちゃんと致命傷になったんですね。それはよか――」
最初に動いたのはルーテシアだった。
思い切り拳を振り上げて、リッドへと向かっていく。
すぐにリッドは反応して、テーブルにかけてあったステッキを手に持つと、そこから刃を抜き放ってルーテシアの首を刎ねる――それを防いだのは、シュリネだ。
ルーテシアの首元ギリギリで刃は止まっている。
シュリネがルーテシアの前に飛び出したのだ。
「シュリネ……!?」
ルーテシアが驚きの声を上げた。
左肩を刃で貫かれ、さらに手で刃を握っている。下手に動けば、切断すらされてしまう状況だ。
「ここで飛び出すのはさ、さすがに命を捨てるようなもんだよ?」
シュリネは呆れたような表情を浮かべ、ルーテシアを横目で見る。
リッドは楽しそうな笑みを浮かべて、
「ああ、やはり君ですか……魔導列車であの綺麗な死体を作ったのは」
「綺麗かどうかは知らないけど、殺したのはわたしだね」
「これで楽しみが二つになりました。ルーテシアを殺すことと――あなたと戦えることです」
ズッ、とリッドはシュリネの肩から刃を抜いた。
シュリネは怪訝そうな表情を浮かべて、問いかける。
「余裕のつもり? 今の、剣を動かせばわたしの指の一、二本は持っていけたでしょ」
「せっかく強者と戦うのに……これ以上、戦いの場でないところで傷をつけるのはもったいのない。すでに、大きなハンデを背負っているではありませんか」
リッドの指摘は間違っていない。
肩の傷は、すでにシュリネの左腕が上がらないほどに深刻だ。
身体を張って止めたのは、今のシュリネの持つ鉈では、この男の剣を止めきれないと判断したから。
リッドは立ち上がると、仰々しい動きで頭を下げる。
「では、改めて自己紹介を。僕の名はエルバート・フェルター。そこのお二人は、よく存じている名前では?」
「エルバート――王都で名を馳せた、人斬りですね……。すでに死んだものかと思っていましたが」
「偽ることには慣れていまして。こんな辺境でも、名乗るとすぐに正体がバレてしまいますから。それにしても、久々にこの国に戻ってきて……楽しめそうでよかったですよ」
リッド――エルバートは、剣を構える。
シュリネもまた、腰に下げた鉈に触れると、
「シュリネ……私は……っ」
ルーテシアが、悲痛そうな表情を浮かべて言葉を詰まらせる。
自分のせいで、そう言いたいのだろう。
今は目の前の男に集中しなければならない。だが、
「事情は分からないし、あなたの母親とか、この人とどういう関係なんて興味ない。でも」
「……?」
「ルーテシアはどうしたい? こいつを」
シュリネは問う。
エルバートの言うことが本当かなんて、確かめようがない――けれど、ルーテシアにとって彼が母親の仇なのだとしたら。
「……お願い、そいつを斬って」
「引き受けた」
シュリネが構えて、戦いは始まった。