16.わざとらしい
「いやぁ、ここの近くまで馬車で来ていたのですが、途中で魔物に襲われてしまいまして……何とかここまで逃げてきた次第です」
「それは大変だったでしょう。何もない村ですが、ゆっくりしていってください」
「助かります。迎えも数日中には来る予定ですので」
――そんな会話をしているのは、村長と紳士服に身を包んだ男性だ。
リッド、と名乗った男性は、馬車でこことは違う場所に向かう途中だったが、魔物に襲われて何とかここまで辿り着いたと言う。
村長の自宅の裏で、会話を盗み聞きしているのはシュリネと、
「どう思いますか?」
ルーテシアの付き人であるハインだ。
「うーん、このタイミングでやってくるってことは刺客の可能性が高いとは思ったけど……微妙だね」
「微妙、とは」
「言葉のままの意味だよ。言っちゃえば、自分を偽って近づく必要なんてないから」
「? 暗殺ならば、正体を隠して近づくのは基本なのでは」
「暗殺の基本かどうかは知らないけど、こんな辺境地で正体を偽る必要がないってだけ。わざわざ自分がいることを悟らせるより、悟らせないで夜中にでも奇襲かけた方が楽でしょ?」
「時と場合によりますが……それは同意見ですね」
「明らかに怪しい風貌で、いかにも自分が刺客だ――そう言ってるみたいで、どう判断したものかなって」
リッドの言う通りの出来事があったのか、それともよほどの自信家なのか――後者だとすれば、おそらく敵はかなりの実力者、ということになる。
シュリネとしては歓迎すべきところなのだろうが、生憎と今はまともな武器が手元にない。
相手が仕掛けてこないのなら現状は様子見、といったところだろう。
「ま、どうあれルーテシアには近づけない方がいいし、近づかせない方がいいと思うよ」
「心得ています。あなたは――」
「監視しろ、でしょ。そのつもりだよ」
シュリネの言葉を聞いて、ハインはすぐに動き出した。
彼女には常にルーテシアの傍にいてもらい、シュリネはリッドを警戒する。
今のところ、リッドがシュリネに気付いた様子もない。
わざとそうしているのか――やはり判断は難しいが、仮に敵だった場合にはやることは簡単だ。
ルーテシアを守るために刺客は斬って殺す、それだけだ。
リッドは村にある空き家を一つ借りて、しばらくはそこに滞在するらしい。
魔物に襲われた、という割には身なりは綺麗で、とても彼が言うように逃げてきた、というようには見えない。
歩き方や所作を見る限りでは、やはり素人ではないようだ。
シュリネはそんなリッドの動きを見て、一つの答えに辿り着く。
「もしかすると、誘っている?」
刺客でありながら、リッドという男はどうやら――仕掛けてくることを望んでいるように思えた。
それならば、わざわざ分かりやすく姿を現したのも納得がいく。
だが、どういう意図でそれをしているのか、シュリネにはそれが理解できなかった。
(こういう手合いは初めてだし……さて、どうしたもんかな。とりあえず、雇用主に相談するしかないかな)
ルーテシアとハインの意見も聞いてみる、それがシュリネの出した答えだ。
一先ず、シュリネはリッドの傍を離れて、二人の元へと向かった。
あけましておめでとうございます。