15.それらしいもの
――それから数日、村に留まったルーテシアとハインは、村の農業の手伝いをしていた。
またある時は、村人が困っていることを聞き、その対応策を一緒に考えるなど、ほんの数日足らずですっかり村に溶け込んでいる。
さすがは大貴族というべきか、ルーテシアは人に好かれるカリスマ性を持っているらしい。
身を隠している現状でも、何かせずにはいられない性質といったところか。
そんなルーテシアに付き従っているハインも、何でもできる万能型、という感じで、常に彼女を傍で支えている。
一方、シュリネはというと――村の近くの川で釣りをしていた。
すぐ近くでは子供達が遊んでいて、先ほどまでシュリネも一緒に川遊びをしてびしょ濡れになっている。
木剣を使った遊びで、シュリネは子供達に文字通り『無双』してみせた。
子供の遊びに本気を出すな、と言う者もいるだろうが、こういった田舎では逆――シュリネの動きは純粋に子供達の憧れとなり、あっという間に打ち解けることに成功する。
「――意外ですね」
そこへやってきたのは、ハインだった。
小さなカゴを手にして、中にはいくつかの植物や果物が入っている。
村の人に頼まれて、この近くまでやってきた、というところか。
「何が?」
「あなたのような人が、子供達と打ち解けていることです」
「それって褒めてる?」
「意外な面がある、という話をしています」
「わたしだって、これくらいはね」
「子供達が楽しんでいるのなら、何よりです」
ハインはそう言って、優しげな表情を浮かべて、遊ぶ子供達を見ていた。
むしろ、シュリネからすればハインの方が意外に見える。
「あなたこそ、どうしてルーテシアの護衛をしているの?」
「どうして、とはどういう意味でしょうか。私は幼い頃からお嬢様に仕える身です。おかしなところなどないでしょう」
「ふぅん……なら聞くけど、わたしに護衛を頼んだ時さ――あなた一人でも、切り抜けられたよね?」
「――」
シュリネの問いかけを受けて、ハインの表情は途端に鋭くなった。
殺気にも近い表情を向けられ、シュリネは肩をすくめる。
「別に、言いたくないならいいよ」
「……何故、私が一人でも切り抜けられると思ったんですか?」
「そんなの、動きとか見てれば分かるよ。あなたはどちらかと言えば……暗殺者っぽいけど」
「……そうですか。やはり、あなたは鋭いですね」
それは、もはや正解と言っているようなものだ。
ハインはルーテシアの護衛で、付き人で――同時に暗殺者でもあるのだ。
むしろ、本業は暗殺なのではないか、とシュリネは推察する。
そんな彼女が、ルーテシアの護衛として常に傍にいるという状況には、少し違和感がある。
「……と言っても、別に特別な理由はありません。私はお嬢様に仕える身――それ以上でも、それ以下でもありませんので」
「そっか。まあ、理由を聞きたいわけじゃないからさ」
「私からも一つ。武器の方は調達できてないようですが、護衛は大丈夫なのですか?」
「ああ、一応それらしいものは一つあるよ」
シュリネはそう言って、自身の横に置いてある物を見せる。
「……鉈、ですか」
「まあ、こんなのでも魔導列車で襲ってきた奴らくらいなら十分にやれるからね。ないよりはマシだよ」
「武器は……この村にはありませんでしたか」
「余ってはいないみたい。最悪、適当な剣でもよかったんだけど……中々難しいね」
シュリネの今の武器は、鉈が一本だけ。
持っていた刀は魔力を通しやすくする加工がされていたが、農具にはそういう加工は基本的に施されない。
「……あなたの強さは分かっているつもりです。一応、頼りにはしたいので――刀の修理については、私からも言ってみます」
「そうしてくれると助かるよ。一応、毎日行ってるんだけどね」
断られてからも定期的に工房には顔を出しているが、なかなか直すとは言ってくれなかった。
鉈はそこで購入したものだが、「武器には使うなよ」と念押しもされてしまっている。――シュリネは使うつもりだが。
「ま、もう一週間経っても誰も来てないし、大丈夫なんじゃないかな?」
「楽観視はしないでください。あなたは護衛なんですから」
「もちろん、ルーテシアを狙う奴が来たら戦うよ。それがわたしの仕事だからね――おっ、きたっ!」
シュリネの竿にようやくヒットし、思い切り引く――大きな川魚が釣れて、シュリネはすぐにその場で処理を始めた。
「……本当に、大丈夫なんでしょうか」
ハインはそんなシュリネを見ながら、溜め息を吐く。
――それからしばらくして、一人の旅の男が村を訪れた。