14.何人殺した
契約書にサインをして、正式にシュリネはルーテシアの護衛となった。
契約金については後払いとなるが、先ほどの魔導列車の護衛については、きちんと料金を支払ってもらっている。
ある程度の手持ちはあるようで、シュリネも特に不満はなかった。
シュリネは村で唯一、加工技術を持っている工房を訪れていた。
ここでは主に農業に使う道具を作っているようで、老人とその息子と思われる若い男がいる。
シュリネが持ってきたのは、折れた刀だ。
「これ、どうにか直せないかな?」
「こいつぁ――刀か。さすがにこういうのは技術がいるぜ。オヤジ! 昔に剣とか作ってたって言ってたよな?」
「……ああ」
カンッ、と金属を叩く音を響かせながら、その手を止めることはない。
「いったん手を止めて、見てやってくれよ!」
「……ちょっと待ってろ」
「――ったく、悪いね。オヤジ、仕事中に別のことはできない性質でさ」
「いいよ。わたしは依頼してる立場だしね。あなたは剣を作ってないの?」
「オレは農具とか、そっちが専門でね。オヤジも今は武器は作ってないんだ」
「そうなんだ。待たせてもらってもいい?」
「ああ、もちろんさ」
シュリネはしばし工房に留まり、老人が作業を終えるのを待った。
響き渡る金属音を聞きながら、作業を眺めること一時間――ようやく、老人がシュリネの刀を手に取った。
「……東の国の武器か」
「うん、これを直せないかなって」
「刀はこっちでは珍しくはあるが、わしなら直せる」
「! 本当?」
「ああ」
これは運がよかった、とシュリネは喜ぶ。
刀の扱いは難しく、下手をすればこの地方では直せないのではないかと思っていた。
老人はしばし刀を見据えたあと、シュリネを睨むようにして問いかける。
「……それで、この刀で何人殺した?」
「え?」
「何人殺したかって、聞いてんだ」
「具体的な数なんて、覚えてないけど……それがどうかしたの?」
「わしはな、もう人を殺す武器を作るつもりはないし、直すつもりもない」
「ええ!? 一本くらいやってくれてもいいでしょ?」
「……ダメだ。他を当たってくれ」
「他がないから頼んでるのに!」
シュリネは抗議するが、仕事を受けるか受けないかは工房が決めることだ。
老人はすぐに作業に戻ってしまい、取り付く島もない。
「せっかく待ってたのになぁ」
「悪りぃな、オヤジの説得はオレがしてみるから、こいつは預かってもいいか?」
若い男の方は抵抗がないようで、本当に申し訳なさそうに言う。
おそらく期待はできないだろうが、折れた刀を持っていても仕方ない。
「分かった。ここにいる間は預けておくよ」
シュリネはそう答えて、工房をあとにする。
――金はあっても、直してくれる人がいなければ仕方ない。
武器がなくても守ることはできるが、シュリネにとって魔法は切り札の一つだ。
最初から使っていては、相手によっては魔力切れを起こしてしまう。
せめて、他に武器になるものがあればいいが――ここではあまり期待できそうにない。
「……まあ、何とかなるといいな」
シュリネはポツリと呟きながら、空を見据えた。
遠くからだんだんと雨雲が近づいており、ゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。
しばらくはここに滞在する予定のはずだが、武器もない状態で護衛を続けなければならなかった。