11.どうせなら
「…………何を言っているのか、全く理解できないんだけれど」
ハインの言葉に、一層険しい表情を浮かべるのはルーテシアだ。
いきなり『この国の未来』などと過剰とも言える表現が出れば、当然の反応と言える。
「ルーテシアが女王にでもなるの?」
「な……そんなわけないでしょ! ――ないわよね?」
シュリネの問いかけに、いったんは強く否定したものの、状況が状況だけにルーテシアはハインに問いかけた。
「はい、一応……お嬢様にもその権利もありますし、不可能ではありません。ただし、王族の跡継ぎがいない状況であれば、というお話になりますが」
「なら、無理ね。第一王子に第二王子……それから第一王女までいるじゃない」
「問題はそこです。次期王の座――『五大貴族』がそれぞれ、選定に際して関わることになるのは御存知ですか?」
「王が跡継ぎを決められずに亡くなられた場合、よね――まさか」
ルーテシアは何かに気付いたように表情を硬くする。
「まだ、お亡くなりにはなっておられません。ですが、すでに世継ぎを決められる状態にはないとのこと」
「……そんな。でも、確かに……最近はお姿を見る機会が少なくなっているとは思っていたけれど」
「本来であれば、次期王となるのは第一王子――アーヴァント・リンヴルム様となるでしょう。ですが、アーヴァント様の『よくない噂』はお嬢様も知っている通りです」
「そう、ね。確かに、彼を王とするかどうか、悩んでいるという話も聞いたことがあるわ」
シュリネは知らないが、どうやら第一王子は王の器に欠けている、というのが二人の話を聞いていると分かる。
「ですが、第一王子の支持を表明している家が、五大貴族のうち二つ。さらに、第一王女の支持を表明している家が……現状では三つ」
「ハイレンヴェルクも王女を支持する側ね――って、それって王女の支持をしている者を殺そうってこと……!?」
「正確には、現状で当主の交代もあり、ゴタゴタ状態になるハイレンヴェルク家ならば狙いやすい――そんなところでしょうか」
淡々とした口調でハインは言い放つ。
つまり、ルーテシアが狙われている理由は、次期王を決める権利を現状持っており、彼女が生きている限り第一王女が次期王として決まってしまう――そんなところだろう。
「ハイレンヴェルク家の当主はお嬢様であり、仮にここでお嬢様がいなくなってしまえば……ハイレンヴェルクには跡継ぎはいません。没落、という扱いになり、控えている貴族のうち、アーヴァント様の側にいる貴族がその後釜に入る手筈まで整えているようです」
「何よ、それ……私がいなくなれば、自分が王になれる――だから、狙っているってこと……!?」
「私の知る情報を精査する限りでは、そうですね」
「だ、大体……何で貴女がそれを知っているのよ……?」
「それは――前当主より、お話を聞いておりましたので」
「……お父様から?」
「はい。『私に万が一のことがあった時、娘を頼む』――そう、仰られていました。お嬢様を狙う動きがあったことを察知し、できる限り王都から離れ、時間を稼ぐつもりでした。そのために、仕事と偽ってお嬢様にはすぐに動いていただき、安全を確保した上で全てをお話させていただく予定だったのですが」
刺客の動きが想定よりも早く、今の状況になってしまった、というわけだ。
「……じゃあ、私がハイレンヴェルク家の当主として、アーヴァントを支持すると宣言すれば、狙われることはなくなるのね?」
「その選択もございます。ハイレンヴェルクが第一王子の側につくという明確な意思を伝えられれば。おそらく、向こうはその可能性も考慮しているでしょう」
「……なるほどね」
すなわち、ルーテシアの降伏――命が惜しければ、降伏すればいい、というわけだ。
先ほどの状況で始末できればそれでよし、失敗しても、多くの刺客に命が狙われているということは、先ほど始末したヴェルトが言っていた通りなのだろう。
並みの人間であれば、降伏の道を選ぶかもしれない。
「――まあ、私があの男を支持しないと分かっているから、刺客を送ってきているんでしょうね。私、フレアと仲いいし」
「では、お嬢様は第一王女のフレア――フレア・リンヴルム様の支持を継続する、と?」
「当然でしょ。何のために、護衛を雇ったのよ。……というか、そんな大事な話、早く話しなさいよ!」
「申し訳ありません、色々と急だったもので。まずはお嬢様の安全確保に動いた次第です」
結局、ハインがルーテシア以上に王位継承の問題に詳しいのか、その点をルーテシアが言及せず、シュリネも問わなかったためにうやむやにはなった。
ただ、ルーテシアが逃げる選択をしなかった以上は、シュリネの護衛の継続は確定だ。
「ハインの話については、理解したわ。今の状況が分かったところで、せっかくだし貴女のことも聞きたいわね」
ルーテシアがシュリネの方を見る。
この場において、二人の話の中では全く関係のない人物ではあるが――護衛の役を担うのはシュリネだ。
「ん、わたし?」
「そうよ、護衛として雇っている以上、素性くらいは教えてもらってもいいでしょ?」
「素性って言っても、別に珍しい話なんてないけどね」
「さっき、高貴な人を守る予定だった、みたいなこと言っていたじゃない」
「ああ、そのことか」
「その辺り、詳しく説明してくれたらいいわ」
「詳しくって言っても、特別なことはないって。護衛として初めての任務に就いた日――顔合わせに行ったらもう死んでいて、その罪をなすりつけられたってだけ」
「……いや、全然『だけ』で済む話じゃないわよ!?」
「つまり、あなたは罪をなすりつけられたまま、逃げてきた、と?」
「違うよ。なすりつけた奴は斬った。どうせ人斬りとしての罪を着せられたのなら、いっそ人斬りになっちゃおうと思って。だって、強い人と戦うのは好きだから」
シュリネの言葉を受けて、ルーテシアは怪訝そうな表情を浮かべる。
ハインもまた、驚いた表情で見ていた。
「なに? おかしいところ、ある?」
「……おかしいところしかないと思うけれど、それで生き延びてきたのなら、強い理由は分かった気がするわ」
「なら、よかった。わたしも、あなたの護衛をしていたら、強い人とたくさん戦えそうだから――ちょっと楽しみだね」
「……私は勘弁してほしいわ」
揺れる馬車の中――三人はまず、安全を確保するために動く。
こうして、命を狙われた公爵令嬢と人斬りと呼ばれた少女は契約を交わした。