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あなた様から譲り受けたもの

 一世一代の大博打大芝居(おおばくちおおしばい)を仕立てるため、あなた様は、わたしを、男子(おのこ)に仕立てた。

 そして5つとなった春、他の兄さま同様にお寺に出された。それは相国様の筋書きとしてすでにお定めになられたこと。男子(おのこ)のふたりの兄さまとて浮かべた涙を零さずにあなた様のあたたかな(ふところ)から離れてお寺に向かわれたのです。女子(おなご)のわたしがめそめそするわけには参りませぬ。

 

 恨んではおりませぬ。

 一世一代の大博打大芝居によって女子の誉(おなごのほまれ)をつかもうとしたあなた様を。

 宰相となられ(みかど)のおじいさまとなられた相国様(しょうこくさま)もお亡くなりになり、すでにこの世のおひとではありませぬ。どんなに真っ赤な大入道(おおにゅうどう)化身(けしん)されても平家討伐の(せんじ)を旗印にされた大兄様を道連れにすることは、叶いませんでした。

 結局は、あの方のおごった(なさけ)が、一門の(あだ)となったのです。

 このときと()めていたわたしは御曹司(おんぞうし)の血を分けた一門として馳せ参じました。武蔵坊数名の名代の手練れ(なだいのてだれ)と、奥州藤原の庇護を背負(しょっ)って大兄様にお目どおり願ったのです。

 あれから15年、わたしはこの時をひたすら待って己れの技量と人を()めてきたのです。

 

 鞍馬のお寺に入ったときより、絶世を(うた)われたあなた様のご器量は、常にわたしに優しい風を吹いてくれました。

 わたしをとり囲む全ての方々は心強い縁者となってくれ、源氏再興を(まなこ)に刻んだ可愛らしい(わらわ)は、男は近習となった坊主や武士(もののふ)から、女は女房や(はしため)のたぐいにいたるまで、小さな掌を握り抱きしめ涙を流してくれました。


 京の五条の橋の上で、月夜に揺れた小姓姿(こしょう)のわたしを見つけたときの武蔵坊の(まなこ)ほど、世の殿方のわたしを見る目を言い当てたものはありませぬ。・・・・・女性(にょしょう)ではない、まして男子(おのこ)ではない、生きてる有り様(ありよう)が感じられぬ天上の幻(てんじょうのまほろし)にでも出逢ったかのような鷲掴みに・・・・・・・その顔そのもので欄干に飛び乗ったわたしに全身全霊で(こうべ)を垂れたのです。

 そうであれば、鞍馬のお寺に巣喰(すく)うカラス天狗や市井を編み笠で顔を隠して生きている女子(おなご)どもの思わず立つすくむ様はさもありなんと、その絵姿を物陰に潜んで見つめるいやらしい老女のような面持ちで気の毒にさえ感じておりました。

 本当につば吐くのも汚らわしい性根だと身震いいたします。

 しかし、天上の幻のような有り様(ありよう)は、女子に生まれながら武士の(かがみ)を誓ったわたしの唯一無二の味方となったのです。


 大兄様は、坂東武者に気取られないよう細心の注意を払いながら、お噂どおりの冷たい目線でわたしを値踏みしました。今生には二度と逢えないものとあきらめていた兄弟の再会の感無量を抑えきれず、抱きすくめるが良いか、或いは、どんなときも坂東武者の旗印として威風堂々を崩さぬが良いか。

 そして、幕府を搔き分け勇んでやってきた顔を見て、瞬時に抱きしめました。

 緊張が走りました。

 お噂にたがわず、女好きの嗅覚が瞬時にわたしの女子(おなご)を見抜いたかと、(おび)えたのです。

 しかし、その(かたく)なになった身体をさすって涙するお姿に怯えは溶けていきました。

「九郎、くろぉー・・・・何よりも何よりも、父上の血を分けた末の弟がこの兄のために遠く奥州から馳せ参じてくれた。そのことが嬉しい、うれしいぞ、九郎」

 冷たいおひとの掌がそうであるように、大兄様は己れの身体が淡雪では感じるほど温かさが染みてくる掌をお持ちでした。

 あのような女好きのお方なのに、わたしの中の女性(にょしょう)は一片たりと鼻腔に入れず、血のつながらない仇の種を、一片の疑いなく末の弟としして抱きしめる。

 先ほどまでの疑心暗鬼でお迷いになってられるお顔はどこにもございませんでした。

 わたしは、はっきりとわかりました。

 このお方こそ、相国(しょうこく)さまのお築きになった全てを崩れ去っていかれるおひとであると、それを壊す太刀はわたしであると。

 そして、抱き合うふたりの兄弟を幕府の物陰からせっせと写しとるいやらしい老婆のようなもう一人のわたしがいたのです。


 その(かんばせ)に烏帽子のせた緋縅(ひおどし)で大兄様に謁見したとき、きっとその絵姿は、雪の日の相国様のお庭でわたしを含めた3人の子を抱きかかえていたあなた様のお姿にも負けぬものと、絵の中にありながらそれを見ていたわたしは最初の勝利にほくそ笑みました。

 それからというもの・・・・・

 おおそれながら、(せんじ)を結んだ旗柱よりも太刀をふるうわたしの馬上姿にお味方の(とどろき)は増したのです。

 一ノ谷、屋島、壇ノ浦と攻めて攻めて攻めたて、相国様のおつくりになったものは全て瀬戸内に沈まりました。

 あなた様が親子4人雪の墨絵で始められた絵巻物は、わたしの緋縅(ひおどし)の若武者姿の鮮やかなものに変わっていったのです。御曹司さまや大兄さま、そして我ら幼な子のためはからずも思いものとなったあなた様のお恨みをすべて晴らしたのです。

 その知らせを聞いた時、あなた様の胸の内にはどのような感慨が浮かんだことでしょう。

 九郎がそれを果たした、あの九郎がと、海に沈まれていく幼い帝の可愛らしいお顔の冷たさよりもわたしの紅潮したご自分に瓜二つの顔を想い出してくださったでしょうか・・・・・


 わたしは、あなた様を超えた(ほまれ)をおのれの生涯としました。



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