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おん母上さま

 いにしえの物語は代々読んだものの手による写しによって今に繋がっている。その中には、虚飾からではなく読んだ先人の心持ちが膨らみ後付けされた話しもあるであろう。古典が、代々の時間を読むものとすれば、わたしはそれもまた良しと思う。

 あれほどまでに(いにしえ)より語り継がれているおひとのことなのに・・・・・

 八百年のこのかたことこのことに関しては一片たりと語られる形跡のなかったことに、はじめは不可思議と思ったわたしも、こうして読み終えた後、世には出さず葬らず、その文をただただ写しとっていった先人たちの心根(こころね)のありようが、だんだんと頷けるようになっていった。



 おん母上さま

 あなたさまを、殿上(てんじょう)にお目見えするおん方々までを惑わしてきた美しいあなたさまを母の名でお呼びするのは、どれほど久しいことでございましょう。あなた様が相国(しょうこく)さまのお相手をなさっている間、乳飲み子のわたくしを代わってあやしてくださった二人の幼い兄うえさまは泣き虫のわたくしをなだめるためいつもその名をお呼びになりました。

 ー (かぁ)さまはもうすぐこのお部屋におもどりなされるから、可愛いお前のいるこの部屋にかならずおもどりなさるから・・・・・だから、かぁさまがお戻りなされるまで そないになかんと いっしょに なかようしておくれー

 ちりじりばらばらとなった五月人形のように可愛い兄上さまたち。かぁさまの呼び名はお二人の可愛らしい声でしか覚えてはおりませぬ。

 そうであれば、わたくしは、あなたさまをお母上、かぁさまと母の名で呼んだことは一度としてなかった。きっと、そうでございますね。おそらく、これより先も、直のお顔を前にしてそのようにお呼びすることは金輪際ありますまい。


 わたくしも、いよいよというところまで、きてしましました。

 これよりさきの三十路の春(みそじのはる)を迎えることは、きっと、ありますまい。

 むろん、このような事態を招いたのは、すべてにこの身から(こぼ)れた種よりの悪口(あっこう)が積もり積もった果てのこと。

 帝より(せんじ)まで賜って、わたしを殺そうとする鎌倉殿となられた大兄(おおあに)さまを恨む気は、とうに失せました。

 われらの中でいっとう先に行かれた姉上さまにそのような餓鬼の形相を見せるのはいやでございますからね。


 そうです、7つの(よわい)でお亡くなりになったあの姉上さまです。都中の女子(おなご)より一番に選び抜かれたあなた様が、惚れ惚れする器量よしといつも絹地(きぬじ)に含ませた清水(せいすい)でなでるように可愛がられたあの姉上さまです。

 わたくしが生まれたときにはすでにお亡くなりになったあとで、代りにこうして同じお(なか)を痛めて生まれたわたくしを、あなた様はあの子の身代わりとして慈しみお育てされるおつもりでした。お(なか)にいる間はそのような行く末を愛でてくだすった時もあったのでございました、ね・・・・


 ですから母上様、餓鬼の顔が垣間見えたとしてもあなた様にはわたくしの胸の内をお伝えしておきたいのでございます。胸の内に何者が巣食っているのか、筆に任せて書き写すまでは私自身も分からぬ魑魅魍魎(ちみもうりょう)をあなたさまに見届けていただきたいのでございます。

 

 それがあなた様の母の務め

 そして、それは唯一の娘であったわたくしの務め




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