猛暑の夜に
それは猛暑の夜の出来事だった。その日は朝から気温がぐんぐん上がり、36度を超えた。夜になっても気温は30度以上、もうお盆だというのにまだ暑い。
男は木造二階建てのボロアパートの一階に住んでいる。部屋にはエアコンがなかったから、窓をあけはなし、冷風扇と呼ばれる氷水を入れることによっていくばくか涼しい風を送る扇風機と、ドラッグストアーで買った冷凍庫で冷やして使う氷枕と、ケーキを買ったときについてくる保冷剤を駆使しながら寝ている。
ケーキを買うなんてお洒落な生活を男はしていないから、それは実家からもらってきたものである。たまに、独り暮らしの母を訪問する優しい男だ。男は30を過ぎていまだに童貞で、女性と付き合ったこともない。かといって、風俗に行くお金も勇気もなかった。貧乏な派遣社員だった。
0時前には布団に入ったものの、寝苦しくて一時間おきに目が覚めた。熱中症にならないよう、そのたびに冷たい麦茶を一杯飲む。そしてまた、うつらうつらと眠りに落ちる。
コンコン、コンコン、すみません、助けてください……
誰かが玄関の戸を叩く音で目が覚めた。女の声がしたと思った男は、何事かが起きていると思い玄関ドアののぞき穴から外をうかがった。真っ白な顔をした、小柄でふっくらとした若い女が立っていた。緑のニットワンピースを着ている。足はある――が、靴は履いていない。幽霊ではないようだ。
すみません、水を一杯いただけませんか……
その晩、男は女を家に泊めた。夜中の2時に水だけ与えて追い返すわけにはいかない。何か事情があるのだろう。シャワーとTシャツも貸してやった。
翌朝、男が起きると、朝食が出来上がっていた。男はたいそう喜んで、すぐに女に惚れてしまった。女は目が離れていて少し爬虫類っぽい顔をしていて、けっして美しいとは言えなかったが、女性に優しくされたことがなかった男には、とびきりのいい女に見えた。
女も男に惚れていたので、そのままふたりは一緒に暮らすようになった。いつしかふたりは男女の関係になった。男は女性の肌に触れるのは初めてで、柔らかくてしっとりした肌ざわりに興奮した。毎日のように男は女を抱いた。しかし、女は裸を見られるのを嫌がり、営みはいつも夜電気を消してから暗闇で行われた。
男は女と出会う前まで童貞だったから、肉眼で女性の裸を見たことがなかったし、大事なところも見たことがなかった。だから常々、ちゃんと明るいところで見たいと思っていた。
女がシャワーを浴びるときに、こっそり見てやろうかと思ったが、けっして覗かないでくださいねと女が念を押すので、いつも思いとどまっていた。
男が女と暮らすようになって一か月がたった。初めは男も欲望のままに女を抱いていたが、女の素性が気になりだした。女は自分のことを話したがらず、謎のままだった。そして、男には気になることがあった。女のアソコがつるつるだったのだ。アソコがつるつるなのは絶対おかしい。
アソコを何としても確認せねば……
男は意を決して、女の入浴を覗く決心をした。シャワーを浴びているときをねらう。
ザアザアと水が流れる音に紛れてカチリとドアが鳴る。隙間に顔を寄せ、おそるおそる風呂場をうかがった。
女の姿はなかった。男が見たのは、小さな黄緑色のアマガエルが水に打たれながらピョンピョンと嬉しそうに跳ねている姿だった。
女のアソコ――つまり、女のおなかにはへそがなかったのだ。女はふくよかな体型をしていたので、男はへその確認ができずにいたが、あるときへそがないことに気づいた。気のせいかとも思ったが、ちゃんと明るいところで確認したわけではない。おなかの肉で隠れたあの部分――アソコを確認しなければと思っていたのだ。
あれほど、覗かないでくださいと言ったのに、約束を破りましたね。
――もう、あなたとは一緒に暮らすことができません。さようなら、愛しいあなた。
そういうと、女は出ていった。
男は、いままでカエルとまぐわっていたかと思うと、全身に蕁麻疹が出た。そして、女の体がとてもヌルヌルしていて、初めてでも迷いなく挿入できたことに納得がいった。女は舌使いもうまかった。あの器用な舌で飛んでいる虫を取って食べるのだろう。中に出してという女の頼みに遠慮なく中出ししてしまった。自分のおたまじゃくしがが本当のおたまじゃくしとなるところを想像すると、男は気分が悪くなり、トイレで嘔吐した。
目覚めると、汗をびっしょりとかいていた。そうだ、今日は猛暑だった。夜中でもこんなに暑い。熱帯夜だな。気持ち悪い夢を見た。そうだ、夢に違いない。そう思って男は再び眠りについたが、壁のカレンダーは9月になっていた。