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聖獣・魔獣・モンスター(前編)

「ふ~ん。ククリ刀と弓ねぇ~」


リンクスは猪肉に齧り付きながら聞いているんだか聞いていないんだか適当な相槌を打っていた。


パチパチと人の背丈程もある焚き火が音を立てる。焚き火の前では村人がそれぞれ楽器を持ちより優雅な曲を奏でていた。


少し離れた位置にある石段に座り、見るともなく焚き火を眺める。


「もともと狩りで使ってたものなんだ。村の人間なら誰でも使える。」


「狩りねぇ……。じゃあ、正面切っての勝負はしない方がいいな。決闘挑むときは森か山の近くで挑めよ~。得意分野に持ってきゃ勝てる!」


リンクスはグッと力こぶしを作る。


そんなリンクスにおずおずと1枚の羊皮紙を差し出した。


「その……。決闘なんだけどね。」


「おう。」


「1人目はリンクスにお願いしたいんだ。」


「んぁ?俺もリストに入ってんの?」


リンクスは指についた脂を舐めつつ羊皮紙を覗き込んだ。そのまま、しげしげと眺める。


「うん。」 


「そうか……。いいぜ!受けて立つ!平地でやろうな!」


羊皮紙から顔を上げ、まっすぐにウッドを見つめたリンクスはとってもいい笑顔をしていた。


「さっきと言ってること違うけど!?」


「細かいことは気にすんなって!いつでも挑んでくれていいんだぜ!」


リンクスは得意気にドンと胸を叩きニシシと笑った。




翌日も基礎トレと雑用を終えると生物管理部隊の天幕へ向かった。


「こ~んに~ちは~!武者修行にきました~!」


青い天幕の前でリンクスに教わった挨拶をする。彼曰く『武者修行』はドクターが勝手に使っている名称らしい。挨拶の際に武者修行だと名乗ると、話が早いと言われた。


「こんにちは。今、ドクターは休憩中なんだ。代わりに僕が案内するよ。」


ふんわりとしたミルクティー色の髪に、深海を思わせる深い青のタレ目。ほんのりと儚い印象の青年が現れた。白衣をまとい、中には動きやすそうな柔らかい素材の服と長靴を履いていた。


「こちらへどうぞ。たしか……ウッドくん……だよね?」


「オレを知ってるんですか?」


前を進む青年の背中に問いかける


「もちろん。今まで荷物として人間が預けられてくるなんて、1度もなかったからね。」


振り向いた彼は、口元に拳をあて品良く笑っていた。


商隊の人達はよく笑うなぁ。


村ではこんなにも誰かが笑っていることなんてなかった。いつも、粛々と変わらない毎日を過ごしていた。


「うちの隊長がね、君をうちで預かるって張り切ってたんだ。積み荷の生き物は基本的に全部うちの管轄なんだよ。人間なんて初めてだからさ、どんな箱庭創ってやろうかなって鼻唄まで歌っちゃってさ。」


箱庭の間を進みながら、おかしいよね。と、彼は笑う。


「結局、メルキュール隊長に阻止されちゃったんだけどね。」


青い天幕の中は、いつ来ても薄暗く、煙が立ち込めている。ウッドは、煙に紛れた誰かに監視されているような気がして身震いした。


「箱庭はドクターが創ってるの?」


不安を誤魔化すようにつづける。


「う~ん……。箱庭自体は僕たちも作るよ。でも、そこに命を吹き込めるのはドクターだけなんだ。ほら、見てごらん。」


話している間にお目当ての箱庭にたどり着いたようだ。


今日も、立派な角を額に生やした純白の獣が悠々と昼寝をしていた。


気高く美しいその姿にウッドは魅入られそうになる。


「ここに生えている草木も土も川も全て自然の物と同等のものなんだ。


魔法が解けてしまえば、これらは、模型や見立てを利用した、ただの箱庭に戻ってまうのだけれど、ドクターがいる限り、本物になるんだよ。」


「ごぉら、勝手に人の手の内晒すんじゃねぇよ。」


ボリボリとケツを掻きながらドクターが奥からやってきた。気だるそうにタバコの煙を吐き出すと、ウッドを見てから、アゴでクイっと箱庭を指し示す。


「オラ、武者修行に来たんだろ?さっさと中に入っちまいな。お前さんはもう行け。ごくろうさん。」


シッシッと軽く手をヒラヒラさせて白衣の彼を下がらせようとする。


「ドクター、乱暴ですよ。ルウォに付けるなら、ちゃんと注意事項は教えてあげませんと。」


「いんだよ。戦場じゃぁ自分で観察して分析せにゃならん。試行錯誤する経験も必要だろうよ。」


「そんなこと言って。僕知ってますからね。ドクター、説明するのめんどくさいだけですよね。」


「そんなわけねぇだろ。ほ~ら、行った行った。トニーのやつが鶏の箱ひっくり返して大惨事になってたぞ。あれ、お前さんの班のだろ。」


「な"!?ト"ニ"ー"!!!!よりによってなんで鶏!!!!あれ、商品なんですよ!!!1羽でも足りないとメルキュール隊長に殺されるんですからね!!!!」


彼は白衣を翻しながら奥へと消えていった。


あの人あんな声でるんだぁ……。


「あいつはな、あれでも班長なんだよ。

若くて優秀なんだが、おしゃべりが過ぎるってのは考えものだな。」


ドクターはため息を吐き、黙ってしまった。


その沈黙に耐えられず、ウッドは投げ掛けた。


「ドクターは、偽物を本物にできるの?」


「いや?できねぇよ?」


「でもさっき、川とか森とか本物だって」


「あのな、一部の奴等は自分の能力あけっぴろげにしてるかもしれんが、普通は伏せるもんなんだよ。他人(ひと)に聞くのも、勝手に話すのも、本来ならマナー違反だ。覚えとけ。」


「ごめん、なさい。」


しょんぼりと謝るウッドをみて、ドクターは、ガシガシと頭を掻き、深く息を吐いた。


「あー、1回しか説明しねぇからな。」


咳払いをし、ウッドの注意をひく。


「オレはな、本物と偽物の境界を曖昧にできるんだよ。」


見てな。というと、エプロンのポケットから黒猫のぬいぐるみを取り出した。


2足歩行でバトラー服を着せられたそのぬいぐるみに、ドクターは、ふーっとタバコの煙をかける。


すると、ぬいぐるみは中身が入ったかのように四肢を震わせ、スクっと立ち上がり、ペコリとお辞儀をした。


もう一度、ふーっとタバコの煙を吹きかけると、ぬいぐるみから、真っ黒い猫に変わった。ピンッと伸びたおヒゲも、艶やかな毛並みも本物の猫そのものだ。


「リンクスに似てるとか言うなよ。確かにあいつをモデルにしちゃぁいるが、あんな生き物他に知らねぇんだよ。」


手のひらに乗せた黒猫をつつきながらドクターは言う。


「本物と偽物の境界を曖昧にできるとはいっても、なんだっていいわけじゃぁねぇ。オレがイメージできること以上のものはできねぇし、構造がわかってなきゃ動かせねぇ。」


バトラー服の黒猫は、ぴょんっとドクターの手のひらから降りると、てけてけと、どこかへ行ってしまった。


「更に言えば、本物になる訳じゃぁない。境界が曖昧になるだけだ。いわば、催眠と幻術の間の子みたいなもんなんだよ。魔力が切れればそこでしまいだ。毒を水に変えても毒性が消える訳じゃねぇ。万能じゃないんだ。」


ふーっとタバコの煙を吐いて続ける。


「こいつは、オレの魔力を外にだす役割をしててな。煙にして空間に滞留させてやりゃあ、少ない魔力で長いこと術が続くだろ?」


青天幕の中はだいたいオレの魔力が充満してんだよ。あてられないように気をつけな。」


そういうと、しまいだ、しまい。忘れろ~と、手を振り武者修行の説明に移った。


「いいか、ここからは、よく聞けよ。わからなかったら何度でも聞け。」


「はい!」


「いい返事だ。お前さんがやるのはルウォのブラッシングだ。」


先程の黒猫がよちよちとブラシを持ってくる。ウッドの足元まで来ると、自分よりも大きいブラシを軽々と頭の上まで持ち上げ、ウッドに差し出した。


「ブラッシング?」


ウッドは黒猫からブラシを受けとる。固めの毛質のブラシは、ウッドの両手からこぼれるほどのサイズだった。


「あぁ。ルウォの体毛をそのブラシで整えてやるだけだ。簡単だろ?」


ドクターはニヤリと笑う。この表情には覚えがあった。


「でも、リンクスは、初日でズタボロにされたって……」


「あー、あれな。あいつはさ、お前さんよりも、も少し小さいガキだったんだよ。行けると思ったんだがなぁ……。ま、ユニコーンとはいえ、馬だからな。肉食獣は許せなかったんだろ」


はっはっはっはっ。とドクターは笑う。お前さんは大丈夫だよ。という言葉が微塵も信用できない。


「コツ……とか……」


先程の黒猫は器用にドクターの足をよじ登りエプロンポケットを目指している。


「ユニコーンはな、清める者だ。嘘や負の感情を嫌う。気に入られようとしてお世辞なんか言った日にゃぁ信用を失くすと思え。あと、武器はおいてけ。」


ポケットにたどり着いた黒猫が、ウッドに向かってバイバイと手を振ると、そのポーズのままぬいぐるみに戻ってしまった。


「わかった!」


ウッドは小さく黒猫に手を振りながら答えた。


「そんじゃ、頑張んな。」


ドクターはポケットの奥へ黒猫を押し込むと、例の小瓶を取り出しウッドに振りかけた。


ぐにゃりと世界が歪んでいく中で、遠くからドクターの声が聞こえた。


「あ、そうそう、ルウォにあったら挨拶しろよ。あいつそういうのにきび……」


途中でドクターの声は途切れ、奇妙な浮遊感の後、平原に着地した。


ドクター!?!?それ、なんか、すごく大事な情報じゃなかった!?!?ねぇ!?!?


なんて思っても、もうドクターには届かない。


周囲を見回すと小高い丘の上に太陽の光を受けてキラキラと輝くユニコーンの姿があった。  


ここから少し距離がありそうだ。ウッドはユニコーンを目指し歩き始めた。

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