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ウッドは翌日から正式に護衛部隊配属となった。


「お前さんがリンクスの拾ってきた犬っころか!俺の名はトール・マレスだ。よろしく頼む!」


護衛部隊の隊長は厳つい熊みたいな男だった。短く刈り上げられた頭と無造作に伸ばされた無精髭がその強面をより一層引き立てていた。


分厚い身体から響き渡る唸るような低音ボイスはそれだけで相手を怯ませる効果がありそうだ。


「まずはお前さんの適性を見る。扱える得物はあるか?」


今日も今日とて広場では宴が開かれている。昼間のうちはリンクスは村の男たちの戦闘訓練に駆り出されていた。


ウッドは、護衛部隊隊長のマレスと共に教会裏の庭に来ている。


教会の裏側は広い庭と畑で構成されていた。陽当たりのいいその庭は生け垣や花が植えられ、所々にベンチが置かれていた。


「こういうクネッとしたナイフと弓なら少し……。」


ナイフの形を手で示しながら答える。


「おぉ!ククリ刀か!そうか、山岳の民ならではだな。それと弓か。あぁ。悪くない。少し待っとれ。」


そう言ってマレスは両手を構え目を瞑る。すると、両手にククリ刀が2振り現れた。


「どれ、手合わせ願おうか。」


そう言ってククリ刀が1振投げ渡される。


ビリビリと殺気が肌を刺し、それだけでこの身が切り裂かれそうだ。


ジリジリと間合いをはかるが、全く隙がない。今斬りかったところで返り討ちに合うだろう……。


まるで野生の熊を相手にしているかのような迫力だ。……野生の熊……?そうか!熊を相手に狩りをする時は正面から行ってはダメだ。


ウッドは勢いを付けてマレスに斬りかかるとわざと弾かれ、その勢いを借りて植木に飛び込んだ。


元々は狩りで使っていた得物だ。平面での戦闘はウッドには経験がない。この庭を使ってゲリラ戦でも仕掛けなければ3秒と持たないだろう。


ウッドはククリ刀で庭の植木の枝を落として植木の隙間に道を作った。


きっとマレス隊長は、オレが落ちたところへアタリをつけてやってくるだろう。その時が反撃のチャンスだ。少しズレた位置からの奇襲で一太刀くらいは当ててやる!


逸る心を押さえつつ、反撃の瞬間を待った。


しかし、待てど暮らせどマレスはその場を動かない。ならば。と、なるべく音をたてないように植木を伝い、高い木に登る。


そのままククリ刀を構えるとマレスの死角から、彼目掛けて落ちていった。重力を利用して一太刀の威力を上げるのだ。


「っ!!!!」


獲った!!!そう思ったとき、マレスが振り向き半歩後ろに下がった。そしてそのまま腕を伸ばすとあっさりとウッドを捕まえた。


「作戦は悪くないがな。植木は人様の物だ。訓練では伐ってくれるな。」


そう言って小さな子どもにするように、両わきに手を入れ、腕を伸ばして高く掲げると、すとんと下ろした。


実力が違いすぎて打ち合いすらできなかった。それが、ウッドの現状だ。


「弓はどれほど使える?あの鳥を落とせるか?」


マレスは空高く飛ぶ鳥を指差した。正直遠すぎて黒い点にしか見えなかった。あれ程までの距離を飛ばすことはできない。そう、正直に伝えると、わかった。では、適当でいいからあの鳥を狙って射ってみろと、いわれた。


渡された弓に矢をつがえキリキリと引き絞る。届かないことはわかっていたが当てるつもりで矢を放った。


勢いよく飛び出した矢は、案の定届かず、やがて勢いを失い落ちていった。


矢の軌道を見届けると、マレスは筋は悪くないぞと、ウッドの頭を撫でてから、白い紙を渡した。


「これで最後だ。魔力を込めてみろ」


そう言って渡された紙を手にうーん!と力を込めてみる。強く握り過ぎて皺が入った以外は何も起きなかった。


がっはっはっはっは、と、マレスは豪快に笑った。


「魔力なしだな。なぁに、心配するこたぁない。俺が立派な戦士に鍛え上げてやるさ。」


ニッと笑ったマレスは、何枚かの羊皮紙を取り出しウッドに渡した。


「とりあえずは、これを毎日やるといい。話しはそれからだ。」


それから、こいつもやる。と口を縛った布を渡される。開けると中にはクッキーが入っていた。


「俺の部隊に入ったからにゃあ、雑用と不寝番は必ず付いて回る。そんなんじゃぁ、あっちゅう間にぶっ倒れちまうぞ。しっかり食ってもっと肉をつけるこったな。」


じゃあな。と、ウッドの頭をガシガシと撫でてからマレスはのしのしと去っていった。


広場に戻りクッキーを齧っているとリンクスに声をかけられた。


石畳の広場では今日も人の背丈ほどもある焚き火が組まれ、気持ちよく燃えていた。


焚き火の周りでは、陽気な音楽が流れ、酒や料理が振る舞われている。


そこから少し離れた広場の一角では、商隊の護衛部隊と村の男達が剣を交えていた。


「どうだったよ、マレス部隊長の実力試験は?」


「うん……。何にもできなかった。」


「そうか?それ、貰ったんだろ?本当に見込みがなけりゃ、あんた今頃、積載長様のところに突っ返されてるぜ。」


リンクスは羊皮紙を指差していった。羊皮紙には簡単な基礎トレーニングと、何人かの名前が書かれていた。


「なっつかし~なぁ。これさ、ここに書いてあるやつに勝負を挑んでくんだよ。一人倒せたら次、一人倒せたら次って感じでさ。そんで、最後にマレス部隊長様に勝てたら、晴れて対魔物戦闘に参加できるってわけ!」


簡単だろ?と、リンクスは笑う。


簡単かなぁ……。本当にあの熊みたいな部隊長を倒せるようになるんだろうか……。


「まぁ、まずは基礎トレだな。体力と筋肉つけないとな!頑張れよ!」


そう言ってリンクスは村の男達の戦闘訓練に戻っていった。


オレも基礎トレ頑張らないとな!


残りのクッキーを平らげてしまおうと手元を見ると跡形もなく消えていた。


どこぞの泥棒猫が去り際にかっさらって行ったのだろう。


あいつ……許さない……。




基礎トレは、単純な筋トレや体幹トレーニングの他には木登りや狩り、魔獣の世話などが盛り込まれていた。


魔獣の世話は契約者に承諾を貰い、行なう。商隊の荷や、救護班のように常時設置している施設を運んでいる魔獣、戦闘用の魔獣なんかもいた。


「すみませ~ん!魔獣の世話をさせていただきたいんですが~!」


リンクスと分かれ、一通りの筋トレや体幹トレーニングメニューを終えたあと、魔獣が集められている天幕へ足を運んだ。


滞在している礼拝堂には、数多の天幕が立ち並び隊員のプライバシーを守っていた。


魔獣や家畜が集められている天幕は白ではなく青く染められた布で作られているのでわかりやすい。


「はいよ~。はいはいはいはい。どちらさん?」


ボサボサ頭で眼鏡をかけた男がめんどくさそうに出てきた。


よれっとしたシャツに緩くタイを巻き、ゆるっとしたパンツをはいていた。


エプロン姿に咥えタバコという、なんともちぐはぐな格好だ。


メルキュールさんが見たら卒倒しそうだなとウッドは密かに思った。


「あー、今、だらしないやつって思っただろ。」


ニヤッと笑って男は言う。


「えっ?」


ウッドはドキリとした。だらしがないとまでは言わないが、確かにそのようなことは考えた。


「隊長程じゃぁねぇけどな、職業柄オレも人の心が読めるんですわ。」


「すみません……でした……。」


口に出したわけではないが、相手を不快にさせたことは確かだろう。


素直に謝ると男はくつくつと笑い出した。


「いや、本当に謝るとは……素直なやつ……。わりぃ、わりぃ。よく言われんだよ。汚ねぇ格好してんじゃねぇぞって……。そうじゃなくてもお前さんは顔に出やすいみたいだけどな。あっはっはっはっは」


男は肩を震わせ途切れ途切れに話す。


なんなんだよ!もう!人が謝ったっていうのに笑うことはないだろう!


ウッドがムッとすると更に男は爆笑し始めた。


「からかって悪かったよ。オレは生物管理部隊隊長ファトス・ラティウム。


まぁ、平たくいえば生き物係ってとこだな。動植物から魔獣まで何でもござれよ。


知らん顔が来るってこたぁ、お前さんどうせアレだろ?例の武者修行だろ?


いやぁ、感心感心。ついてきな。案内してやるよ。」


そう言って眼鏡の男はクルっと天幕の中に消えていった。


天幕の中には大小様々な大きさの箱庭がたくさん置いてあった。


魔獣がいるからには檻や鎖で繋がれている、殺伐とした空間なのかと思っていただけに拍子抜けだ。


ラティウムは、どれがいいかねぇ、なんて言いながら箱庭を覗いてまわっていた。


「あー、そうね、まぁ、こんなとこだわな。」


そう言うと1つの箱の前で止まり、手招きした。


「ほれ、見てみろ。」


箱を覗くと中には森林のミニチュアと掌サイズのユニコーンが入っていた。


森林には、泉や川、平地や丘等もあり、掌サイズのユニコーンが生活するには広すぎるくらいだった。


悠々と森の泉で水を飲んでいる姿は、全ての光をその身に集め輝いているようで美しかった。


「こいつはな、まぁ、見ての通りユニコーンなわけだが、ユニコーンってやつは、乙女以外には心を開きやがらねぇ。


野郎が触ろうもんなら殺される。


だがな、お前さんくれぇの歳のガキならギリ野郎でも世話ができるってわけだ。暴れるがな。まぁ、ものは試しだ。やってみろ」


そう言うとラティウムはエプロンのポケットをごそごそとあさり、小さな瓶を取り出した。


中には砂のような茶色い粉が入っている。


「ラティウムさん、それは?」


「おう、これか?これはな、ひとつまみかければあら不思議!どんな巨大な生き物もぐんぐんぐんと小さくなって扱いやすく!ってな、魔具(代物)だ。」


にぃぃぃと笑うとラティウムはその粉をふわっとウッドへ振りかけた。


視界がグニャリと揺らぎラティウムが消えた。先程まではたくさんあった箱もなくなり、目の前には巨大な壁があった。


ギュンッと奇妙な浮遊感の後、川の近くの草原に着地する。


ウッドはキョロキョロと辺りを見回した。


正面には大きな川。左手方向の坂を登れば森がある。森とは反対側には草原が広がり、小高い丘が遠くに見えた。


おそらくここはさっきまで覗いていたあの箱の中だ……。


たぶん、この中でユニコーンを探して世話をしなきゃなんだろうけど……。


ユニコーンの世話って何したらいいんだ!?!?


ラティウムさん、何にも言わずに放り込むんだもんな……。


とにかくアイツに会わなきゃだ!……思い出せ……さっき見たとき……どこにいた……?



森のなかを彷徨い歩きどのくらいの時がたっただろうか。水の音を頼りに泉のほとりへたどり着いた。


「ようやく見つけた……」


対岸には純白に輝く獣がゆったりと座りうたた寝をしていた。


起こしてしまわないように、足音を殺してゆっくりと回り込む。


気持ちのいい風が吹き、水面を波立たせている。微かな波音のリズムと、暖かな日差しが気を緩ませてしまいそうだ。


ユニコーンまであと数メートルのところまで来たとき、ピクッと長く鋭い角が揺れた。


彼は、ゆっくりと頭をもたげこちらを見る。


ウッドはその場で立ち止まり目を合わせた。決して目をそらさないように一歩近付くとユニコーンは立ち上がった。


純白に光輝く大きな身体はウッドの2倍ほどはあろうかという高さだった。


「きれい……」


ウッドは熱に浮かされるようにもう一歩近付く。


ユニコーンはしばらくウッドを眺めていたが、やがてスッと森のなかへ消えていった。


「待って!」


慌てて追うも、黄金に輝くたてがみが遠くにたなびいているだけだった。



「おつかれさん。五体満足で帰ってきたんだ。初めてにしちゃあ、上出来だろ。」


煙をプカプカとふかしながら咥えタバコのラティウムは言った。


「ひとまず顔合わせはできたわけだし、あいつもお前さんの匂いを覚えただろ。起き抜けとはいえ、あんだけ近付いてもどつかれなかったんだ。まぁ、相性はダイジョブでしょ」


契約者に世話の許可は取っておいてやるからまた明日来な。そう言ってウッドを天幕から追い出すと、「お迎えが来たみたいだぜ?あんの薄情ネコめ。たまには顔だせってんだ。」とぼやきながら奥へ引っ込んでいった。


生物管理部隊の天幕を出ると礼拝堂は燭台の灯りで満たされていた。採光窓から覗く空は深い黒に覆われており、星が瞬いている。


青く染められた天幕群から抜け、白い天幕のある辺りまで来た頃、リンクスがひょっこりと顔を覗かせた。


「よぉ!おつかれさん。ドクターとは上手くやれたか?」


「ドクター?」


「ありゃ?ドクターじゃなかったか?ほら、メガネの、タバコ咥えててさ、しなっとしたおっさん!」


「ラティウムさん?」


「そうそうそう!あの人の名前言いにくいだろ?だからさ、みんな博士(ドクター)って呼んでんの!」


「あぁ……うん。なんの説明もなくユニコーンの箱に放り込まれて、また明日来いってさ」


「え?ユニコーン?まじで?お前男だよな?」


「え?なんか不味いの?」


「ユニコーンってめちゃくちゃ縄張り意識強いんだよ。だからさ、自分の縄張りに自分が認めた以外のものが立ち入るとめちゃくちゃ怒ってさ。暴れ馬って言うの?鎮めるの大変なんだよなぁ……」


「え……そんなとこにオレ放り込まれたの?」


「あ、怖がったりしたらダメだぜ?そういうのすっげぇ敏感だから。ビビってんのバレたらアイツ突っ込んで来るからな!」


「無茶いうなよ!!!そんなん聞かされたらビビるだろ!!!」


「まぁ、頑張れよ。オレは初日にズタボロにされて担当降ろされた。」


「えぇ……」


リンクスは当時を思い出したのかブルブルっと身震いすると、広場の方を指差した。


「ま、今はとにかく飯食おうぜ!討伐部隊がさ、猪肉狩ってきたんだよ!今日はご馳走だぜ!」






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