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憧れ

広場から離れたウッドは、何か仕事はないかと教会へ戻ってきた。


村長の指示で村人と共に納品した食料を備蓄倉庫へ運んだり、女達に混じって料理の下ごしらえを手伝ったりしているうちにあっという間に夜になっていた。


手伝っている間、村人達と言葉を交わすこともあった。話題はもっぱら勇者様のことだった。


人々は口々に勇者を讃えた。


勇者様がいたから我々は今、安全に暮らしている。勇者様が商隊を手配してくださっているからアタシらは飢えずにすんでるんだ。勇者様がいるから……


ウッドの村でも勇者様の存在は偉大だった。しかし、何故偉大なのか、いまいち理由はわかっていなかった。


ただただ、勇者様はすごいんだと漠然と憧れていた。


自分は勇者様のことを何も知らなかったのだと知った衝撃はカミナリに打たれたかのようだった。


「討伐部隊が帰ってきたぞ~!!!」


夜の帳が降りた頃、村の男衆が何やら叫びながら走ってきた。


わっ!と歓声が上がり、皆が門の方へ向かう。


ウッドもその波に流されるように門へと続く大通りまできてしまった。


人々が押し寄せるなかを討伐部隊が悠然と歩いている。彼らが一歩進むごとに、邪魔にならないようにと人波が割れていく。


馬や大型の肉食獣のような生き物に乗っているもの、甲冑やアーマーに身を包んでいるもの、獣人の姿をしているもの等、70人はいるだろうか。


広場へ着くと彼らはあっという間に村人に囲まれ、見えなくなった。


村人達は皆、興奮し、目を輝かせている。誰もが、討伐部隊の彼らと話したがり、人が途切れない。


ウッドの村ではみたことのない光景だった。



ウッドの村では皆が平等だ。穏やかで変わらない毎日を送る。それが当たり前だと思っていた。


しかし、ここの村の人々はこんなにも顔を輝かせ討伐部隊の人達を囲んでいる。


リンクスと話している時もそうだった。皆、とても嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。


いや、嬉しそうや、楽しそうでは言い表せないほど、キラキラと輝いて見えた。


ウッドにはそれが理解できなかった。こんなにも、多くの人々が彼らを求めている……。


何が、こんなにもこの人達を動かすのだろう……。


知りたいと思うのに、それと同じくらい知ってはいけない気がして、ウッドはその場から走り出した。


なんだか、よくわからない焦燥感がこみ上げてきて叫びだしたい気分だったが、誰かに見つかってはいけない気がしてとにかくがむしゃらに走った。


どれだけ走っただろう。横腹と肺が限界を訴え、ウッドはゆっくりと速度を落としていき、ついには立ち止まった。


遠くからは、いまだ賑やかな音が聞こえてきている。


耳から入る情報とは裏腹に視界は真っ暗だった。先程まで開けた場所にいたせいか、立ち並ぶ建物に圧迫され世界が縮んでしまったように感じられた。


人の気配のない住宅地は何故こうも不気味なのだろう。


ウッドは賑やかな音へ背を向けるようにしゃがみこんだ。


どれだけそうしていただろう……。


呼吸が落ち着き、脇腹の痛みが足のしびれに変わってきた。


もう少しこのままでいたい気持ちと、足の痛みを天秤にかけ、立ち上がることにした。移動して、どこか座れる静かな場所を探そう。


立ち上がろうと顔を上げると、視線の先の地面がわずかに隆起していた。


なんだろう?手をのばそうとした時、ボコココっという音とともに何かがギラリと光った。


反射的に後ろに飛び退き尻餅をつく。


ずるりと何かが這い上がる。大きな口からびちゃびちゃと垂れる涎の音。肉を腐らせたような悪臭。


月明かりでもわかるオレンジの斑点。蠍のような尾をこちらに向けてそいつはヴヴヴァと唸った。


最初に頭を駆け巡ったのは、恐怖じゃなくて、オレの村の氾濫した川のことだった。まずい、ここで死んだらおじさん達困るよな……なんてことばかり思い浮かぶ。


その時ふと、思ってしまったんだ。もし、オレがここで死んだとして、村の人達はどんな反応をするんだろう。


悲しむのかな?いや、きっと、いつも通り、死体を川に流したら、安らかにと祈って終わりだろうな。後は忘れられていくだけだ。


役目も果たさず死んだことを怒るだろうか。いいや、大体の事情はカパーさんが知ってる。オレがいなくてもどうにかなるだろうから。


村が助かれば誰もオレのことなんて気にしないんじゃないかな。


嫌だなぁ。と思った。あんなの見たくなかった。見なければよかった。あんなキラキラしたものを見なければ、今、こんな泣きたいような気持ちにならずにすんだのに……。


そこまで考えて、あぁ、オレは今、泣きたいのか……と気がついた。


何で泣きたいのかまではわからない。でも、どうせ死ぬんだ盛大に泣いてやろう。そう思うのに、何故か涙はでなかった。


ズシンと、カムペが足を踏み鳴らす。思わず我に返りカムペの足を見た。


カムペの足は縄のような短い筋が何本も絡み合ってできていた。それらが時折シュルシュルとほどけ、指のようになったり爪のように鋭くこちらに伸びて来たりする。


しかし、その場から動こうとはしなかった。唸ったり足を踏み鳴らしたりと威嚇のような行為の合間に、首をかしげたり頭をゆっくり左右にふったりしている。


もしかして……見えていない……?


こいつ、夜目が効かないのか……?それなら逃げられるかも知れない……。


そう思い、そろりと後ずさった。その瞬間カムペはバッとこちらへ蠍のような尻尾を振り下ろした。


なんでだよ!!!見えてないんじゃないのかよ!!!


間一髪で躱すとウッドは一目散に走り出した。


今のは躱せたんじゃない。運が良かっただけだ。とにかく広場へ行けば皆がいる!!!


賑やかな音のする方へ足を向けようとしたとき


ふと、リンクスの言葉を思い出した。


『今回みたいな毒を撒き散らす奴らとは相性悪くてさ……戦闘じゃ役立たずなんだわ』


そうだ……。広場には皆がいる……。村人もいる……。みんながいるんだ……。


ウッドは適当な角を曲がり、めちゃくちゃに走った。なるべく建物の多い方へ。但し、広場からは離れるように。


走りながら考えた。どうしようかと。何も浮かばなかった。浮かばないのならできることは1つしかない。とにかく走り続けよう。頑張るしかないのだ。


「カパーさん、リンクス、オレどうしたらいい……?」


体力も底をついてきた。けど、止まるわけにはいかない。


そもそもここはどこなんだろう。建物の多い方へと走ってきたけれど、大きな建物が多くなって曲がり角が減ってきた。


どこか部屋の中に入れる建物はないだろうか……?


目についたドアというドアを押してみる。モタモタしていては追い付かれる。


どこか!どこか!


「そんなところで何をしているんですか?そちらの倉は貴方の納品先ではありませんよ。


村についたらくれぐれもリンクスから離れないようにと言ってあったでしょう。」


深みのある少し低い声にパッと振り返ると積載長のメルキュールが眉間に皺を寄せて立っていた。


「モンスター!来てる!にげて!オレ……穴からでてきて……オレ……」


ウッドはメルキュールに駆け寄り縋りつくと、へなへなと座り込んでしまった。


「落ち着いてください。何が……」


ウッドの尋常ではない様子に何かを察したのかメルキュールがウッドの背中をさすりながら先を促そうとした。


しかし、ダバダバダバタバと重い足音がして振り返ると、言葉を飲み込んだ。


「なるほど。困りましたね。私は戦闘員ではないんですが。」 


そういうとメルキュールは近くにあった石を拾いカムペから少し離れたところに投げた。


するとカムペは石の放られた方へと走っていく。


「いいですか?カムペはあまり視力がよくありません。ですが、聴覚、触覚共に優れており、少しの物音や空気の振動で相手のいる位置を掴みます。ですので……」


ものすごい勢いでカムペがこちらに向かってきた。


「このように話していると狙われます。呼吸を落ち着けて静かにしているように。」


「メルキュールさん、前!前みて!!!」


「そして、身動きしないようにしてください。いいですね?」


そういうとメルキュールは、太股のホルスターバッグから何やら玉を取り出した。


「耳をふさいで!」


そう言うやいなや、玉をカムペの近くに叩きつけた。


キーンという鼓膜を刺すような高い音が幾重にも鳴り響いて頭が割れそうだ。


気持ちが悪い……吐きそうだ……。


もう、勘弁してくれ……そう思った時、すっと耳に何かを当てられて音が止んだ。


恐る恐る目を開けるとリンクスが耳を指差しながら何か言っていた。


よくわからないが、満足そうにニンマリと笑うとウッドの後ろを指差した。


振り返るとカパーが扇でウッドを指し示し笑いかける。


『リンクスが自分の耳を犠牲に貴方に譲ったものです。決して取ってはいけませんよ。』


フフッと笑ったカパーさんの声が聞こえてくる。耳からではなく、言葉が直接理解できるような不思議な感覚だった。


バッとリンクスを振り返るとリンクスはメルキュールの方へ駆け寄っていた。


「サイレンサーなしで音波弾とは……メルキュールさんも無茶をしますねぇ」


クスクスとカパーが笑うとメルキュールは、仕方ないでしょうと、眉根を寄せた。


「どうしてここに?」


ウッドの質問に、カムペを片付けたリンクスはメルキュールを担ぎ上げながら「ど~してもなにも、お前が呼んだんだろ~。」と事も無げに答えた。


「言ったでしょう?強い言葉は遠くまで届くと。」


カパーはにっこり微笑んだ。




遡ること数刻前


メルキュールが居合わせたのは、本当にただの偶然だった。


いつも通りに在庫の確認をし、納品したものが、全て、間違いなく、納めるべきところに収まっているかの確認を終え、宴が行われている広場へ向かうところだった。


何やら忙しなくガチャガチャとドアを抉じ開けようとしている不届き者を見つけたから声をかけた。それだけのつもりだった。



更にその少し前、宴で男達と呑んでいたリンクスは、誰かに呼ばれたような気がした。


これだけ騒がしければ誰かが自分を呼ぶことくらいあるだろう。だが、今の声は、声の主を探さなくては。そう思わせる何かがあった。


その時ふと、ウッドがいないことが気にかかった。宴の最中だ。どこかに行っていても不思議じゃない。


気の合う誰かを見つけたのかもしれない。そう思うのに、何故か、やたらウッドの不在が気になった。



同じ頃、カパーは、1人湯浴みをしていた。宴の最中だ。これだけ盛り上がっていれば誰も浴場になど来はしまい。


いつもは、誰かに見られてしまわぬよう、出来るだけ短時間で水浴びをすませていた。そうでなければ身体を拭くだけにとどめていた。


だって、醜い化け物と同じ湯になど……浸かりたくはないでしょう?


「このしっぽ、千切ったらまた生えてきたりするんですかね?」


なんて言っていたら、誰かに呼ばれた。確かに呼ばれた。


普段自分の尻尾なんて気にならないのに、今日は何故か、面と向かって化け物なのか聞いてきた少年の、真っ直ぐな黄色い瞳が頭を過った。


こんな時くらいしか、湯浴みなんてできないというのに。そんな悲痛な声で呼ばないでくださいよ。


カパーはフッと笑うと湯からあがった。


仕方ないですね。


「こんな時くらい、のんびり独り占めさせてくれてたっていいじゃないですか。」


浴場から出るとリンクスが真っ青な顔をして立っていた。


「ウッドがいないんだ!こんなに騒がしくちゃ音も拾えない!あんたを探してた!」


「おや、奇遇ですね。たった今、誰かに呼ばれたような気がして、誰とはわかりませんが探しに行くところだったんですよ。記憶を覗いても?」


「頼む」


その瞬間耳を刺すような高音が幾重にも鳴り響いた。


誰かがカムペと戦ってる音だ。近い。2人はサイレンサーを装着し、走り出した。




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