商隊の役割
「カパーさん、オレの秘密、聞いてくれますか?」
些かマシになったとはいえ、この時期の夜はまだ肌寒い。
昼間とは打ってかわって静かに整列する白い影が、ここだけを小さな村のように見せていた。
天幕により狭くなった空と草原を、月明かりと松明が照らしている。
「おや、ワタクシが聞いてもよいものなので?」
カパーはフフフと楽しそうに笑った。
「貴方に聞いて欲しいんだ。」
子どもが答えるとカパーは、おや、と真面目な表情を作った。
「こちらへどうぞ。そこだと冷えるでしょう。」
カパーは焚き火の向かいで折り畳み式の椅子に座っていた。
骨組みに大きな布を固定したその椅子は、椅子と言うよりも三日月型のハンモックのようだった。
ゆったりと包み込まれるように身体を預けていたカパーは、背もたれから身体を起こす。
「リンクスから新しい衣服を受け取ったのですね。お似合いですよ。」
黄色を基調としたコーディネートは明るくて真っ直ぐな彼に良く似合う。
裾の広いズボンやノースリーブのインナーは元気なイメージをより強くしていた。
彼は腕に持っていた白い布を被ると、外套はカパーさんの真似なんだ。と誇らしげに胸を反らせた。
「ウッドっていうんだ。オレの名前。」
「おや?貴方の村には名前がないと聞きましたが?」
カパーは、わざとらしく驚いたような顔をした。
「うん。だから、これが、オレの秘密。」
「そうですか。話してくださりありがとうございます。
ところで、秘密というのは1度誰かに話すと皆が知るところとなるのは御存じですか?」
いつものニヤリとした顔でカパーは言った。
「え?」
「本当に知られてはいけない秘密は絶対に誰にも話してはいけませんよ。
どこで誰が聞き耳を立てているかわからないのですから。ねぇ、リンクス?」
「ま~た、バレてた~……。」
一番近い天幕の影から黒い影がぬるっと出てくる。
月明かりの中では、彼の姿は闇に溶けてしまい、姿を現した今でも見失ってしまいそうだ。
トパーズの瞳が星のように彼の位置を教えてくれていた。
「リンクス、貴方は今日、不寝番ではないのですよ。夜更かしせずに休みなさい。それとも何か気にかかることでも?」
カパーはニヤリと笑う。
「わかってるくせに~。意地悪だなぁ。もう。
ウッドのこと本当にいいんですか?」
「おや?何のことでしょう?荷として預かったのは名前のない少年です。
この隊にはウッドという名前の者は居ないのですよ。
彼は、この広い草原で迷い、我々の隊にいつの間にか流れ着いていたのでしょう。
保護して差し上げなくては。それも商隊の務めですからね。リンクス、貴方が面倒をみておやりなさい。」
つらつらと話すカパーの声にトパーズの瞳がくしゃっと細くなる
「隊長ってば、ほんと素直じゃないよな~。しょうがねぇな。俺が面倒みてやんよ。ついてこいよ。ウッド」
言葉とは裏腹にリンクスは嬉しそうだった。
「兎の下ごしらえ教えてやるよ」
翌朝からは忙しかった。今までは羊たちとのんびり過ごし、飯を食うか昼寝をするかくらいしかやることがなかったのに……。
「オラ、朝だぞ!起きろ!朝飯の下ごしらえしないと食いっぱぐれるからな!ここでは、働かざる者食うべからずだ!」
まだ太陽の昇らないうちから叩き起こされ、大量の野菜を洗った。
「オラ、モタモタするな~!それが終わったら、いま洗った野菜の皮剥くんだからな~!」
リンクスはあちこち走り回りっていたが、時折様子を見にきては指示を出して消えていった。
「張り切ってますねぇ。リンクス。いつもあれくらい働いてくれたらいいのですが……。」
水の入った桶の前で、野菜の皮を剥いていると、積載長のメルキュールが声をかけてきた。いつもの在庫管理だろう。
メルキュールは、今日も今日とて隙のないきっちりとした格好をしていた。パリッとしたシャツにベスト、白いズボンと長いブーツ。
そこまではいつも通りだったが、今日はいつもの装備の他に長いうす緑のマントと太股にはホルスターバッグがついていた。
「おはようございます。ウッドという名の新入りが入ったとか、兎と一緒にリンクスが拾ってきたとか色々と噂が流れていましたが貴方でしたか。」
色素の薄い長い髪が揺れる。絹糸のような髪とはこのようなことを言うのだろうか。
ゆるりと纏め肩に流している姿は眉間に皺を寄せていても、優雅そのものだ。
「困りましたね。積み荷の数と隊の人数が合わなくなってしまう。さて、どうしたものか……。」
などと、ぼやきながらも、声は優しかった。
「今日辺り、次の村へ着くでしょう。村に着いたらくれぐれもリンクスから離れないように。頼みましたよ。」
そう言ってメルキュールは、体調や怪我の有無などいくつかのチェック項目を確認して去っていった。
「これが……村……?」
村の周りは巨大な壁で囲まれており、出入り口は重い木の門で固く閉ざされていた。
カパーが数名を引き連れ門へ近いていく。暫く門の前で立ち止まっていたがやがてゆっくりと門が開いた。
「急げ。奴らが来る」
リンクスに背中を押され訳もわからず走り出す。すると、今まで静かだった草原に砂煙が上がった。
「来た!」
大きなトカゲのようなモンスターがこちらへ向かってきているのが見えた。
紫色の地肌にオレンジの斑点模様。大きな口から溢れ出る涎は滴る度、周りの草木を枯らしていった。
「戦闘員の皆さんは最後尾へ!時間を稼ぎます。手筈通りに!」
遠くにいるはずのカパーの声が直接耳に届いた。
「非戦闘員の皆さんは慌てず、でも急いで!1匹でも侵入を許せばコトです!」
背後では戦闘が行われている。モンスターとの戦闘を見るのは初めてだった。
焔を操り焼き殺す者。2双の剣で切り殺す者、音色を操り惑わす者。そのどれもがウッドの心を圧倒した。
次々と薙ぎ倒されていくモンスター。飛び散る血。モンスターが消えゆく際の光……。ウッドはそれら全てを美しいと感じた。
「ボケッとすんな!荷物を奥に流し込む!手伝え!」
リンクスの声にハッと現実に引き戻される。もう少し見ていたかったがそうもいかないようだ。
門を潜ってきた荷物を運び奥へと整頓させる。商隊の非戦闘員全員が門を潜ったことを確認すると、門はゆっくりと閉まっていった。
遠距離攻撃を得意とする者から門を潜り抜け、門の閉まる直前、皆が隙間へ身体をねじ込んだ。
「お疲れ様です。取り残された方はいませんか。各部門の長は隊員の安否確認を。戦闘員は怪我の有無を報告してください。」
カパーの姿は見えないが相変わらず声だけは聞こえてきた。不思議に思っているとリンクスが、これか?と教えてくれた。
「隊長の魔法だよ。声を指定した範囲に届けるんだ。どんなに遠くにいても届くんだぜ!」
「そこまでではありませんよ。ワタクシができるのは、記憶に関する魔法だけです。
正確には声ではなく、ワタクシの言葉を記憶として届けているに過ぎません。
これは、相手の名前を知らないとできないことなんですよ。」
カパーは、ウッドにウィンクをすると、全員無事なようですね。と去っていった。
今日のカパーはいつもよりも深くフードを被っていた。
大きな教会に通され一息つく。
門から続く一番大きな道を真っ直ぐに進んだところにそびえ立つこの教会は、村の中心地に位置しているようだ。
壁画やステンドグラスには装飾の美しい剣を持った金髪の少年が描かれていた。高い技術力を伺わせるそれらは、どれも、この村と不釣り合いなほどきらびやかだった。
礼拝堂には、可動式の長椅子が並べられていた。
夜までにはこれらを片付け、商隊はこの礼拝堂に滞在する。
カパーは何人かの村人の記憶を覗き、現状の確認をしていった。
カパーと見つめ合った者達は、皆、青い顔をして座り込んでいく。
「やはり作物は育ちませんか……。厳しいですね。魔法を使える者も年々減ってきている……。水や食料を得ようにも奴らが居ては、そうやすやすと外には出られない……。ですか。」
今回もここに滞在する間にできるだけ奴らの数を減らしましょう。と約束し、食料を村長に売り渡した。
「隊長さん、ここに来る回数を増やすことはできないのですか……?正直今のままでは飢え死ぬ者が出る……。」
この村の村長が、カパーに詰めよった。紺色に染められた踝までの装束には襟元と袖口に見事な刺繍がしてあった。これらの刺繍はこの村の大事な財源となっている。
「そうしたいのは山々なのですが……。ですが、そうですね。勇者様に1度打診してみましょう。」
カパーはそっと一歩下がった。
「本当ですか……!?ありがたや……!ありがたや……!勇者様ならきっとなんとかしてくれます!どうか……!どうかよろしくお願いいたします!」
「えぇ。勇者様ならばきっと……。」
彼は、袖から出した扇でさりげなく口元を隠しした。
ウッドが見るともなしに村長とカパーのやり取りを見ているとリンクスが教えてくれた。
「ここの村さ、もともと壁とかなくて、ここいらの平原を遊牧民みたく移動してたんだよ。でも、あのトカゲ共の被害が酷くてさ。カムペっていうんだけど……」
100年程前、彼ら遊牧民の嘆きを知った初代勇者が、草原に光の障壁を作り、いくつかのセーフティスポットが誕生した。
その後、勇者の加齢とともに光の障壁は消えていき、最後に残ったこの地に物理で壁を作りセーフティスポットとした。
しかし、一ヶ所に留まることとなった結果、あのように待ち伏せされるようになったのだとか。
カムペの撒き散らす毒により大地は枯れ、作物は育たない。定期的に商隊が寄り、魔法で畑の浄化や戦闘訓練等を行い村人のサポートをしてきたが、それもそろそろ限界がきているようだった。
「何より元々遊牧民だった奴らをひとところに留まらせるのは、彼らを死なせるようなものだよね~。
今の勇者様じゃ光の障壁なんてできないだろうし……どうせまた、一時凌ぎを作るだけなんだけどね~。
ま、そうだとしても、村人を勇気づけるのも俺たちの役目だからさ。悩み事とか聞いてやって。」
そう言ってリンクスは広場の方に歩いていった。
教会の前にある広場では小さなお祭りのようなものが開催されていた。
広場の中心には、人の背丈ほどの高さの焚き火が組まれ、その周りでは様々な料理が広げられている。
焚き火を囲み皆が笑い合っている様は、ウッドにとっては初めての光景だった。
「商隊が来るとさ、こうやって皆でご馳走食べて、バカ騒ぎして、また頑張ろー!って鋭気を養うんだって。
商隊の皆さんようこそ~。っていう意味もあるんだろうけど。俺たちの存在が節目になってるんだよ。」
弦楽器や笛の陽気な音色が聞こえてきた。男女で手を取り合いダンスを楽しむ者たちもいる。
さ~て、俺もたまには真面目に働くかぁ~と伸びをすると、リンクスから魔物が消えていった時と同じ光が立ち上った。
「リンクスだ!!!ネコさんやるの!?!?みたいみたい!!!」
リンクスの光を見て村の子ども達が集まってきた。
「ネコさんじゃなくてヤマネコな!」
まぁ、似たようなもんだけど……等といっているうちにリンクスの姿が変わっていく。
爪は鋭く、牙が生える。耳は顔の横ではなく頭の上へ現れた。長くしなやかなしっぽはヤマネコそのものだった。
「リンクス……魔法使えるのか!?」
「魔法……つっても、変身魔法と身体強化だけな。今回みたいな毒を撒き散らす奴らとは相性悪くてさ……戦闘じゃ役立たずなんだわ。まぁ、だからこそできることもあるわけなんだけど……。」
すると今度は武器を持った男達がぞろぞろとやってきた。
「リンクス!今日こそ仕留めてやるぜ!特訓の成果を特と味わいやがれ!」
「言うねぇ。いいぜ!来いよ!一太刀でも浴びせられたら好きなもん食わせてやんよ!」
リンクスが挑発するようにクイクイっと人指し指を上下させると、彼めがけてひゅっと剣が振り下ろされた。リンクスは軽く後ろに飛びかわす。
すると躱したさきには、別の男が槍を構えて待っていた。リンクスは片手で槍を掴み、軸にするとテコの原理で男を弾き飛ばした。
人間離れした身軽さで次々と男達を薙ぎ倒していくリンクス。時折身体の一部から光が立ち上り、驚異の身体能力を見せつけた。
おらおらおらおら!どうしたどうした!そんなんじゃ、一太刀どころか指一本俺に触れねぇぞ!とリンクスが吠えると、まだまだ!と男達が立ち上がる。
「言っただろうが!魔物相手に一対一で勝てると思うな!頭を使え!束になってかかってこい!俺に勝てねぇようじゃ、一生外になんか出らんねぇぞ!」
そう言いながら、一合二合と爪で剣を受け流す。死角からの突きを軽く身を捩って躱すとその勢いのまま相手の男を蹴りあげた。
どれほどの時間がたっただろうか。リンクスも男たちも肩で息をし、汗で髪が顔に張りついていた。
「本日の訓練は以上!各自明日までに反省点をあげてくるように!……なんてな!
連携良かったぜ!相当訓練したんだな!扱える武器の種類も増えてたし!すげぇよ!」
リンクスが嬉しそうな声をあげると、ぱっ!と男達の顔が明るくなった。
「やることなくて暇だったからな!」
「暇なわけないだろう!」
「もっと誉めてくれたっていいんだぜ!」
と男達は口々にリンクスにこれまでの日々を話し始める。
「まてまてまてまて。話なら後で聞くから!いっぺんに話すな~。」
リンクスと男達の会話を眺めていたが、ウッドはそっとその場を離れた。その場にいるのが、なんだか、少し、違うような気がして。