ギフト
ガサガサと背後から近付く気配は野生動物なんかじゃない。見なくたってわかる。
いや、見たところでそれがどんな生き物なのか、どうせわかりはしないだろう。
「ねぇ、ルウォ。逃げる?戦う?それとも……」
捕まってみる?
リンクスは、翔ぶ(とぶ)ように走る。緩い坂も急な坂もお構いなしだ。
「振り落とされんなよ!!!」
いやっほぅ~!!!!と、はしゃぐ彼は、とても楽しそうだ。
のびのびと四肢を広げ、力強く大地を蹴りあげる。
「あ。」
彼は、ぴたりと止まった。
慣性の法則で、ウッドは吹っ飛んだ。
「リンクスのバカ野郎~!!!!」
ゴロンゴロンと、回る世界。土の匂い。身体中の痛み。身体を必死で丸めるも、時折打ち付ける衝撃に息が詰まった。
またこれか……。どこまで続くのだろう……。
ゴール地点で受けるであろう衝撃に身体を固くしていると、世界の回転はあっさりと止まった。
プランと、外套を咥えられ、子猫よろしく吊るされている。
そのままシュタッシュタッと着地と跳躍を繰り返し、地面に下ろされた。
「ごめんな~。まさかあのまま吹っ飛んで行くなんて思わなくてさ……」
リンクスは、大きな耳をペショッと倒しウッドの傷を舐めた。
「俺、回復魔法とか使えないんだけどさ、気休めにはなるから。後でエイルに治してもらおうな。」
ザリザリとした舌が痛い……。
肉食獣の舌って肉をこそげるようになってるんじゃなかったか……?
腕が抉れてるんじゃないかと確認すると、先程まで滴っていた血が止まっている。
これ、立派な回復魔法じゃないか……?
「血が止まっただけで、回復はしてないから。気休めな。」
リンクスはついでとばかりに自分の肉球を舐め、毛繕いをしている。
「ほんとはさ、もっと早く気付ければ良かったんだけど……風向きと地形が良くないよな。」
彼の暗い声にウッドも気付く。
臭い。肉が腐ったようなにおいがする。
「見つけちまったからには、調査しなきゃなんだけどさ。来る?ウッドはここで待っててもいいよ。見慣れてなけりゃ相当キツイはずだ。」
「行くよ。ここで待つなんてできない。」
「後悔しても知らないからな。」
こっち。と、リンクスはのそのそ歩きだす。
崖下は、細長い溝のようになっていて、降りきったすぐ先には登り坂が待ち構えていた。
先程のウッドのように、坂道を転げ落ち、怪我をした身体では登ってこられないだろう。
リンクスの先導に従い進んでいくと、水の音がしてきた。チョロチョロと聞こえる音にウッドはここがどういう場所か理解した。
狩人の墓場だ。
森の中に存在する近付いてはいけないスポット。
緩い崖に囲まれたすり鉢状の空間には、チョロチョロと地下水が崖から染みだし水溜まりを作っていた。
うっかり坂を下ってしまった新米狩人や、崖を滑り落ちてしまった生き物が、水の音を頼りに最後の力を振り絞る。
これで助かる!川に出られさえすれば道がわかると、希望を胸に抱き心を砕かれる。
あぁ、やっぱり。
水溜の周りには、腐りかけの死体がいくつも転がっていた。
中には、食べられたかのような欠損のある死体もあった。
一体幾人が、この行き止まりを呪ったことだろう。
「ひでぇな。」
予想はしていたがこれほどまでとは……。
「なぁ、リンクス……ここって村が近いの?」
ウッドは死体が大きいものだけでなく、子どもと思われるものも混じっていることに違和感を感じた。
「いや……?ここらは、川の民の縄張りだからな。昔は村もあったみたいだが……今じゃ……」
リンクスもどうやら気付いたようだ。
そう、数が多すぎる。
山中にあるウッドの村でさえ、ここまでの人数が迷い込むことはない。
必ず継承されるはずだ。
子どもには口酸っぱく叩き込まれる。
「何かあったことは間違いないんだ。リンクス、せめて弔ってやれないかな?」
「弔うって言ったって……せいぜい埋めてやることしかできないぜ?」
「それでもいい。このまんまじゃあんまりだ。」
「わかった。ちょっと待ってな」
リンクスが穴を堀っている横で、ウッドは何気なく歌い始めた。
道具がない状況ではやれることが何もなかったのだ。
ただ、座り、ぼんやりしていると、口をついて出てきた鎮魂歌。ウッドの知らない曲だった。
「お前……それ……」
リンクスが穴を掘る足を止めビックリした顔でこちらを見る。
歌っているウッドの身体から、金色の光が溢れだし、死体の元へ広がった。
「「♪~♪~~♪~♪~~♪」」
どこからか、歌声が流れてきて重なった。
「「♪~♪~~♪~♪~~♪」」
「「♪~~♪♪~♪~~♪♪」」
歌声は1つ、また1つと広がっていき、空間全体を包み込んでいった。
金色の光の中、真っ黒な人形が浮かび上がる。
『助けて!!!嫌だ!!!怖いよ!!!』
子どもの悲鳴が
『やめて!この子のことだけは助けて!』
女性の泣き叫ぶ声が
『近寄らないで!!!嫌!!!触らないで!!!』
少女の慟哭が
『裏切ったのか!!!誰のお陰で商売ができてると思ってるんだ!!!』
男の怒声が響き渡る。
それらを優しく抱きしめ、導くような歌。
やがて黒い影は金色の光に包まれ消えていった。
「お前……魔法使えたのかよ……?」
リンクスが恐る恐る聞く。
「つ……使えない!マレス隊長にも魔力なしって言われて……」
「でも、今のは……」
リンクスが死体を見渡す。先程までの腐臭が嘘のように消えている。
死体は、薄い水の膜に覆われ、みるみるうちに溶けていく。やがてパシャっと水の膜は破れ、綺麗な白骨だけが残った。
「埋めてやろう」
リンクスは静かに言うと骨を拾い始めた。




