川の民
黒い人影達は、皆、口々に「会いたい」と口にする。
その中に1つだけ人の形をなさない黒い影があった。
形を成さない黒い影に触れると、他のものとは毛色の違う記憶が流れてきた。
『川の民だ。川の民の仕業だ。あいつら許さねぇ』
『おい、こいつ死んじまったよ!どうする?』
『あぁ?だからヤりすぎんなよっつったろう。だが、まぁ、そうさな。ここは川の近くだ。川の民の仕業にしちまえばいい。川に投げ込め。どうせ誰も疑わん』
『子どもを仕入れるなら川の近くにしろよ。化け者共の仕業になる。足がつきにくい。』
『また、川の民だ!殺せ!!あいつらを許すな!!!』
『妻を返せ!!!子どもを返せ!!!何が川の民だ!!!化け物め!!!』
『殺せ殺せ!!!奪え!!!ここじゃ何しても全て化け物の仕業になる!!笑いが止まんねぇな!』
『なんと……。お子さんが帰ってこない…。それはきっと化け物の仕業でしょう。私が探しだしてみせましょう。しかし……お話をお伺いするに……これは大変難しく危険な捜索になるでしょう。お子さんは生きていないかもしれない。それでも探しますか?』
『あいつらバカだぜ!あんな狂言でこんな金額ポンって出すんなんてよ。子どもはとっくに売り払われてるってのによ。金持ちは違げぇな』
『ごめんなさい。あなたとは結婚できないの。したくない。他に好きな人ができたから……だから……私は、川の民にさらわれたの……。辛いのは最初だけ。すぐに忘れるわ』
『あの人が……川の民にさらわれた……?嘘だ……嫌だ……信じない……でも……そうか……川の民の元にいるなら……僕も後を追うよ。まってて』
『嘘でしょ?私の後を追って飛び込んだの?バカな人……。ちょっと遊んであげただけでそこまで本気にしてしまうなんて……。気持ち悪い』
あぁ、そうか。消えるべきは……お前だったんだな。
全ての元凶は……お前。
黒い影がじわじわと形を成していく。
「セイレーン」
ウッドは頭にふわっと浮かんだ名前を口にした。
するとみるみるうちに醜い顔の人魚になった。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ」
醜い人魚の影は身の毛のよだつような声音で叫ぶ。いや、歌っているつもりなのだろうか。
ウッドは思わず耳をふさいだ。
人魚の歌声は大波をおこし、ウッドの入っている気泡を潰しにかかった。
まずい、これを割られたら息すらままならない。
まずは、アイツの喉を潰さなくては。
ウッドは腰に装着したククリ刀の鞘に手を伸ばした。中にはククリ刀本体と、小刀がいくつか収納されている。
弓は担いで来ていない。今手元にある武器は、ククリ刀とそれに、付随する小刀8振りだけ。
掌サイズの小刀に手をかける。それを手裏剣よろしくセイレーンへ向けて投げた。
しかし水圧であっさりと勢いは死に、小刀はブクブクと沈んでいく。
これではかなり接近しなければ攻撃を当てることすらできない。
何かないか。何か。水の中でも威力を保てる何かは……。
セイレーンと名付けた影は叫びにも似た歌声で水流を作り小石をウッドの気泡へ叩きつけた。
石の礫が気泡を抜けてウッドに降り注ぐ。
痛いなんてもんじゃない。額が割れて血で前が見えない。
オレにも歌が歌えたら……。歌……
「なぁ!歌って!!!いるんだろ!?」
ウッドは川の民に聞こえるように声を張り上げた。
「一緒に戦ってくれよ!アイツにできるんだ。お前達にだって歌で水を操るくらいできるんじゃないか!?」
「……。……。……。」
しばらく待ったが石の礫はふりやまない。
「歌って!!!」
「♪~……♪~~♪~♪♪~~♪」
戸惑うように、確かめるように、歌が聞こえてきた。
ふわっと気泡が持ち上がる感覚の後、石の礫がやんだ。
額から流れる血を拭い、視界が開けると、気泡の周りを厚い水の壁が覆っているのが見えた。
水の壁が、セイレーンの歌も、石の礫も吸収し、ウッドを守っていた。




