川の民
ウッドの入っている気泡を川の民は水流を作って押し流す。
深い川の底を流れる景色は暗く寒々としていた。
水草の生い茂る地点につくと、あれを祓えと指差される。
水草の根元には、真っ黒な人型がのたうちまわっていた。
その、真っ黒な生き物は歌う。転げ周りながらも、奏でる音色は心臓を握り潰されるような響きだった。
「祓えってどうしたらいいの?」
「知ラな井」
「子ドもハ祓ヱル」
ウッドは、どうしたものかと真っ黒な生き物に近付いてみた。
すると、ガシッとその生き物に捕まれる。
「うぇ!?あぁあ……」
捕まれた瞬間様々な記憶がウッドの中に流れ込んできた。
『私は、✕✕✕✕と結ばれたいだけなのに……それ以外は何も要らないわ』
『この世で共にいることができないなら、この世界に意味はない。あの世で一緒になろう』
『向こうで一緒になろうって言ったのに……どうして。』
『どうして……貴方/貴女は沈まない……?』
『会いたい……会いたい……貴方/貴女に会いたい』
『裏切った……よくも……騙したな……お前の隣に並ぶその男/女は誰だ』
『来ないなら、呼ぶしかあるまい』
『お前の声が羨ましい。お前の声が人を惹きつけ呼ぶものならば……。呼べ。私の想い人を』
「うヴぅうヴヴうぅ」
脳内に直接叩き込まれる膨大な記憶。
胸を裂くような裏切り。無念。
ウッドは、自分をつかむ腕を無茶苦茶に暴れて振りほどいた。
ハァハァハァハァ……。と、肩で呼吸をする。
「あ……あ……あ……。これが……わたし……?わたし……歌える……?」
息を整え、先ほどまでウッドをつかんでいた真っ黒な生き物へ目を向ける。
すると、そこには、美しい人魚が一人、自らの姿を眺め涙を流していた。
まだ、薄黒く汚れてはいるが、『真っ黒な人の形をした何か』ではなく、『薄汚れた人魚』だとわかる。
「なに……これ……?」
「♪~~♪~~♪♪♪~~♪」
「歌える……わたし……歌える……!!!」
「祓っタ。子ドもガ祓っタ」
「我モ祓ヱ」
「我モ祓ヱ」
「我モ祓ヱ」
わっと、ウッドに人魚達が殺到する。
繰り返し流し込まれる記憶記憶記憶。
『○○ちゃ~んどこにいったの~!!!』
『○○ちゃんがいないの!!旦那と川に遊びに行くって言ったきり帰ってこなくて』
『どうしてちゃんと見てなかったのよ!!!返して!!!○○ちゃんを返して!!!』
『○○ちゃ~ん!どこ~!?返事して~!!!』
『助けて。苦しい。息ができない。苦しい。どうして誰も助けてくれないの。どうして誰も来てくれないの?助けて。寒い。身体が重い。苦しい。痛い寒い。苦しい。助けて』
『ママが呼んでる……。ママも来てよ……。来て……。ここは暗くて……寒くて……寂しい……』
『俺がちゃんとしていなかったから、あの子は死んだんだ……俺が……あの子と妻を殺した……俺が……』
「嫌だ……寒い……痛い……苦しい……やめて……」
ウッドがどんなに暴れても川の民は引かなかった。
数が多すぎる。力でも敵わない。流れ込んでくる情報量の多さに頭が爆発しそうだ。
「♪~♪~~~♪♪~♪~~♪」
「?」
歌が聞こえ始めた。美しい歌が。その音色は全ての傷を癒すように優しく、強く、暖かい。
「♪~~♪~~~♪~~♪♪~♪」
「♪~♪~♪~~♪~~~♪♪~」
少しずつ歌声が増えていく。
注ぎ込まれる記憶や感情の情報量に吐きそうになりながらも、少しだけ、ほんの少しだけ余裕が生まれた。
「~♪~~♪~~~♪♪♪~~♪」
「♪♪♪~~♪~♪♪~♪~♪~」
「~~♪~♪~~♪♪♪~~♪♪」
「そう……だよな。苦しかったよな。……辛かったよな。」
ウッドの中に流れ込んできた子どもに語りかける。
「1人でこんな暗いところにいたら寂しいよな。なぁ、オレと遊ぼう?」
ウッドの中に流れ込んできた女性/男性に語りかける
「悔しいよな。騙されて。信じて飛び込んだのに。それでも、嫌いになれないのオレは素敵だと思う」
「♪~♪~~♪♪~~♪♪~~」
ただの情報だったものが、歌声の魔力で人になる。
この、黒い汚れは……人なのか……?
ふと、ウッドの頭を、前の村で見た儀式が過った。
エイルが、黒い光をカムペに変えたときみたいだ。
あの時エイルはどうしたんだっけ?
確か……黒い光をカムペに変えて、ルウォが……
殺してた……。
オレは、この黒い人達を殺さなくちゃならないのか……?
「ねぇ、聴かせて。あなた達の話を。教えて。オレはどうしたらいい?」




