川の民
その夜。天幕で寝ていると、誰かが呼んでいる声がした。
「ウッド~!どこだよ~!ウッド~!俺が悪かったって!なぁ、出てこいよ~!ここらは、危ねぇんだって!」
リンクス?リンクスが探してるのか?
いや、でも、リンクスは隣で寝てるはず……。
確認しようと、身体を起こした時、右手が自由なことに気が付いた。
リンクスのしっぽが巻き付いてない。
やっぱり探しに出たのか?
「ウッド~!!!ウッ!!!うあぉうぁ!?!?」
ドボン!と、水の音がした。
ガボガボバシャバシャともがくような音が続く。
リンクス!!!
ばっと天幕の外に出ると深い霧が立ち込めていた。
こんな霧の中を探し歩いたのか!?
水辺は霧がでたら動いちゃダメなのに!!!
ウッドは注意深く耳をすませ水の音を探した。
ジャバジャバと、絶え間なく一方向へ進む音がする。時折ぼちゃんと鈍く何かが水に落ちる音も。たぶん川だ。しかも、深い。
ウッドはロープを自らの腰に巻き、もう片方の端を天幕の支柱にしっかりとくくりつけると走り出した。
「なぁ、リンクス、オレ、まだお前に謝ってないんだ。」
バシャバシャと、水の中でもがく音を頼りに前に進む。
足元がひんやりとした土からだんだんとゴツゴツしてきた。裸足で出てきてしまったから石が刺さって痛い。
でも、そんなこと言ってられない。一秒でも早く助けないと!
足元の石の大きさが変わる。微かに湿り気を帯びた石。霧で前は見えないが、この石の感触なら川原までこれたはずだ。
「ウッド!ウッド!助けて!」
近くでリンクスの声がした。あぁ、これは……。
やられた。リンクスじゃない。
「ねぇ、川の民さん。リンクスはね、こういう時、助けてって言わないと思うんだ。」
ざぱっと、大きな濁流がウッドを呑み込んだ。
大きな波の音が近づいていたのには気付いていた。
それでも、リンクスの腕さえ掴めれば、誰かが気付いて引き上げてくれると思ったから川原まで降りてきたのに……。
濁流に飲まれた瞬間、死んだなと思った。
どこも……痛くない……?苦しく……ない……?
ウッドはうっすらと目を開ける。
「子ども……。子どもダ……。久々ノ子どもダ……。」
わらわらと人魚が周りを取り囲んでいた。
腰から上が人間の、絵に描いたような美しい人魚や、ボサボサの髪にくちばし、青い鱗に覆われた皮膚、手足には立派な水掻きのついた人型のものなど、様々な形のもの達が一様にウッドを見ていた。
「こヰつはダメだ。ネコ臭ヰ。ネコはだめダ。我らヲ喰らウ」
「臭ヰノは腕だけダ。切ってシマえばヰヰ」
「いヰや、アのネコの魔力を感じル。注ぎこまレたカ。全身ネコ臭いゾ。」
「小僧、我らヲ助けロ」
「助けロ。苦シい」
「勇者ハ我らヲ助けルと約束しタガ、こコ数十年約束ハ果たさレてヰなイ」
「我らヲ騙したカ」
人魚は口々にウッドに詰め寄る。
大きな気泡の中に入れられたウッドには逃げ場がなかった。
「なぁ、助けるってオレ、何をしたらいいの?」
「穢レヲ祓ヱ」
「オレ……エイルみたいに穢れを祓ったりなんてできないよ?」
「嘘ヲつクナ。子ども二しカデきヌ」
「オ前二しカできヌ」
「我らヲ救ヱ」
「約束ヲ果たセ」
「苦シヰ。歪ム。」
「我らハ唄うモノ。存在ガ歪ンデしまウ」
「我ラハ呼ブもの。怨ムもノにハなりタクなヰ。」
「なぁ、1つ聞かせて。」
「ナンだ」
「ここに、リンクスはいないんだよな?」
「イナヰ。」
「ネコは好かナイ。奴らハ我等ヲ喰らウものダ。」
「じゃあ、他の人は?」
「いナイ。人ノ子ハお前ダケ」
「そっか。よかった。じゃあさ、痛かったり死んじゃったりするようなことじゃなかったらやるよ。オレ」
「痛ヰカどうカハ我らニハわかラヌ」
「死ンだヤつハ見たコトがなヰ」
「終わったら、帰してくれる?」
「帰りタイのカ?」
「あノ黒猫ハ、オ前二痛ヰことヲしタ」
「オ前ハ、アの黒猫ヲ嫌がってヰた」
「ケンカシたラ、人ノ子ハ帰りたクなヰ言ウ」
「お前モ帰りタクなヰ」
「帰ラナイ」
「ケンカっていっても、あの時はちょっとカッとなっちゃっただけで……」
あれ?そういえば……どうしてオレ、あんなにリンクスにムカついたんだろう……。
「帰シテやル」
「え?ほんと?」
「アぁ。我等ハ盟約ヲ違ヱなイ」
「終わッタら帰シてヤる」
「「「『終わったら』ナ」」」




