次の村へ
「それは、成長促進剤では、ありませんか。」
「さすがメルキュールさんですね。ご名答です。」
「そちらの薬は、劇的な効果の代償として、いくつかの副作用が報告されていたと記憶しておりますが?」
「博打でしょうね。ですが、『今すぐに』出る副作用ではありませんし、王家も禁止している薬品ではありません。一部の地域では、今尚、常用されているでしょう?」
「その地域の、平均寿命、出生率、奇形児発生率を知らない貴方ではないかと。」
「これは手厳しい。」
ハハハハと笑うカパーの顔面に鈍い衝撃が走った。彼は衝撃に逆らわずそのまま流れるように床に転がった。
「友として忠告しますが、迷うくらいなら1人で背負いなさい。あの娘を巻き込むべきじゃない。」
カパーはそのまま、くったりと床に転がっていた。
「あの娘は薬の効果を知りません。ただ、奇跡を起こすだけです。」
「後に知ったら、どれだけ心を痛めるでしょうね。それがわからぬ貴方ではないでしょう?」
「一人でやれるなら、とうにやっているんですよ。ですが、今回の件は、彼女が自分で名誉を挽回しなくてはなりません。」
「『自分で』というのなら、貴方の行動は彼女の名誉を踏みにじるものでは?」
「では、どうすれば良かったのですか……?アレを見られてしまえば、村人の不満は彼女に向くでしょう。自分達を押し込めている不幸の原因を産み出しているのは彼女だと。現に外のカムペはもう、我々では対処しきれないほど膨れ上がっている。」
カパーはパタリと、仰向けになると、顔を両腕で覆った。
「もう、この国のシステムが破綻し始めているのですよ。」
「このまま、村を出ることもできるでしょう。何もここを担当している商人は我々だけではないのです。他の隊に預けることもできるのでは?」
「はっ。そんなことをしたら、彼らは彼ら自身の疑心暗鬼で、カムペを量産して滅ぶだけですよ。他の隊が来る頃には自らの悪意に食い殺されていることでしょう」
「………………。」
メルキュールは、それ以上何も言えなかった。
彼には何が見えているのだろう。全てを見透かすあの赤い瞳を持ち得ない自分には、友と同じ目線に立つことすらできない。
「メルキュールさん……。ワタクシの判断はエゴでしかないのでしょうか……?」
「ただのエゴであれば、貴方は私の部屋を彼女との対話の席に選ばなかったでしょう?」
止めてほしかったのでは?とは、口にできなかった。
止めた所で事態はどうにもならない。彼女は、選ばなくてはならなかったのだ。
村人がどのように滅ぶのかを。
「どうでしょうか。ワタクシは、誰かに判断を委ねたかっただけなのかもしれません。」
我ながら酷いですね。と、彼は笑った。
声が震えていたのは、笑っていたからだけではないだろう。
「貴方がどんなに彼女の目を隠してやっても、いずれ気付くときが来るでしょう。」
「いっそ、永遠に目をあけられぬよう、潰してしまいましょうか。」
「それができるような貴方であれば、私は友とは呼びませんよ。どのような結果になろうとも私は貴方の友であると誓いましょう。」
メルキュールは、力なく床に転がっている友の傍らに膝をついた。
それが今、彼にできる最大限の誠意であった。




