穢れを見る者
黄色い瞳の少年はルウォから聞いていた通りの子だった。
明るく元気で、何も知らない。きっと真っ白なキャンバスのような子なんだろう。
彼との時間は気が楽だった。
村の中をルウォに乗って移動すると、村人達が集まってきた。
この人達の発する言葉には、悪気なんて1ミリもない。
悪意は全て吸い出されてしまっているんだから。それでも、悪意を吸い出した後の残滓でさえ気持ち悪かった。
「皆さん、安心してください。私が畑を清めてみせます。どうか、ご安心を。」
(黙れ)
吐き気を抑えつつ黙って笑顔を振りまく。
ゆらゆらと立ち込める『もや』で周りが見えない。
うっかり触ってしまえば、聞こえる罵詈雑言。うるさい。気持ち悪い。穢れはお前達そのものじゃないか。
湧き上がる感情を見ないように畑への道を急ぐ。
畑の中に足を踏み入れると少しだけホッとした。
儀式の最中は、誰も私に近付かない。
祈り捧げていると、ルウォの怒り狂ったかのような嘶きと足音が聞こえた。
ルウォの元へ行き、『もや』に触れる。
『聖女様が大層な儀式とやらをしてくれてもこんなもんかい。いったいどれだけの意味があったんだか。役立たずめ』
『あの人、全然畑仕事をしないじゃないか。畑に来てものんびり座っているだけ。狡いさね』
『ふん、顔がちょっとばかし綺麗なだけじゃない。畑にしゃがむだけなら私にだってできるわ。みんな騙されちゃって。大袈裟なのよ』
『ここいらは、俺達が耕したんだ。ここで採れた作物は俺達のものさ。誰がくれてやるもんか。』
あぁ、ルウォが怒るわけだ。何も知らないくせに。やれるものならやってみろ。代われるものなら代わってくれ。
この人達は、自分の中の悪意さえ知らないのだ。感じる前に吸い出されている。
この地獄を知らない、お前達がうらやましいよ。
まだ形を成していない『もや』に名を与えると、『もや』は存在のあり方を変えた。
『もや』のままでは祓うことはできないが、生き物にしてしまえば殺すことができる。
カムペの名を得ることで形をなしたその『もや』をルウォが屠っていく。
大方強い感情を祓い終えると、悪意の種を潰していく作業に入った。ほんの小さな引っ掛かりや疑問くらいならユニコーンの涙で浄化できる。
ルウォの涙が、種を落とした本人の心に寄り添いほぐしていく。
鼻を啜る音が聞こえた。背中を押せただろうか。ルウォの声は届いただろうか。
「あなたの直感は間違っていないから、どうか自分を信じて。」
この後、この種がどうなるのかまでは知らない。どうか、悪意に成長しませんように。そう祈ることしか私にはできない。
畑の浄化が終わる頃には夜になっていた。
村人が聖女様!聖女様!と熱に浮かされるように声を上げている。
「やはり聖女様は素晴らしい!」
「聖獣様が聖女様を守護するお姿があまりに美しく……あぁ……私も守られてみたい!」
「聖獣様の涙の美しさときたら!!!聖女様の祈りと聖獣様の涙があれば畑はいくらでも甦るのですね!!!」
「ずっとこの村にいてください!!!聖女様!!!」
称賛の声が上がれば上がるほど『もや』が濃くなる。勝手なものだ。
少女は『聖女』として、ありがとうと村人に笑顔を向けた。
すると、ルウォがピクッと角を動かし少女を背に乗せた。
蹄で地面を蹴りつけブルルルルと低く鳴いている。
「ルウォ?どうしたの?」
ルウォが何かを威嚇している。敵が近くにいるのは間違いない。だけど、ここは村の中。ここまで威嚇するようなものがあるだろうか?
ルウォは地面の1点を見つめてブルルルルと低く鳴くばかりだ。
ルウォの視線の先を見るも、夜のとばりと、村人から出る『もや』で良く見えない。
ほどなくしてルウォの見つめていた地面の土がボコボコと盛り上がっていく。
まずい!と、少女は叫んだ。
「魔物が来ます!!!離れて!!!」
わっと蜘蛛の子を散らすように村人が走り出すと、それに続くようにカムペが穴からぞろぞろと顔を出した。
「数が多い……!!ルウォやれますか?」
ルウォは、先程の浄化で相当消耗しているだろうに、『任せて!』と言わんばかりの戦闘態勢だ。
こんなにもたくさんのカムペが形を成すまで気付かなかったなんて……。
この量では、全て倒しきっても穢れを内に留めておける自信がない。
きっと、受け止めきれずに暴発させてしまうだろう。
黄色い瞳の少年に護衛部隊を呼んで貰うよう頼むと少女は真っ白な親友と共に駆けていった。
穢れが見えない彼等なら、悪意を受け取らずに切り刻む事ができるから。いっそのこと私のことも切り刻んでくれないだろうか。




