穢れを見る者
「初めまして。ワタクシはラッセル・カパーと申します。ワタクシの隊へようこそ!歓迎しますよ。」
生まれて初めて私と同じ目を持つ人間に会った。彼には穢れが見えているらしい。ねぇ、貴方にはこの世界がどう見えているの?
私には、もう、わからない。
初めは護衛部隊に配属された。魔物の判別ができる魔獣使い(ビースター)だ。護衛部隊としては喉から手が出る程欲しかっただろう。
みんなの期待に応えなくては。彼等の望む私でいなくては、ここにはいられないのだから……。
精一杯の努力は更なる期待を生んだ。これだけ努力してもまだ足りないのか。どこまで頑張れば彼らは満足してくれる?
魔物をルウォが、踏みつける度聞こえる罵詈雑言。言霊が魔物に降り注ぐ度、胸を蝕む怨みつらみ嫉妬。
魔物を倒す度、私の中に入ってくる感情が、記憶が、私を私ではなくさせる。
彼等の望む私を演じきるには、私では役者不足だった。
魔物を消し去る能力なんか、持ってない。私が魔物を成している感情を、記憶を、引き受けているだけ。
私と繋がっているルウォは、率先して肩代わりしてくれていた。
わからない。わからない。わからない。
この感情は誰のもの?
この記憶は誰のもの?
私の記憶はどこまでが本当でどこからが……
「大丈夫ですよ。落ち着いて。考えてみましょう。どんな気持ちなのか。どうしたいのか。すぐに分からなくてもいいんです。困ったときは一緒に考えましょう。考え続けることが大事なのですから。」
私よりも、もっとずっと、いろんな事が見えてしまう彼は穏やかに笑った。
貴方からだって、黒いもやは出続けてるのよ?
「我々は、見える分、聞こえる分、『考える』ことができます。でも、他の方々は、関知することすら出来ないのです。」
私は、知りたくなかった。知らずに、のほほんとアホみたいに笑っていたかった。
「それでは、永遠に感情が欠けたままですよ。自分が何に不満を感じ、どうすれば解消できるのか考えられるということは、成長に繋がります。」
成長なんか、しなくていい。もう、辛いの……ヤダ……。
「そうですか。では、いっそのこと、護衛部隊なんてやめてしまいましょう。」
え?護衛部隊をやめる?
「戦う事で辛い思いをするのならやめてしまえばいいんです。何も貴女が世界の全てを受けとめる必要はないのですから」
でも、そんなことしたら、ここには……
「貴女ができることは、戦う事だけではないでしょう?」
私には……何も……
「本当にそうでしょうか?では、試してみましょう!何でもやってみたらいいんですよ。何からやってみましょうか?そうですね……例えば……戦いとは逆の……癒しの力を磨くというのはどうですか?」
彼は事も無げにいってのけた。
ニヤリと笑ったその口は、いいことを思い付いたとでも言いたげだ。
脅しの色は微塵も見えない。冗談でもないようだ。
しかし、まさか、本当にやるなんて、誰が思うだろうか。
部署移動後の最初の仕事は、誰かが拾ってきたちっちゃい黒猫の遊び相手だった。
「こんにちは。武者修行にきたよ」
懐かしいその単語に思わずドクターとの昔ばなしから引き戻される。声のした方を見と、私よりも小さい男の子がいた。
あぁ、この子がルウォの言っていた子なんだろう。本当にこんな子がいるなんて……。
茶色いふわふわのくせっ毛がゆらゆらと揺れる。黄色を基調とした衣装は半分ほど外套に隠れてしまっていたが、それでも彼の明るさを十分に引き出していた。
まぶしいなぁ……。こんなにも真っ直ぐな人間は他に知らない。
あ、いや、1匹だけおんなじような黒猫は知ってるか。
黄色い瞳の少年からは、黒いもやが立ち上っていなかった。




