穢れを見る者
繰り返し見る夢がある。
それは、私ではない誰かの記憶。
「ほら、見ろよ!■■■■。みんな笑顔になった!もう、誰もお前を殴らない!誰もお前を謗らない!誰もお前を笑わない!最高だろ?」
夢の中で、名も知らぬ彼は、いつも頬を上気させ早口で熱く語りかけてくる。
私じゃない私はそんな彼の胸倉をつかみあげて「なんてことをしてくれたんだ」と怒鳴っていた。
こんなこと、望んでない。頼んでない。これではまるで……「 」じゃないか。
目が覚めると、真っ白い天井が見えた。自分の物ではないベッドと誰かの寝言やいびきの聞こえるこの状況。
起き上がって、周りを見渡すと、たくさん並んだベッドとカプセル、少し先には壁のように並べられた棚があった。
あぁ、やっぱり、また、みんなに迷惑をかけちゃったんだ。
ベッドからそろりと抜け出して出口へと向かう。
ルウォは今、どうしているのだろう。また彼が辛い目にあっていないといいな。
「どちらへ?」
外に出ようと出口にかかっている布に手をかけると、ふいに後ろから声をかけられた。
「ルウォの様子を見に……。昨夜、無理させてしまったので……。」
うつむきがちに答える少女に、当直医は「今でるのは、あまりオススメしません」と伝えた。
「ありがとうございます。ですが、心配には及びません。慣れて……いますから。」
少女は深く頭を下げると、救護班の天幕を後にした。
青く染められた天幕を目指して歩く。
途中、普段は礼拝堂内では見かけない、村人の姿がちらほら見えた。
「隊長さんに伝えておくれよ。わたしゃ、見たんだよ。聖獣様と聖女様の身体から、あのモンスターが出てくるのを!」
「ちげぇねぇ!俺も見たんだ!きっとあれは聖獣なんかじゃねぇんだ!聖獣に化けてるモンスターなんだよ!騙されてたにちげぇねぇ!」
「おらぁ、なんだ、隊長さんの顔がな、あのモンスターみたいになってるのをみたんだよ。」
「んだんだ、おらも見た。なぁ、あんたんとこの隊長さんは、人間なんだよな?あの人、いっつも顔隠してるだろ?実は化け物でした~ってことはないんだよな?」
あちこちで隊のみんなに村人が詰め寄っている。ひそひそと声を潜める村人の身体からほんのりと黒いもやが立ち上っているのが見えた。
彼らの身体から立ち上った『もや』は、ゆらゆらとどこかへ飛んでいく。
ゆらゆらと空気中に漂う『もや』は、やがて、他の『もや』とぶつかると、1つになり、大きな『もや』となり、ゆらゆらと壁をすり抜け外へ出ていった。
あぁ、これらがやがて、成長して、カムペとなって、この村に帰ってくるんだ。
どれだけカムペを倒しても、結局、私たちがカムペの素を生み出しているんだからキリがない……。
青天幕につくと、ルウォの入っている箱庭は簡単に見つかった。
私には、この箱だけ薄汚れて見えた。
ごめんね、ルウォ。穢れを引き受けてくれていたんだね。
ルウォを箱庭から出し、掌に乗せた。触れた所から穢れが内側に流れ込んできた。
『商隊の奴らは毎回こんな豪勢なもん喰ってんのかよ?俺達にはろくなもん寄越さない癖によ。』
『聖女様なんて言われていい気になっちゃってムカつく。畑に座り込むだけでちやほやされちゃっていい御身分よね。役立たずの癖に』
『アタシらを救いたいってんなら、荷車全部おいてけってんだ。』
『おい、聖女様っつうのは穢れを知らねぇ乙女なんだよな?大人の男ってやつをおいら達が教えてやるべきなんじゃねぇの?』
『あいつら、勇者様からただで仕入れたもん俺達に売ってんだよな?だったらちょっとくらい盗ったってバチは当たらねぇよな?もともと、これは、俺達にって勇者様が用意したもんなんだからよ。』
穢れはカムペを形成している悪意の記憶そのものだ。
穢れに触れるとその記憶が流れ込んでくる。感情が支配され、自らのものでない怒りや悲しみ、執念や害意がまるで自らの感情のように彼女を充たした。
今、私が持っているこの怒りは、本当に私の怒りなんだろうか?
何故今私は泣いているんだろう?
この記憶は誰のもの?
私は……誰?
そして、いつしか、自分の感情がわからなくなった。




