祭りの役割
5部1話のマイルールで更新しているのですが……申し訳ありません……ここ、めちゃくちゃ長いです。
説明回なのと……余計な小ネタを入れたら……約1話分位になっちゃいました……。
次回は少女目線です。(予定)
戦闘が終わった頃には夜もすっかり更けていた。
「隊長……こんなに……多いとは……聞いてませんよ……」
「彼女が引き受けた……穢れの他に……彼女の内からも……穢れが湧き出たのでしょう。詳しいことは聞いていませんが……状況から察するに……今回のカムペは彼女へ向けられた悪意でしょうから」
はぁはぁと肩で息をしながら皆座り込んでいる。もう、1歩も動けないといった様子だ。
「朝が来ます。引き上げますよ」
カパーはフードを深くかぶりながら皆に声をかけた。
カパーの号令で、皆、のろのろと立ち上がり木門へ向かう。
木門の前へ来ると、ギギギギギと待ち構えていたかの様に、門が開いた
「みんな~!お疲れ~!救護班には連絡入れてあるからな~。いつもの倍の人数出してくれるって~。はらへり共は積載長様のところへ行け~。今日の炊き出し確保してくれてるってよ~!」
真っ暗な門の上に一番星みたいな2対のトパーズ色が見えた。いつもの、のんきな声色に、ウッドは嬉しくなって両手をふった。
リンクスの声はブンブンと大きくふっている両手が見えそうな声色だ。よかった。リンクスはやっぱりリンクスなんだ。
「最初にどちらへ向かいますか?
ワタクシとしては、メルキュールさんの元で夕飯……この時間ですと夜食……でしょうか……にありつきたいのですが」
カパーの申し出にウッドは二つ返事で頷いた。ほんのついさっきまでは感じていなかった空腹が、カパーの言葉で急に襲ってきた。お腹の虫がきゅるるるる~と鳴き出す。
「聞くまでもなかったようですね。メルキュールさんの元へ急ぎましょうか」
カパーは穏やかに笑うと礼拝堂を目指して馬を走らせた。
お腹を満たし遂にこの時間がやってきてしまった。
全てを見透かす赤い目が、こちらに向いている。
「何故、私の天幕で行うのです?食事を手に入れたら速やかに立ち去るようにお伝えしたかと思うのですが?」
「今晩はみなさん、こちらの天幕へ顔を出すでしょう。ワタクシの居場所は明確な方が良いかと思いまして」
「100歩譲って……いえ、1000歩譲って、空腹と疲労のあまり耐えきれず、こちらで食事を摂るまでは良しとしましょう。ですが、それ以上は面倒見きれません。続きはご自身の天幕でお願いします。」
「ははははは。ご冗談を。メルキュールさん、貴方はワタクシの天幕をご存知でしょう?人を招けるような空間ではありませんよ」
「貴方……、まだ、あの、足の踏み場のない……いえ……」
「あれで、どこに何があるのかはちゃんとわかっているのですよ。ワタクシ記憶に関してはスペシャリストですので」
「貴方の天幕を乗せているサラマンダーに心底同情しますよ」
「ワタクシはメルキュールさんを心底尊敬していますよ」
メルキュールは、はぁ……とため息をつくと諦めたように天幕の奥へと引っ込んでいった。
書棚を中心にタンスや棚がきっちりと整頓されており相変わらず綺麗な部屋だった。
物は多い筈なのに不思議と狭さや散らかっているという印象は受けない。
彼らしかぬ大きめのクッションや、上質な絨毯の上に敷かれているふかふかのラグなんかは、ここに入り浸っている真っ黒な山猫の巣だろう。
以前来たときも、彼はここで勝手にくつろいでいた。
「座るのでしたらソファーへどうぞ。」
豊かな響きのある少し低い声がウッドを促す。思わず声のした方を仰ぎ見ると、奥の空間が中二階のようになっており、上から藤色のタレ目が優しくこちらを見ていた。
「それでは遠慮なく。」
カパーが答えると、貴方はいつも勝手にしているでしょう。等と言いつつ、飲み物はセルフサービスですからね。とストーブを差し示した。
そのまま、書類とにらめっこを始めてしまう。
「おや、お湯を沸かしてもいいそうですよ。彼も貴方には甘いのですね。メルキュールさんは、子ども好きですから」
「子どもが好きなわけではありませんよ。あまり勝手なことを吹き込まないでください」
「そうなのですか。では、そういうことにしておきましょうか」
カパーは、にやにやとストーブに向かった。勝手知ったる様子で近くの棚を漁るとカップといくつかの粉や茶葉を取り出した。
「どれがいいですか?甘いもの?苦いもの?酸っぱいものもありますね」
ウッドはう~ん、う~んと悩み、正直に白湯しか知らないことを伝えた。
「そうですか……。では、ワタクシが決めましょう」
数分後、カップを片手にカパーとウッドは向かい合って座っていた。
カップの中には赤みを帯びた暗い茶色のどろっとした液体が入っており、甘い匂いがした。これは、なんなんだろうか?
味見をしようとした時カパーから声をかけられた。
「では、始めますよ。カムペと出会うことになった経緯に集中してください。」
「……はい。」
ウッドは、甘い匂いに後ろ髪を引かれつつ、エイルと畑の浄化に行った時のことへ意識を集中させる。
「あ、目を開けてこちらを見てください。目が合わないと記憶は覗けないのです。一瞬でも瞳が見えればそれで大丈夫ですので。」
ぱちっと目を開きカパーの方を見る。
彼はフードを軽く後ろへ引き、赤い目と鼻をさらしていた。
口元は相変わらず見えない。
「やはり、村人の羨望が悪意となり、カムペへと変わったのですね。もうそろそろ、お祭りで誤魔化すのも限界ですか……。」
「ウッド、貴方は、初めてカムペと対峙した時のことを覚えていますか?」
「うん。覚えてる。」
あの時の恐怖を忘れられる筈がない。暗闇の中でも音を頼りに何処までも追ってくる執念深さや、理不尽に振り上げられる蠍のようなしっぽ。やつらの口からは毒の涎が滴り落ち、触れるもの全てを腐らせた。
「あの時、貴方は何を思っていましたか?」
「あの時……」
あの時の感情をウッドはまだ整理しきれてはいなかった。たしか……カパーさんは、あの感情を『れっとうかん』と呼んでいた。
「この世界には大きく分けて魔物が2種類存在します。1つは、ルウォや、隊の荷を運んでいるような、生粋の魔物。彼らはこの世に古くから存在し、ありかたが変わることはありません」
ウッドは手に持っていたカップに口を付ける。かなり熱い。ふーふーと冷ましていると黒い影がにゅっと現れた。
「いいもん飲んでんじゃ~ん!ひとくちちょ~だい」
そういって、ウッドの手からカップをもぎとるとどこかへ行ってしまった。
あの人、ひとくちって、何だか知ってるんだろうか?
「2つ目は、人々の悪意が結晶となり生まれる魔物。聞いたことがありませんか?『いい子にしてないと魔王が来るぞ~』という言葉を。まぁ、近頃では悪意を持っている人の方が少ないですからね。あまり使われることもないでしょうか?」
「悪意……?」
「あまり良くない感情……とでもいいましょうか。人々がこれらを持つとその感情は魔物に変わります。みなさんがモンスターと、呼ぶものですね。そして彼らは魔物同士で喰い合い、蠱毒よろしく、より悪意が濃くなったものが上位として君臨します。その最上級が魔王なのですよ。」
「モンスターが、悪いやつで、魔物は味方?」
「いいえ。単純に言ってしまえば、魔物は、魔力を持った生き物の総称であり、モンスターは蔑称です。
そもそも、モンスターも魔物も一見して見分けがつかない物がほとんどですから。
ワタクシのように記憶を覗くことができれば見分けらますが、そうでない方々は、恐らく、主観でのみの区別でしょう。故に簡単にひっくり返るのですよ……」
カパーさんは、目を伏せ、少し言葉を選んでいるようだった。
「いてっ!ちゃんと、ひとくちくれって断ってきたって~。え~!作り直すのかよ~」
カパーさんの声が途切れたからか、遠くでリンクスがなんか言っているのが聞こえる。
十中八九メルキュールさんに叱られているのだろう。あのやろ、どんだけ飲んだんだ……。
「ここは、もともと遊牧の民の地でした。ですから、我々行商人のように自由に国を行き来できる者への羨望が集まりやすいのです。そして、羨望は悪意に変わりやすい。我々も決して自由というわけではないんですけれどね……」
ここで1度言葉を切り、カパーはカップに口をつけた。
いいなぁ。せめて中身が何だったのか知りたい。
「もともと、自由の民を狭い檻の中に閉じ込めるのにはムリがあったのです。
日々募る不安や苛立ちから悪意が生まれ、やがてカムペへと形を成していく。
それがこの村の循環です。」
「ぐぇっ!だから……これ、飲んだら、やるから!!!踏むなって!!!いってぇ!!!しっぽ踏んでんだって!!!」
しっぽ!?あいつ、獣型になってんのか!?ちょっと見たい……。
「ですが、カムペとなり悪意が抜けることで、人々は皆、善性だけがのこり、平和が生まれます。これが、この国の仕組みです。」
「なる……ほど……?」
リンクスのせいで微塵も集中できなかった……。わかったような……?わからなかったような……?
「我々が来る度に、カムペを大量発生させては、かないません。ですから、滞在中祭りを執り行うことで、人々の気を逸らしていたのです。」
「それだけではありませんよ。村人は外に出られない以上食料の調達が叶いません。ですから普段は節制をせざるをえず、あまり豪勢な食事はできません。」
獣型のリンクスの頭を小脇に抱えてズルズルと引きずりながらメルキュールが口を挟んだ。
「しかし、食料庫がその場にあれば話は別です。商隊がいる間は、祭りが執り行われる。祭りが執り行われている間は、豪華な食事が好きなだけ食べられる。と報酬を付けているのです。」
ウッドの前まで来るとパッとリンクスの頭を話した。べしょっとリンクスが落とされる。
「ぐえっ!!!ホットチョコ取ってごめんなさい……」
あれ、ホットチョコって言うんだ……。
「更に言えば、祭りとはもともと、感情を解放する場でもあります。
普段抑圧された感情や、ストレスを、その場で発散させる役割を持つのです。」
カパーがメルキュールの言葉を更に補足する。
「歌い、踊り、笑いあって解消されるのなら、これ以上のことはないでしょう?
非日常と高揚感がそれを可能とするのですよ。」
飲んでみたかったなぁ……。ホットチョコかぁ……。どんな味がするんだろう……。甘い……とは言ってたよなぁ……。
リンクスが持ってくってことは美味しいんだろうなぁ……。
「ですが、今回はここまでのようですね。最低限、畑の浄化はしましたし、明日、ここを発ちましょう」
「石くらいは投げられたりしてね~」
「リンクスから知らせを聞いて、こうなるのではないかとは、思っていましたが……急ですね。」
「苦労をかけますね。」
「いつものことでしょう。」
はぁ……。とため息をつきながらも、
メルキュールは優しく目を細めた。




