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無限の左手

作者: あげは紅

 よぉ! 俺は日本とニセコのハーフ 今川アラン。

現役の高校二年生だ。


 突然だけど、皆、”フェチ”って持っているかい?

そもそもフェチって言うのはフェチシズムの略語で、

特定の物に異常に執着する偏愛のこと。

で、俺が目覚めたフェチは……左利き!

左利きは、世界人口の10%にしか満たない珍しさにまず惹かれるし、

何と言っても右利きが過ごしやすいように創られているこの世界で

健気に左手を使って頑張る姿が可愛くて仕様がないのよ。

例えば、右利きの人と隣で座って腕が当たったときの

申し訳なさそうな顔、たまらんねぇ。

他にも、俺が左利き女子にちょっかいを出したときに受ける

あのサウスポービンタ、たまらんねぇ。

あと、俺が某国の機密情報を極秘に入手して、インターネット上に晒し……

おっと、無駄話に花が咲いちまった。


 ま、そんな俺だけど、今は京都・奈良方面へ修学旅行に来ている。

今日の予定は、計画では仏閣巡りだが、俺は違う。

関西で愛しい左利きを探しまくるぜ!


────────────────────────────────


 全然見つからない。関西の左利きは絶滅しちまったのか?

俺がジロジロ見ていると、皆がさっと腕を隠すことも関係しているだろうけど。

左利きを楽しみに旅行に来たというのに。

けっ、何が唐招提寺だ。すぐ出て行ってやらぁ。


 「私も左利きですよ」

誰だ。声の出所が分からない。

自ら名乗り出てくれるのは嬉しいが、姿を現してくれ。

「ほら、ここですよ。ここにいます」

え? 俺の周りに人はいないが。

強いて言うなら千手観音菩薩しかいないぞ。

ということは……!?


 俺の顎が急激に震え始めた。

仏像が話しかけてきたとは俄かに信じがたいが、

左利きフェチの本能は疼き続けている。

これは聞かざるを得ない。

「千手観音様は左利きなのですか?」

そう尋ねた瞬間、世を超越した声が脳に直接響いた。

「如何にも左利きです」

千手観音様ーーー!!!


 ハァハァ。動悸が止まらない。

あろうことか千手観音様が左利きだとは、予想だにしていなかった。

この方は単純に考えて左利きの人間500人分。

フェチを悩殺するには充分過ぎる。

「其方は左利きにかなりの愛を注いでいるようですね。

 丁度良かった。私がその愛がどれほどのものか試して差し上げましょう」

光栄です。どんな試練でも喜んでお受け致します、フェチ代表として。

「是非お願いします!」

「よろしい。では、一つ問います。

 私の500本の左手の中で其方が最も好む左手はどれですか?」

難題にも程がある。500本から正解の1本を選べと。

「焦る必要はありません。

 答えは三日後の同じ時刻に聞かせてもらいましょう。

 もしも『全部』などという趣の無い答えであれば、

 そのときは命が無いと思いなさい」

とんだ大事になった。

本腰を入れて今一度左利きと向き合わなきゃだな。

何しろ命が懸かっている。

油断は許されない。


────────────────────────────────


 俺は三日三晩、時間という時間を

千手観音の勉強・左利きの観察・ダルマ落としの練習に費やした。

仏像の専門家や坊さんに色々聞き込みもしたけど、

彼らは”左利き”に関しては俺より遥かに素人だ。

結局頼れるのは自分しかいないと分かったよ。


 そして、今日が試練当日。

運良く個人研修の日だったから、どうにかここに来られた。

「千手観音様、言われた通りの時刻に参りました」

「答えを導き出せたのですね。早速聞かせてもらいましょう」

俺は心に決めた答えを声に出した。


「全部です」


「はい?」

千手観音様が戸惑っているが、このまま押し切るぞ。

「今のは聞かなかったことに致しましょう。

 さぁ、ふざけていないで本当の答えを言いなさい」


「全部です」


「もう一度だけ聞きま……」


「全部です」


 つい先ほどまで、安寧の象徴だった千手観音様の顔が、

一変して鬼の形相となった。

「どうやら命が惜しくないようですねぇ」

千手が俺の喉元めがけて動き出したのと同時に、俺は切り出す。

「聴いてください。三味線ヤンキーズで『ロンドン弁当』。

 ……じゃなくて、聞いてください。

 『全部です』は500本の左腕のことだけではありません。

 千手観音様の神格も加味しての”全部”なのです。

 俺が左利きに魅せられるのは、単に左手どうこうの話ではなく、

 その人の人間性を含めての話です。

 問いとは答えが少し噛み合いませんが、どうかお許しください」

これが今の俺が出せる精一杯の答えだ。どうなる。


────────────────────────────────


 話を一通り聞くと、千手観音様の表情は、

以前と同じくとても穏やかなものになっていく。

俺は正解したのか……?

「まさか人間に諭されるとは。其方は達観した少年です。

 左利きへの愛は本物と見えました。

 褒美に、其方の嗜好を一段階強いものにして差し上げましょう」

ありがたき幸せ。

よし、これでさらに左利きフェチが深まっていく。

最高だぜ!

「目を瞑りなさい」

ようやく真の左利きフェチになれるのか。

千手観音様の気合いの一声と共に、俺の全身に稲妻が走った。


 痺れが粗方落ち着いた頃に目を開けると、そこは飛行機の中。

機内は高校生で溢れ返っている。

いつの間にか帰路に着こうとしていたのか。

ん? おかしい。

左利きのクラスメイトを見ても、全く気持ちが高ぶらない。

おいおい、千手観音様。渡す褒美を間違えていますよ。

一応、道中で買った千手観音キーホルダーを見てみる。

え? これにはちゃんと興奮している。

心拍や鼻息は荒くなる一方だ。

一体全体どういうことなんだ?

あ! もしかして俺……


千手フェチになっちゃったー!?



【完結】

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