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天国を追放された天使が冒険者になるまで

作者: 青水

 天国。

 そこは、神や天使が住まう天上の世界。

 天国は地上の世界と比べると規模が小さく、住んでいる人々の数もずっと少ない。しかし、一人一人の能力は一般的な冒険者では歯が立たないくらいに高い。

 趣のある建物の数々は、どれも荘厳で汚れなく綺麗で、天国のイメージを損なわないような明るい色調だ。


 さて、そんな天国の中央には、周囲と比べて一際高い塔が屹立していた。宝石のように輝く白い石を複雑に積み上げて作られた塔。

 その最上階に一人の天使が呼び出されていた。


 彼の名はロエル。

 背中には大きな白い双翼。頭の上にはふわふわと浮いた白い輪。異常なまでの艶がある黄金の髪。美男美女ばかりの天使の中でも際立つ端正な顔。

 しかし、そんな顔に宿った表情は、やる気の欠片もないだらしないものだった。


 呼び出されたからこんな表情をしている――というわけではない。普段からロエルは怠惰で、だからこそこうして呼び出されたのだ。

 呼び出した本人、神を統べる神――絶対神は、意外なことに怒ってはいなかった。もはや、怒りを通り越して、呆れ果てていたのである。


「ロエル。どうして貴様が呼び出されたのか、わかるか?」

「いや、さっぱり」


 上司相手だというのに、敬意の欠片も感じられない口調だ。

 二人の関係性は、とある世界でいうところの『平社員と社長』あるいは『平民と国王』といったところだ。

 下手すればクビ。文字通り殺処分されかねない。


 もちろん、無法地帯――だと天国の住人は思っている――地獄とは違って、天国はきちんと規則・法律が定められている。

 ホワイトな職場なのだ。

 だが、いくらホワイトといっても限度がある。ろくに働かず、怠惰を満喫しているような愚か者は罰せられる。

 働かざる者食うべからず。


「貴様は毎日毎日毎日毎日働きもせず、ぐうたらしやがって。いくら能力があろうと、使わなければ何の意味もないのだ。わかるか?」

「いやあ、能力があるだなんて照れちゃうな」

「話の焦点はそこじゃないっ!」

「あれ? 俺のことを褒めちぎるために呼び出したんじゃ――」

「そんなわけあるかっ!」


 絶対神ゼフィウスは思いっきり怒鳴った。

 この軽薄な天使には怒鳴ったって何の意味もないのはわかっていたが、怒鳴らずにはいられなかったのだ。

 案の定、ロエルは気にも留めない。はははは、と朗らかに笑いながら、


「冗談ですよ。いくら俺でもどうして呼び出されたかくらい想像つきますよ」

「言ってみろ」

「ちゃんと働けってことですよね?」

「違う」

「え」


 あっさりと否定されたので、ロエルは少し驚いた。


「えーと、それじゃあ……」


 悪い予感。

 冷や汗が一筋、頬を伝う。


(まさか……いや、それはさすがに――)


 ないだろう、と否定しかけたが――。


「つい先ほど、神々による議会で、怠惰をむさぼり続ける貴様に対する処分が決定された」

「あー、嫌だ嫌だ。聞きたくない」


 耳をふさぐロエルを無視して、ゼフィウスは続ける。


「ロエル、貴様を天国から追放する」


 これにはさすがのロエルも顔を青くする。


「嘘……でしょ?」

「本当だ」

「どうしてだよ? 俺は今まで何十年も何百年も必死に働いてきたというのに。ああ、神よ。こんな仕打ちはあんまりだ」


 芝居がかった口調で喋るロエルに、呆れた顔をする絶対神。


「よくもまあ、そんな適当なことを言えるな。貴様がいつ必死に働いた? 私たちが何度叱っても貴様は改心しなかったではないか」

「今度こそ改心いたします」


 ロエルはコンマ一秒で土下座をした。

 土下座はとある世界のとある国の文化で、これを行えばありとあらゆる所業が許されると聞いたことがある。

 ふふん、と顔を床に押し付けながら、ロエルは薄く微笑む。


(これでゼフィウス爺さんも許してくれるだろ)


 しかし、甘かった。


「改心の機会はもうない。これは決定事項なのだ」


 土下座が駄目だとわかると、ロエルはすぐに立ち上がった。

 ちぇっ、とすねたように舌打ちをする。


「今までは許してくれたのに……」

「正直、私は今回も貴様のことを許そうとした」


 だがな、とゼフィウスは続ける。


「ほかの神々がかなり怒っていてな。私としてもかばいきれなかったのだ」

「いや、そこはもっと頑張ってくださいよ」

「無理だ」


 ゼフィウス即座に言った。


「まあ、いい機会だ。地上に行って徳の一つでも積んで来い」

「そしたら、ここに帰ってこれますか?」

「……多分、な」

「多分って……」


 曖昧な言い方にがっかりした。

 ロエルは地上に行ったことが一度もないので、そこがどういうところなのかよくわからない。しかし、人間という存在の罪深さを見ていると、ろくなところではないのだろう、となんとなく察することができた。


(天国にやってきた人間ですらあの様だからなあ……)


 期待はしないほうがいいだろう。


「人間たちは貴様同様に度し難く愚かだが、愛すべき生き物だ。貴様と似たような精神性の人間もごまんといるだろうから、案外天国よりも楽しめるかもしれんぞ」

「……」


 ロエルは閉口した。

 彼も天使としての誇りが――多少ではあるが――ある(だがしかし、仕事はしない)。なので、人間とまったく同等に扱われ、貶されるのは愉快ではなかった。


「というわけで、今すぐ出ていけ」

「やだやだやだやだあああああ――っ!」


 駄々っ子のようにジタバタと暴れるロエルだったが――。

 パチン、とゼフィウスが指を鳴らす。

 すると、どこからともなく白甲冑の騎士が四人ほど現れ、ロエルの四肢をそれぞれ拘束して部屋から連れ出した。


 四人の騎士はフルフェイスのヘルメットを被っていたので、どんな顔をしているのかはわからなかった。

 ただその怪力や、生命力の欠片もないロボット的な動きからして、多分彼らはゼフィウスが魔法で作り出したのだろう。

 彼らは一言も喋らず、黙々とロエルを運んだ。

 たどり着いたのは、地上へと繋がる巨大な穴の前。ぱっくりと避けた穴の奥には、混沌とした靄のようなものが広がっている。


「は、離せっ!」


 諦めの悪いロエルがもがいていると、ヘルメットからノイズが走った。


「そうそう。天使の能力は、多少の制限はかけるもののある程度は使えるから、安心して楽しんでこい」


 そう告げると、四人の騎士が穴に向かってロエルを投げ入れた。


「元気でな、ロエル」

「覚えてろよおおおおおおおおおお――っ!」


 ◇


「よお、嬢ちゃん。俺たちと遊ばない?」


 話しかけられたので振り返ると、粗暴な男が三人立っていた。

 見覚えがあった。冒険者ギルドで冒険者登録をしていたときに、クレアのことを熱情的な、嫌らしい性的な目で見つめていた変態冒険者たちだ。


 この場合の『遊ばない?』は、食事やデートではなく、もっと直接的な誘いだ。さらに言えば、この誘いに拒否権はない。拒否するのなら無理矢理にでもするのだろう。

 クレアは心の内で舌打ちをした。


(つけられていましたか……)


 そのことにまるで気づかなかった自分に腹が立つ。それと同時に、この状況からどうやって逃げ切ろうか、頭をフル回転させて考えていた。

 名案は思いつかない。


(助けは……呼べそうにありませんね)


 クレアが今いるのは、人気のない道だった。

 助けを呼んでも誰にも届かないだろうし、もし仮に声が届いたとしても、親切な人が助けにやってくる可能性はとても低い。

 相手もそれを見越して話しかけてきたのだ。


「頼れるのは自分のみ」


 そう呟くと、クレアは剣を引き抜き構えた。

 ただの剣ではない。魔力を注ぐことで効力を発揮する武器――『魔装』。

 冒険者なら大抵は魔装を持っている。クレアの魔装は決して安物ではないものの、一級品というほどでもない。

 クレアは魔装に魔力を注ぎ込んだ。魔力を帯びたことで、刀身が淡く輝く。

 その様子を見て男たちは――。


「え、なに? 俺たちと戦うっていうの?」

「やめたほうがいいぜ。綺麗なお顔に傷がついちまう」

「新米冒険者のお嬢ちゃんに俺たちが倒せるかなー?」


 ぎゃははは、と声を出しておかしそうに笑った。

 確かに、冒険者に成り立てで、剣もろくに握ったことのないクレア一人では、そこそこの冒険者三人には勝てないだろう。


(それでも、私は諦めないっ!)


「やあああああ――っ!」


 剣を大上段に構えながら駆けると、男たちに向かって剣を振り下ろした。大振りすぎる隙だらけの一撃は――。


「おお~。怖い怖~い」


 いともたやすく避けられた。

 バランスを崩したクレアのみぞおちに、男の回し蹴りが叩き込まれる。


「ぐはっ……」


 クレアは地面を転がった。

 呻きながらも、手放してしまった剣を手に取ろうとする。

 男たちは嗜虐的な笑みを浮かべながら、クレアの剣を足で弾き飛ばすと、もう一度――今度はクレアの顔を蹴った。

 クレアは仰向けに倒れた。


「おい、誰からにする?」

「まずは俺だっ!」

「いいや、俺だ」


 これから自分がどうなるかを考えてしまい、クレアはパニックに陥った。


(辱めを受けるくらいなら……死んでやる!)


 クレアが舌を噛み切って死のうとし、男たちがクレアに襲い掛かろうとズボンを下げようとした。

 そのとき――。


「うわあああああああ――っ!」


 空から青年が降ってきた。

 青年は暴漢をクッション代わりにして着地した。クッションとなった恰幅のいい男は、地面に頭をめり込ませて気絶した。


「だ、誰だてめえ!?」


 さすがに空から人が降ってくるとは思わなかったのだろう。二人とも困惑しつつ、同時にお愉しみを邪魔された怒りもにじませながら尋ねた。


「いや、それはこっちの質問よ。君たち誰?」


 そう尋ね返したものの、


「あー……いや、君たちが誰かなんてどうでもいいな、うん。それよりも地上のことをいろいろ教えてよ。俺、こっちのことあんまり知らないんだよね」

「ふざけてんのか、てめえ!?」


 男の物言いに、青年は不愉快そうに顔を歪ませる。


「ふざけてるのはそっちのほうでしょ。何、その間抜け面。なめてんの?」

「なんだと?」

「おい。ぶっ殺しちまおうぜ、こいつ」


 言い争う三人。

 クレアは突然目の前に現れた救世主に感動していた。


(綺麗な人……)


 まるで神か天使のように美しい男だった。年齢は自分より二つ三つ上といったところだろうか。線の細い体つきだったが、底知れぬ強さを感じさせる。


「助けてくださいっ!」


 クレアは青年に縋りついた。

 青年は顔を腫らし泣いているクレアと、汚らしい男二人を見比べ、


「ふふん。この俺、大天使ロエル様が助けてやろうじゃあないか」


 クレアの味方をすることにした。

 地上の知識を得るのに年齢性別は関係ないし、髭もじゃのおっさんよりもかわいい女の子のほうがいい。

 そして何より――。

 天使は弱者の味方なのだ。


「君たち。善良な少女を痛めつけて心が痛まないのかい?」

「痛まねえよ、ボケ。せっかくのお楽しみを邪魔すんじゃねえっ!」


 男が殴りかかってきた。

 隙だらけのようでいて、意外にも素早く無駄のないストレート。実はこの男、冒険者になる前は地下格闘場でファイターだったのだ。

 一撃で相手を昏倒させられる右ストレートを、ロエルはあくびを噛み殺しながら左手で受け止めた。


「なっ……。そんな馬鹿な!?」


 ありえない、と愕然とする男。慌てて拳を引こうとするが、びくともしない。

 ロエルの手のひらが万力のように、ゆっくりと締め上げていく。包み込まれた拳がみしみしと音を立てる。


「ぎゃあああああっ!」


 痛みから悲鳴を上げる。


「痛い痛い痛い。痛いよおぉ……」


 苦痛を与えることには慣れているものの、苦痛を与えられることには慣れていないのだろう――。


 ロエルは男の悲鳴が煩わしかったのか、


「うるさい」


 右手で男の顔にビンタした。

 衝撃で顎が外れ、地面を冗談みたいにごろごろと転がった。


「そこの君も、俺と戦うかい? まあ、俺は平和主義者の天使だから、暴力振るうのとかあんま好きじゃ――」

「すみませんでしたっ!」


 残った男は超速で土下座しながら、


「もう二度とこんなことしないんで、許してくださいっ!」

「うーん、どうしよっかなあ~? 土下座だけじゃなくて、他にも誠意ってやつを見せてほしいかなあー」

「せ、誠意?」


 顔を上げて尋ねる男に、ロエルはとぼけたような顔で言い放つ。


「ほら、俺って地上に来たばかりじゃん? 金一銭もないじゃん? だからさ、偉大なるロエル様に寄付をしてくれてもいいんじゃないかなあって思うんだけど。どう?」

「かしこまりました!」


 男は有り金を全部ロエルに渡した。


「あのっ、そのっ……」

「うん。もう君たちには用はないから、消えてくれて構わないよ」


 ロエルが追い払うような仕草をすると、男は気絶した仲間二人を引きずって、逃げるように去っていった。


 ◇


「大丈夫かい、君?」

「は、はい……」


 腫れた頬を労わるように押さえながら、少女は頷いた。

 年齢は一七か一八。髪や瞳や肌の色合いはロエルにかなり近い。人間にしてはなかなか綺麗な顔をしている。天使のような、という比喩が使えるくらいに。


(ま、天使の俺ほどじゃないけどねっ)


 佇まいに品があるので、もしかしたら貴族か王族のお嬢さんなのかもしれない。ただ、それにしては安っぽい恰好をしている。


「そうだ。怪我を治してあげよう」

「な、何を……」


 警戒している少女の頬に手を触れると、ロエルは魔法を発動させた。


「〈下位回復ヒール〉」


 暴漢に蹴られて腫れた頬を、柔らかな光が包み込む。光が消えたときには、少女の怪我は見事に治っていた。


「本来なら金を取るところなんだけど、特別にただにしといてあげよう。その代わりに、地上のことをいろいろと教えてくれないかい?」

「ええ、それは構わないのですが……」


 少女は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに表情を戻して頭を下げた。


「助けてくださり、ありがとうございました」

「うんうん。ちゃんと感謝するのは美徳だね。世の中には助けてもらうことが当たり前、って思ってる人間が多くて、ほんと困っちゃうよ」


 天国の愚痴を言うロエルだったが、少女は何のことを言っているのかわからず、困惑を隠せない様子。


「あのっ、私はクレアと言います。よろしければ、お名前を教えていただいても?」

「ああ、もちろんだとも」


 ロエルは自分の名を名乗りたかったので、うきうきで頷いた。


「俺の名前はロエル」

「ロエル、さん……」

「『さん』付けは、中途半端だからやめてほしいな。呼ぶなら呼び捨てか、『様』をつけるよーに」

「では、ロエルで」


 ロエル様、と敬意を込めて呼んでもらえると思ったので、呼び捨てで呼ばれ正直がっかりした。天使なのだから、人間には敬われたいのだ。


(様をつけるのは、一般的じゃないのかねえ?)


 強要するのはよろしくないが、できれば様をつけて呼ばれたい。

 ロエルはそれとなく様をつけて呼ぶように、クレアにアピールすることにした。


「ちなみに俺のおすすめはロエル様」

「ロエルは随分お強いようですが、やはり冒険者なんですか?」

「……」


(無視された)


 ロエルは悪魔のような罪深い存在ではないので、呼び捨てされることを天使の寛大なる心で受け入れることにした。


(そうだ。俺は優しい天使なんだから、呼び捨てにされるくらいどうってことないんだ。全然気にしてないし……)


 心の呟きが口から漏れていたようで、クレアが目を細めながら尋ねてくる。


「あの、どうかされました?」

「いやいや、何でもないよ。別に助けてあげた人間に呼び捨てにされたことなんてまったく気にしてないし。もっと俺のことを敬えとか、そんなこと全然思ってないし」

「はあ……」


 何を言っているんだこいつは、といった顔をするクレア。


「それでご職業は……」

「天使だ」

「は? 天使?」


 クレアは目をぱちくりとさせた。


「すみません。天使というのは何かの隠語なのでしょうか?」

「は? 隠語?」


 今度はロエルが目をぱちくりとさせた。


「いや、隠語とかじゃなくて、本当に天使なんだけど……」


 そう言ったところで、気づいた。


(あ、よく考えてみたら、天使って職業じゃないな)


 天使というのは、人間や悪魔やエルフのように種族の名前だ。


(だとすると、俺の職業って一体……)


 天国ではろくに働かず、のうのうと日々を過ごしていた。

 それでも、ごくまれには天使としての仕事をこなしていたので、一応はニートではなかった(実質的にはニートみたいなものだが)。

 だが、今はどうだ?

 さぼりが過ぎた結果、ゼフィウスから天国を追い出された。

 今のロエルには、天使が持っているはずの双翼も輪もない。天使としてのアイデンティティーもない。

 そして、職もない。


「……無職です」

「なるほど。ロエルの出身地では無職のことを天使というのですね。変わっていますね。でも、どうして天使と呼ぶのでしょう?」

「いや、違うんだよ。確かに今の俺は無職なんだけど、天使だというのは本当――」

「そうだっ!」


 ロエルの言い分をかき消すように――あるいは無視するように――、クレアはぽん、と手を叩いた。


「ロエルも冒険者になりましょう!」

「冒険者?」


 冒険者が何なのか、ロエルはいまいちよくわからない。

 死後、天国へとやってきた人の中に、冒険者と呼ばれる職業の人間もいたが、ガラがよくないやつが多かったことをロエルは覚えている。

 どうしてこんな人間が天国にやってこれたのか、不思議でたまらなかった。本来は地獄へ運ばれるはずだった奴らが、何らかの手違いがあって天国へと運ばれたに違いない。


 それと、気になることが一つ。

 ロエル『も』冒険者になりましょう。

 普通に考えれば、クレアが冒険者だから『あなたも私と同じ職業に就かない?』と提案してくれているように思える。

 だが――。


(まさか、『私と組みましょう』なーんて言うんじゃ――)


「実は私、冒険者になったばかりでして」


 クレアはおずおずと言い出した。言い出してしまった。


「私の実力ではまともなギルドには入れなくて……当分の間はソロでクエストをこなしていこうと思っていたんです」


 ですが、と目を輝かせて強く言う。


「ロエルがいれば百人力です。冒険者になって、私と一緒にガンガン稼ぎましょうっ!」


 クレアの大きな瞳は、獲物を見つけた狩人のそれとなっていた。

 厄介事の予感。 


「――というわけで、私と組みましょう!」


(面倒くさいことになったな……)


 たまには天使らしいことをしよう、なんて考えを持ってしまったのが間違いだった。ロエルはロエルらしくあるべきだったのだ。


「人に頼るのはよくないよ」

「そんなことは言ってられません」

「あ、そうだ。俺、友達と約束があったんだった」


 ロエルはあからさまな棒読みで、そんなことを言った。


「ロエルに友達なんていません」

「いるよっ!」


 なかなか失礼な女だ。


「じゃ、俺はこれで」


 さっと手を上げてお別れの挨拶をすると、ロエルはくるりと一八〇度回転し、脱兎のごとく駆けだそうとした。

 したのだが――できなかった。

 なぜなら――。


「待ってください!」


 後ろから抱きすくめられたからだ。

 柔らかな胸の感触。

 女性独特の香り。


「……」


 天使のくせに人間並みに俗物なロエルは、クレアを振り払って逃げ去ることができなかった。正直に言うと、クレアのルックスは彼のタイプだった。

 やれやれ、とため息をつくと、ロエルは振り返って言った。


「しょうがないな。ちょっとの間だけだよ?」

「はいっ! ありがとうございます!」


 そうして、ロエルは冒険者となり、クレアと共に歩んでいくこととなった。彼が天国に帰る日は、果たして訪れるのだろうか? 

 ロエルの冒険はまだまだ始まったばかりだ。


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