第9話 魔女の森の討伐クエスト
第九話 魔女の森の討伐クエスト
◇
テレビの画面を観ながらゲームを遊ぶ桜子は焦っていた。
目の前には巨大な魔物がいる。
剣を構える主人公の勇者。その傍らには地に伏せて動かない仲間の魔法使い。
主人公のHPも既に残り僅かで絶体絶命のピンチだ。
「これは……ちょっと、酷しいかも……」
桜子はどうしてこんな事になったのか考えていた。予期せぬ出来事だったけど、一体どこで選択肢を間違えたのか……
◇
プォーーン♪
効果音と共に颯爽と現れる勇者ピヨヒコと仲間のアルマ。
ここはギルド区にある噴水広場の近くにあるワープポットの前だ。
ククリコの店で回復ポーションなどを仕入れた後、アルマに教えてもらったファストトラベルをさっそく活用してみた。理屈は分からないけど普通に歩くと大変なので各所のワープポットに即座に移動出来るのはすごく助かる。
「やっぱり便利だな、このファストトラベルってヤツは」
「でもお城とか建物の中からだと飛べませんから、一度外に出る必要はありますけどね、それに町の外からも使えませんし」
「それってどんな仕組みなの?」
「え?」
「いや、魔法ってのは分かるけど、どう言う原理で肉体を別の場所に瞬時に移動させているのか俺には理解出来なくて」
「あの、それは、えっと……」
「それに何で建物の中だと使えないのかなって、空高く飛んで移動するなら天井に頭が打つかるだろうから使えないのも分かるけど、天を飛んで移動してる感じではないみたいだし、感覚的には意識が飛んだと思ったら瞬間移動してる感じだし」
「あう、そ、その、それは……」
そんな疑問を投げかけたらアルマは口籠もってしまった。
もしかしたらアルマにも分からない仕組みだったりするんだろうか、まだ見習いだとも言ってたし安易に聞いてはいけない事だったかもしれない。
ピヨヒコがあらかさまにガッカリした態度を見せると、アルマは反発するように詳しい説明と魔法の仕組みを語り出した。
「えっとですね、魔法の理など詳しく説明すると長くはなるのですが、このワープポットは元々は古代の遺物の技術を応用したもので……空間魔術と転移魔術を掛け合わせて……更には王国全体を特殊な結界術式で覆う事で空間移動の座標を確立させて……その際に大気中の魔素を利用する事で個々の持つ魔力とワープポットに組み込んだ術式を反応させる事で……その結果として瞬間的な移動を可能としーー」
「ふむふむ?」
詳しく説明されても魔術の事などさっぱりなピヨヒコは難しくて殆ど理解出来なかったのだが、質問した手前、分からないながらもアルマの話をちゃんと聴いた。
「……納得してもらえましたか?」
「あ、はい、納得した、ありがとう」
納得はしてないけど、そんな会話をしながら冒険者ギルドに向かって歩く。
この後はクエストに挑む予定なのでククリコの店で入手したヒールポーションをアルマにも幾つか渡す。マジックポーションも何本か買ったけどこれは魔法を使えない俺が持っていても意味ないので全部渡した。
「買ったマジックポーションはアルマに渡しておくから魔力が切れそうになったら早めに判断して使ってくれ」
「はい、わかりました、ありがとうございます」
「仲間として当然の事だし別にお礼は必要ないけど?」
「いえ、ちゃんと配慮してくれてるので感謝ですよ、いざという時に魔力が切れて迷惑を掛ける可能性もありますし、魔術師の場合は基本的には後方で詠唱する事が多いので回復アイテムの受け渡しも大変だと思いますし、事前に回復の手順を決めてくれるのは非常に助かります」
「う、うん、それならいいんだが……体力の方ももしヤバそうな時は遠慮しないでヒールポーションも使っていいから、足りなくなればまた補充するだろうし」
「わかりました、勇者様も無理しないで下さいね」
「ああ、わかった」
ピヨヒコは装備以外は手ぶらで、所持してるアイテムは何処か亜空間に勝手に収納されるのだが、アルマの方は肩から掛ける小さめの鞄を持っていて、そこに自分の荷物を入れてるようで回復アイテムなども入れられるようだ。
詳しく聞いたらどうやらこのショルダーバッグも魔法が関係してるようで見た目以上に沢山収納が出来るらしい。それに物を入れても重くなる代物じゃないらしく、戦闘の邪魔にならない程々の大きさなので便利そうだ。デザインも何気におしゃれで凝っているし。
もし戦闘中にお互いに近寄って回復アイテムを相手に手渡して使用した場合は、その渡した方の行動になり、使用した相手はそのままそのターンに行動が出来るのだが、近寄ってアイテムを受け渡すだけなら行動の扱いにはならないらしい。
集団戦闘の最中に密集するのは状況によっては危険だし、手間を省く為にも回復ポーションなどは個々で所持して、各自の判断で使う方が早いので、消耗アイテムを振り分ける事にした。
自分の意思による判断ではなく画面の少女の選択によるものだったので、アルマに対して少し後ろめたい気持ちにもなったが、そんな打ち合わせをした。
所持金は大分減ったが、回復アイテムをケチっていざという時に足りない状況になったら目も当てられないのでピヨヒコもその買い物に納得した。
慎重は判断をしてくれるのは助かる、お金はまたクエストで稼げばいいのだ。か
ギルドに着いたので早速クエスト掲示板を確認する事になった。
目的は魔物の討伐が出来て、出来たらなるべく報酬が高そうな依頼クエストだ。
色々とあるが該当するので気になったのは2つ。
まず1つは、王国から西に向かった魔女が住むと言われる“メメントの森”に大型の獣の魔物が出現したらしくその討伐。一番最初に戦闘の実戦で向かった森だな。
魔物の正体は不明らしいが、このまま放置すると実害が出る可能性もあるので、そこに棲む魔女と呼ばれる人物が依頼してきたらしい。
目撃情報からある程度の生息域は判明したので、見つけたら討伐する流れだ。
クエスト名【森の魔女からの依頼】
討伐報酬は1.500ゴルド、魔女からの贈り物でポーション詰め合わせ付き。
討伐した場合はその魔物の素材もそのまま本人が貰えるようだ。
もう1つは、近隣の村“リンソーン”でゴキブリンと呼ばれる魔物の被害が出てるらしく、その調査と可能なら掃討。
おそらくは村の近辺に小型のダンジョンが生成されていて、その巣から魔物が溢れたようだ。
放置しておくと被害が拡大する可能性があるので、村から冒険者ギルドに派遣の要請があったらしい。
クエスト名【ゴキブリン巣窟の調査及び駆除】
調査報酬は1.000ゴルド、この場合は巣と思われるダンジョンの発見とその規模の報告、巣の掃討に成功した場合は更に追加報酬で2.000ゴルド。
ゴキブリンの素材は売り物にならないらしいだが、巣に宝を溜め込んでいる場合はそれも貰えるようだ。しかし近隣の村まで遠征になるので移動を考えると、帰還も含めて数日は掛かるようだ。
調査してもダンジョンの規模によって、冒険者ではどうにもならない場合、国に報告して部隊を編成したり、王国直属の兵や騎士団が出動する事もあるらしい。
「ゴキブリンの方は数が多いなら2人だと流石に厳しそうだよな、乗合馬車は使えるみたいだけど、移動も含めてちょっと大変そうだな」
「そうですね、魔女も森の方なら冒険初心者でも探索は可能なので、そっちの方がまだ危険は少ないとは思いますけど、でもその討伐対象の魔物の強さによっては、撤退も視野に入れて行動するのがよいかと」
《ふーむ……》
何やら悩んでる様子なのだが、背後の画面の少女はどちらを選ぶんだろう。
俺としてはまだ経験値に不安もあるから昨日の“初心者の狩り場”で魔兎や魔猪と戦ってもう少し実戦を積んでからクエストに挑む方が良い気もするのだが……
しかしそんな希望は受け入れられず、選んだクエストは魔女の森の方だた。
取り敢えずゴキブリンの方じゃなくて良かったと自分に言い聞かせる。
「この森の泉付近には薬草の群生地もあるみたいだから、その採集もしながら討伐依頼の魔物の痕跡を探す事にするかな、もし危なそうなら様子を見てから撤退するか挑むか判断する感じで」
「わかりました、そう決めたなら同行しますね、頑張りましょう」
クエストが決まったのでギルドの受付で受注する。
どうやら特に期限とかは決まってないらしく、挑んでみて無理そうな場合は撤退しても問題ないらしい。その場合は受注を一旦取り下げてもいいし、再度挑みたい場合はギルド掲示板にクエストとしてまた貼り出される事もあるらしい。
被害が拡大する可能性があると書いてあるのに、そんな悠長な感じで構わないのだろうか?
そう思ったが無理してパーティーが全滅したら目も当てられないし、慎重に判断して行動する方がいいだろう。
それに例え失敗しても、他にも冒険者は多いしどうにかなるのだろう。
掲示板から見渡せるギルドの酒場の方を見ると雑多な冒険者達の他に、以前に声を掛けてきた盗賊職らしきパーティーも見掛けた。
前と同じく奥の角の席にたむろしていたので指定席にしてるのかもしれない。
昼間から酒場に入り浸っているけど、コイツ等も一応冒険者なんだよな?
そう考えながら眺めていると盗賊パーティーのリーダーと思わしき、蛇のような雰囲気の女性が何やら云いたげに、ジト〜……と、こちらを見ていた。
勧誘を断ったから恨まれてるのかも? 何か視線が怖いし声を掛けて絡まれるのも厄介なので、無視する事にした。
すると何故かショックを受けているような、何とも言えない反応をされた。
「? それじゃ出発するとするか」
「あ、は、はい、そうですね……」
アルマの方も何やら云いたげ様子なのだが、身体が勝手にそのまま外に向かって歩き出したので、アルマも黙って俺の後ろを同行する。
博識で色々な事を知っているのだが、どうもまだ遠慮してるのか口籠る事が多い気がする。
そう言う性格なら仕方ないけど、俺としてはもっと打ち解けて気楽に話し掛けて欲しいところなのだが……
外に出ても街道沿いを歩けば魔物もそんなに出ないようで、道中は魔物もあまり見掛けない。天気も快晴で平和そのものだ。
荷馬車や乗合馬車も通るし、この辺の道は舗装もされているので魔物の出現率も低いのかもしれない。
周囲を見渡して見えるのは、背後の上空に浮かぶ巨大な画面の中の少女と遠くに浮かぶ謎の浮島。
何故か分からないが外に出ると背後の画面が移動して上空で巨大化する。
いや、本当に何を言ってるのか自分でも分からないが、そういうものらしい。
少女の方は相変わらず何だか楽しそうな表情だ。座りながらこちらを眺めているのだが、少年と同じように手には何か握って持っているようだった。
「じぃー……」
大きな画面で改めて見てみると普通に可愛いらしい容姿で、歳もまだ10代前半くらいにも見える。黒髪のロングヘアーでスラッとした体型に少しぼんやりとした瞳で、よく見せる気の緩んだ表情は、例の少年とも何処か似た雰囲気がある。
もしかしたら姉弟とかの関係なのかもしれない。
服装は最初に見た見慣れないスカートの制服姿ではなく、ゆったりとしたルームウェアと言うか、薄い生地の部屋着だ。
アルマはそんな空に浮かぶ巨大な異物に対して無反応なので、やはりあれは自分にしか見えてないと思われる。
「? どうかしました勇者様」
何気なくそんなアルマの様子を観察してたら声を掛けられた。
「いや、何でもない、あ、そうだ……」
空中に鎮座する浮島の事をアルマに聞こうと思ったのだが、それ以上に昨日からずっと気になっていた事を思いきってアルマに振り向いて聞いてみる事にした。
「ねぇ、アルマ」
「はい、何でしょうか?」
「えっと、その……」
「はい?」
「昨日から、と言うか仲間になってからずっと気にはなってたんだけど……その、何で常に俺の“後ろ”を追従して歩くのかな?」
「え?」
「いや、別にいいんだけどさ、何というか、そう、隣とか斜め後ろとか、それこそ前とか、もう少し自由にこう横並びで一緒に歩いても良いとは思うんだけど?」
そう、魔王討伐の為に仲間になった魔法使いのアルマだったが、移動の時は何故かずっと俺の直ぐ“背後”を付いて歩いていたのだ。
それに対してどこか不自然さや違和感を感じてはいたのだが、聞いて良いものなのか何となく悩みつつも今までスルーしていた。
戦闘中は敵を中心に“サークル”を描くようにお互いに距離を取り立ち回りながら動いてたけど、町の中や昨日の初心者の狩場で探索していた時はやはりずっと俺の後ろを付けて歩いていたので、その姿はまるで”背後霊”のようで少し怖かった。
背後の画面の少女と同じように追従して歩いていたので、何とも言えない気分にもなっていた。ちなみに背後の画面はアルマの更に少し後ろに浮かんでいたのだが重なる事はなく、その後を一定の距離で追従していた。
振り向く度に背後の画面も目に入るので意識しない為に、スルースキルが自然と上達していった気がする。それで今では自分で意識しなければ見えないレベルだ。
画面の中の人物が、少女に変わったのに暫く気が付かなかったのもその為だ。
今はその画面も上空でデカくなり浮いているが、町中ではまるで画面の中の少女も含めた3人で“電車ごっこ”でもしてるような移動だったので、その様子はどこかシュールな光景にも感じた。
「……そんなに気になります?」
暫くの沈黙の後、そう聞き返して来たアルマが少し怖く感じる……ざわっ。
「き、気になる、出来たら後ろじゃなくて横とかせめて斜め後ろを歩いて欲しい、と言うか何でずっと後ろを歩いてるのか分からない、会話する度に振り返ってたし横並びの方がお互いの様子も確認が出来るし、安全面で考えてもその方が良いとは思うんだけど……」
そう感じていたので思いの丈をアルマに伝える。緊張しつつ返事を待つ。
すると……
「ふぅ、わかりました、では今後はそうしますね」
「え?」
そう言うとアルマはピヨヒコに近付いて、その直ぐ横に並んで歩いてくれた。
その行動に戸惑うピヨヒコ。
てっきりまたこの世界のルールでそう決められているものなのかと思い、もしかしたらこのまま魔王を倒すまでずっと背後を付いて歩くものなのかと、そんな言い得ぬ不安を抱えて少し怯えていたのだが……
普通に横並びでも歩けるんかい、ビシッ!
と、ピヨヒコは心の中でツッコミを入れた。
「後ろを歩くのが落ち着くんですよね、子供の頃から誰かの後ろばかり付いて歩いていたもので、でもそんなに気になるならこれからはなるべく気を付けますね」
少し照れながら、アルマはそう答えた。
理由を聞いてちょっと拍子抜けしたが、そのままアルマは斜め前を歩き出して、こちらを振り向き……
悪戯心でちょっとからかってたんですよ。とでも言いたげな上目遣いの表情で、悪戯っ子のような可愛らしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
そのあざとい仕草に少し戸惑うが、気になっていた懸念が解決して安堵した。
「……そういえばククリコのお店では普通に離れてたっけ、俺の考え過ぎか」
「ふふっ、そうですよ、勇者様の仲間にはなりましたが別に行動の制限があるわけではないので私は自由に動けますよ、でも……」
「でも?」
「好きなんですよね」
「え!?」
「勇者様の背中を見ながら歩くのは、何か安心するので落ち着きます」
そんな事を不意討ちで言われたので、ドキッ、とした。
何か言い方がやはり狙ってると言うかあざとくは感じるのだが、それは意図してやってるのかそれとも天然なのか、よく分からなかった。
可愛い容姿も相まってその仕草は例え狙っていたとしても魅力的に感じる。
「……安心か、俺ももっと精進して英雄と言われた父親の背中に追い付けるように努力しないとだな、アルマに安心して背中を任せて貰えるように頑張るよ」
「そうですね、一緒に頑張りましょう」
そんなやり取りをしながらも無事に魔女の森までたどり着く事が出来た。
この森はウォーキングウルフが群れで出現すので気を引き締めて警戒する。
背後の画面もまたいつもの大きさになってピヨヒコの後ろを追従する。
左隣にはアルマが居る。その位置ならお互いの状況も分かって気が楽だ。
「どうやら依頼にあった情報だと討伐対象は大きな獣の魔物らしいけど目撃情報だと泉の更に奥らしいが、その辺りを適当に探してれば見つかるだろうか?」
「そうですね、何か痕跡でもあれば良いのですが、出来たら夜になる前に一旦切り上げたいところですね」
時間的にはまだお昼頃なのだが確かに暗い夜の森を探索はしたくないのでそうしたいところだ、取り敢えずその魔物の痕跡を探しながらアルマが言っていた薬草の群生地を目指す事にした。
「この依頼主の魔女ってのはどんな人物なんだろう?」
暫く進むと泉があり、その周辺で薬草の群生地を見付けたのでアルマと一緒に採取してたのだが、ふと気になったのでそんな質問を投げ掛けてみた。
「私も聞いた話なのですが、この森を拠点にしてる魔術師らしいです、森で見つけた珍しい薬草を材料にして薬品類を作り知り合いの行商を通して王国に卸してるようで、普通のポーションより効力の強いハイポーションなども扱っているらしく王国の兵士や騎士団などにも重宝されてるとか、それとこの森で魔術や魔物の研究もしてるとかの噂も聞いた事はありますね……」
どうやら元々人付き合いが苦手な人物だったようで、この森でひっそりと暮らしていたが効能の高いポーションで有名になり次第に『魔女』と呼ばれるようになりその影響でこの森も【魔女の森】と呼ばれそれが定着したようだ。
その姿を見たものは少なく、実際の容姿や年齢など詳しくは不明らしい。
でも魔女って言われてるなら性別は女性なのかな?
依頼はされたけど魔女の棲み家の場所などは記載されてなく、直接会わなくてもそのまま依頼した魔物を倒せばギルドを通して報酬が支払われるようだ。
泉の周辺を見てみると他の場所より平地で拓けており魔物も見当たらない。
花とかも咲いていて泉が木漏れ日を反射していて日差しが暖かく、とても綺麗な場所だ。泉の付近には巨大な樹木も生えており、植物が森の深みを増している。
「この辺りは何か雰囲気も良くて綺麗な感じだなー」
「ですね、薬草採集を生業にしてる冒険者も居るみたいですが、この泉の周辺はあまり魔物の報告例もないらしいので割りと安全みたいですよ」
「何か落ち着くし森林浴とかにも適してそうだな、魔王を倒して平和になれば魔物も減るだろう、そうなったらここでキャンプとかもしてみたいなぁ」
「……そうですね、そんな日が来る為にも頑張りましょう」
薬草の採集を終えて少し休憩してそんな会話をしてから泉の更に奥の目撃情報があったと思わしき場所を慎重に探索することにした。
テロテロテロテロ、テーラーラー♪
すると戦闘曲と共に、茂みから出現した2匹のウォーキングウルフと遭遇した。
「たぁっ!」
ザシュ、と装備してた鋼のショートソードで斬り付ける。
錆びた剣よりも威力はあるがそれでも一撃ではまだ仕留められないようだ。
手負の魔狼に反撃されたが盾で受けつつダメージを防ぐ。初戦とは違い盾もあるので問題なく戦える。
既に瀕死なようで動きが鈍っていてアルマが杖で殴ってとどめを指す。
残りの1匹も危なげなく倒し、無事に勝利した。
最初は両手で扱う長剣の鋼のロングソードを買う予定だったが、それよりも少し短めではあるが、この鋼のショートソードは片手でも扱えるので小盾と合わせてもかなり使いやすい。
個人的には両手で使う長剣や大剣よりも、扱いやすく手に馴染むので、こっちを買って正解だったと思った。
ナイス判断だ、今は亡き画面の中の少年よ。いや、死んではいないか。思い出したかのように背後の画面を見てみたが、やはり正面には少女が居る。
しかしよく画面を見てみるとさっきまでは居なかった筈だが、例の丸い顔の少年も少女の後方に座って居るように見えた。
「あれ、何か見覚えのある姿が……」
テロテロテロテロテーラーラ♪
それと同時に戦闘曲が唐突に鳴り響く。
「勇者様、魔物です」
「!」
余所見をしてたら茂みから再びウォーキングウルフが出現した。
4匹の魔狼の群れと遭遇する。今は戦闘に集中しよう、気持ちを切り替える。
「その身を凍てつかせよ、アイスバインド!」
1ターン目の最後の行動だったアルマが魔法を唱える。
すると地面が凍り付いて霜が突き上がり狼の動きが鈍る。
その隙を逃さず追撃で斬り付けて一匹倒す。残った攻狼の攻撃がくるが今の魔法の影響なのか動きが遅いのでいつもよりも回避しやすかった。
立て続けの攻撃で2人とも少しダメージは受けたが盾もあるし、泉の周辺で採取した薬草やククリコの店で買ったヒールポーションもあるので問題なく倒せた。
その後も数回ウォーキングウルフと対峙したが問題なく対処出来た。
やっぱりパーティで戦うとそれだけで安定感が段違いだな。
テレテレッテレッテレテー♪
唐突になにやら場違いな効果音が鳴り響く。
前にも戦闘終了後に聞いたが、どうやらレベルが上がると鳴るようだ。
「お、レベルが上がってる」
「あ、そうなんですか、おめでとうございます、順調ですね」
自分のギルドカードを確認するとそこには“3”と書かれてた。
詳しい数値は把握してなかったがステータスも少し上がったようだ。
そう言えばアルマのレベルはいくつくらい何だろうか?
と、気になって聞いてみたら。
「えっと、私はレベル8ですね」
「えぇー?」
「どうかしましたか勇者様?」
「あ、いや、俺のレベルまだ3だから少し驚いて」
そう言ってアルマにギルドカードを見せたのだがレベルの他に職業の“盗賊”も見られたようで、なんか非常に気まずい空気になった。
「あ、それは……その、大丈夫ですよ、まだこれから魔物を倒せばどんどん上がりますから、私なんて直ぐに追い付きますよ」
アルマに気を遣われたので何か余計に悲しくなったが、どうやらレベルが上がるほど必要になる経験値も増えていくので、レベルが高いほど次のレベルになるのが大変らしい。
申し訳そうにアルマが縮こまってしまったので話題を変える事にした。
「そ、そう言えば氷の魔法は先日は使ってなかったな」
そう言うとアルマは気を取り戻し今の魔法の性質を話してくれた。
「アイスバインドは氷の属性魔法で、敵を凍らせて動きを鈍らせたり、地面を範囲で凍らせる事で集団の足止めをする事が出来ます、もし敵が強くて勝てない時とかは逃亡の手助けにもなりますよ」
「なるほど、先日のファーラビットは群れでは出現しなかったからそこまで必要はなかった感じか、確かに集団戦で敵の動きを抑えられるのは強いな」
【凍結状態】になると行動が遅くなり行動順や回避、攻撃の精度に影響を与えるようだ、これも他の感電や延焼と同じで抵抗判定はあるらしい。
「それと属性は相性があるので魔物の種族や属性によっても威力が増減します、前にファングボアに炎が有効だったのも、弱点属性だったからですね」
詳しく話を聞いたら、状態異常に限らず敵の属性にも相性があるらしい。
属性魔法の場合、例えば敵が水で濡れてる【湿潤状態】の場合や、魚類のような水棲の魔物には、氷の凍結効果や雷での感電効果も有効的で威力も増すのだが、逆に火の属性だと延焼もしずらく威力も下がりあまり効かないようだ。
それと基本的には獣の魔物は火が有効なのだが、炎など属性を纏った魔獣の目撃情報もあるようで、相手の特性を見極める必要があるようだ。
それとアルマは魔物の性質や弱点属性なら固有スキルで解析して分かるらしい。魔法の種類も使い分けられるし、スキルとは便利なものなようだ。
自分も剣を扱い盗賊にもなったが、いつかスキルを使える様になるのだろうか。
「ふーむ、何か色々と覚える事が多くて大変そうだな」
「ですね、でも属性の相性を覚えておけば戦闘がかなり有利になりますから、それに魔法に限らず属性が付与された武具などもダンジョンで排出されてるので勇者様もいつか扱う事になるなら、覚えておいて損はないかと」
「そうだな、そうする、それにしても魔法は威力も凄くて属性の見た目も派手で、更には敵の足止めしたりと便利なものだな、俺なんて剣でただ斬るだけだし」
自分の手数の少なさを改めて実感して少しピヨヒコは悲しくなる。
「でも便利なだけでもないですけどね、魔法を使うには体内の魔力を消費するので連発すると直ぐに魔力が枯渇して発動しなくなりますし」
「えっと、マジックポイントを消耗するんだっけ」
「ですね、大気中にある魔素により自然回復はするのですが、それに戦闘順に関わらずそのターンの最初に使う魔法の詠唱を開始するのですが詠唱に集中しないといけないので、発動は行動の最後になる上に詠唱中は回避もあまり出来ないですね」
「ええ、そうなの?」
「上級者の魔術師とかだと“高速詠唱”のスキルで行動順に影響しない場合もあるのですが、私はまだそのスキルは取得してないので……」
職種を極めればそれに関連した便利なスキルも覚えられるようだ。
「それと、勇者様とは直接関係ないのですが魔法の詠唱はそのターンの最後までに始めないと使えないので考えて使う必要がありますね、その逆で戦闘の最初に詠唱すると途中で行動を切り替えれないので、魔法を使う判断も状況によって見極める必要があります」
「ふむ、つまり自分のターンだとしても詠唱に合間を空けないとダメって事か? もし詠唱するのを忘れて、行動が最後になった場合は通常攻撃なら出来る感じ?」
「それは大丈夫ですが、但しターンの最後で詠唱を始めた場合そのままそのターンに魔法は発動出来なくて、待機行動になるで次のターンの先行行動で発動する事になります」
「なんか色々と難しそうだな」
「状況によっては自分から詠唱をキャンセルする必要もありますね、一度詠唱して杖に魔力を溜めた場合、発動するまで他の行動が出来ないので」
「そんな状況もあるのか……」
「その詠唱やキャンセルの判断は私がするので勇者様が気にする事ではないですが、勇者様もいつか魔法を使う事になるなら一応覚えておいていいかもです」
「そっか、そうする」
「この辺の詠唱の制約も、高速詠唱のスキルを覚えれば解決はするんですけどね」「いや行動順が最後だとしても魔法はそれだけ強いし問題ないよ」
自分の未熟さを卑下するように落ちこむアルマ。それを察したピヨヒコが励まそうと自然と声を掛ける。
「それに冒険を続ければいつか使えるようになるさ、俺も盗……一緒に頑張るからいつか便利で強いスキルもお互い使えるようになろう!」
「はい、そうですね」
自分の職業を咄嗟に誤魔化してしまった。ギルドに認められた歴とした職業だし別に盗賊に対してそこまで後ろめたい気持ちはないのだが……
お城や城下町で行った泥棒行為を思い出すので、やはり堂々と自分は盗賊だ。
とは云いづらい。
「魔法は遠距離から広範囲に攻撃が出来るのですが、基本的には後衛職なのでなるべく敵視を取らないにように立ち回る必要があります、条件次第では敵視を溜めずに魔法での先制攻撃とかも出来るのですが」
どうやら戦闘は近接で戦う【前衛タイプ】と後方から遠距離攻撃を行ったり仲間の支援をしながら戦う【後方タイプ】に分かれるようだ。
魔術師の場合は詠唱により行動順は遅いけど、遠距離から高火力の魔法が使えるらしい。
更に魔物は【敵視】により攻撃対象を決めるようだ。特性にもよるけど相手との距離や受けたダメージの量でターゲットを変えるらしく、あまり一人が集中攻撃をすると敵視を集めて後方職でも狙われやすくなるらしい。
パーティ戦闘に置いてはかなり重要な要素なので敵視は常に意識はしておこう。
「魔力量に関しては個人の資質にもよりますが、レベルが上がれば総量は増えていきますね、それに使う魔法の種類によっても使える回数は変わって来ますが、私の場合は現状だと攻撃魔法なら4回くらい連続で使うと枯渇しますね」
「なるほど、魔法は便利だけど、管理も難しそうだな」
「ですね、勇者様からマジックポーションを貰いましたので、枯渇する前には使わないとですが、使うタイミングは指示してくれるなら従いますので、お任せしても宜しいですか?」
「む、分かった、大体3回くらい使ったら促すように頭には入れとくな」
「了解です、それならマジックポーション一本でおおよそ全快出来ますので、もし枯渇しそうな場合はこちらからも伝えますが、それでお願いします」
無理をして魔力がもし尽きた場合、疲労により気絶状態になる事もあるようだ、魔力は時間経過でも自然回復するらしいが指示を出す場合は、責任重大だ。
「前にも言ったけど状況によっては体力の回復も含めて自分で自由に判断していいからキツい時は速めに回復してくれ、作戦は、命を大切に、だから」
「わかりました、勇者様も体力が減ってる時は早めに回復してくださいね」
「それとアルマって攻撃魔法の他にも何か使えるような口振りだったけど、他にはどんな魔法がある感じ?」
「えっと、ですね――」
どうやら戦闘を有利にする補助魔法みたいなものもいくつか使えるようだ。
その他にも戦闘では使えないが生活で使える便利な魔法も色々とあるらしい。
そんな会話をしてから再び討伐対象の魔物の探索を再開した。その途中でキノコの魔物に遭遇して少しハプニングもあったが無事にこれを撃退した。香ばしい匂いが辺りに漂い食欲を唆った。
「そう言えば討伐対象の魔物は大型の獣の魔物なんだっけ……」
「そうですね、おそらくファングボアの時と同じでファイアボールは有効かと思われます」
「ふーむ、炎が弱点ねぇ……、」
魔法の属性の性質とか色々と考えながら進んでいたら、森の中で倒木された箇所を見つけた。よく観察して見てみると爪痕を残した太い木々を見付ける。
どうやら討伐対象の残した痕跡のようだ……
それはまるで己の強さと縄張りを主張するかのように深々と木々を抉っていた。