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第49話 窓から覗く過去と未来


      ◆


 目の前には窓がある。


 俺はいつもそこから外を眺め、いつか駆り出す冒険に心を躍らせていた。

 その時はまだ自分に与えられた使命がどんなものなのか理解してなかった。


 つまりは浮かれていたんだ、自分は特別な存在。選ばれた人間なんだと。


 しかし現実は残酷だった。

 突如として押し寄せて来た魔物の軍勢になす術なく国は蹂躙された。


 それでも父は逃げずに民を守る為に果敢に戦った。

 その結果、何とか魔族を退けたがその代償は余りにも大きかった。

 多くの家臣や民を失い、更には最愛の人さえも失った。


 それでも父は諦めずに国を立て直そうと奮闘した。


 しかし俺の方は心が折れてしまった。

 生まれながらにして与えられた身分や裕福な暮らしに甘え、元々が”怠慢”な性格だったとも言えたけど、立ち直るには失ったものが多過ぎた。


 その後、遠方に居る父の友人の支援を頼りに、なんとか生き延びたが、俺は全てを失い既に生きる気力さえも失いかけていた。


 そして俺は1人逃げ出した。

 勇敢だった父からも、与えられた使命からも。


 しかし王子としての立場に胡座を掻き、碌に剣など握ってこなかった俺が1人で生きていける程この世界は甘くなかった。

 俺は魔物に対抗する”力”を持ってはいなかった。ファーラビット一匹にすら苦戦するような弱い自分が嫌だった。


 こんな”固有スキル”ではなく、もっと魔物を駆逐する為の力が欲しかった。


 そのまま暫くは抜け殻の様な日々が続いた。

 しかしその心の内には魔族と魔物、そして魔王に対しての”怨嗟の炎”は消える事なく燃え続けていた。

 何で俺から全てを奪った、何で俺がこんな惨めな思いをしないといけないんだ。


 許せない、許せない、許せない。


 魔族が憎い、魔物が憎い、その全ての元凶である魔王が憎い。

 そして何よりも何も出来ずに奪われるだけの弱い自分が憎い。


 俺はそんな怨嗟と憎悪を糧に、なんとか生きる気力を取り戻した。


 この世界を生き抜く為には相応の”覚悟”が必要だった。

 その為に俺は自分に与えられたスキルの特性をもっと深く理解する事にした。

 結果として俺は生きる為の術を手に入れ、レベルもそれなりに上がった。


 そんなある日、俺の前に1人の男が現れた。

 名前は【レイシス】と言うらしく、自分はこの世界の管理者なのだと告げた。


 その男の役目は、この世界の観測と秩序を守ることらしい。

 他にも何人か仲間が居るようだが其々に与えられた役目があるらしい。


 最初は半信半疑だったが、俺はその話を信じる事にした。


 そして俺はこの世界の理を知った。

 この世界は、俺が思っていた以上に残酷だった。


 こんな理不尽な使命を納得して受け入れろとでも言うのだろうか?


 しかしこの男に協力すればいつか必ず魔王を倒せる。全てが元通りとはいかないだろうけど、優しかった母の仇を討ち、厳格だった父を見返す事が出来る。

 そして、いつか奪われた故郷もきっと取り戻せる。


 その為なら例え”道化”だろうが”傀儡”だろうが、なんでも演じてみせよう。


      ◆


「ぐうぅ、ぐぅぅ……」

「勇者様、勇者様?」


「……ううーん? むにゃむにゃ……」

「朝食の用意が出来たので呼びに来たのですが、まだ寝ていらっしゃるようですね……それに朝から随分と、コホンッ」


 ペタペタ……ゴソゴソ……


「ううーん?」

「ふふっ、お昼までまだ時間はあるので、眠いならゆっくり寝てくださいね」


「……ぐうぅ」

「では失礼します」


 パタパタ……バタンッ


 ドアが閉まる音? がして暗闇から目が覚めた。

 それに誰かが部屋に訪れて耳元で何か囁かれたような……


 今の声は、メアリーか? そう言えばお城で一泊したんだった。

 朝になったら呼びに来るとか言ってたっけ。


 ピヨヒコは昨日の出来事を思い出して状況を整理する。


 そうだ、魔王の情報を得るためにお城に訪問したけど、なんやかんや色々とあり寝たのは深夜遅くだったな……


 いや、それ以前にもしかしてちゃんと寝てた?

 でも確かベッドで寝ると時間が飛ぶんじゃないの?


 それに何か”奇妙な夢”を視てた感覚まであるんだけど。


 場所もそのまま用意してくれた客室だし、例の”暗転”が起きると別の場所に強制移動する訳でもないのか?

 これで宿屋のカウンターの前に移動してたらそれはそれで困惑するけど。


 そう言えば隣のベッドで寝ていた胡散臭い吟遊詩人は何処に行った?


 重たいまなこを薄ら開けて隣を見てみると、既にベオルフの姿は無いようだ。

 ベッドも綺麗に整えられていて、使われた形跡すらないようにも見えた。


「……居ない、何か本当に幽霊のようなやつだな」


 お城の給仕でもあるメイドのメアリーに見つかったら、流石にマルクスに報告されるだろうし、その前に起きて姿を消したのかもしれない。

 それとも例の固有スキルで隠れながらまだこの部屋に居たりするのだろうか?


 疑念を感じて周囲を注視して見渡すが、吟遊詩人の気配は特に感じない。


「……まあどっちでもいいか、まだ寝てもいいならこのまま二度寝しちゃおう」


 睡魔には抗えず、ピヨヒコは夢の世界に再び誘われた。


 コンコン……ガチャ


「ぐうぅ、ぐぅぅ……」

「勇者様、勇者様?」


「……ううーん?」 

「あれ、まだ寝てたんですか? あの、そろそろ時間になりますけど?」


「ぐう?」

「あ、置いておいたケーキ食べてくれたんですね、昨日は勇者様にも本当にご迷惑をお掛けしました」


 トタトタ……カチャカチャ……


「……」


 アルマの声がする。あれからどれくらい時間が過ぎたんだろう?

 まだそんなに経っていない気もするけど、時間の感覚がよく分からない。


 返事をせずにウトウトしていると食器の音が聞こえた。


 どうやら寝る前に食べたお詫びのチョコレートケーキの皿やフォークを回収して片付けてくれているようだ。

 それに何か他にもベッドの周りをキョロキョロしている気配を感じる。


 気持ち的にはまだ眠いけど俺の事を起こしに来たならそろそろ起きないと……

 でも今後もちゃんと眠れるかどうか分からないし、正直もう少し寝ていたい。


「……ぐうぐう」

「えっと、勇者様?」


「ピヨピコまだ寝てるのー?」

「そうみたいです、疲れてるようなのでもう少し寝かせてあげましょうか」


 どうやらネムも居るようだ。確かアルマとお城の庭園を見廻ると言ってたけど、もしかしてもう見終わって俺を呼びに来たのか?

 声は聞こえないけど、ネムが居るならブックルも一緒なのだろうか?


 それにそろそろ時間になるって事は既にお昼前なのか? 二度寝はしたけど俺はそんなに寝てたのだろうか……まさか時間が飛んだ?

 でも本当にもうお昼頃だとしたら流石に起きないと、起きないと……


「……ぐうぐう」

「あの、勇者様?」


 ピヨヒコは睡魔に抗えず寝たふりを敢行した。


「うう〜ん、あと5分〜、むにゃむにゃ」

「む? ピヨピコはお寝坊さんだねー」


「……そうですね、あ、それと勇者様、昨日の件でマルクス様からお話があるとの事なので出発する前にまた図書室に寄ってくれと言われたので伝えておきますね、私達は先に行ってますので、なるべく早く来てください」

「ぐう」


「またお本の続き読むー?」

「ええ、そうしましょうか、他にもたくさん面白い本はありますし」


「ん、わかった〜」


 パタパタ……バタンッ


 咄嗟に誤魔化したけど、そのままドアの閉まる音がした。

 配慮してくれたけど今のアルマの反応からすると起きてたのはバレてたようだ。


 何故だ、こんなにも完璧な狸寝入り(寝言付き)なのに何で気付かれた!?


 うーん、それに昨日の件って多分アレだよな? 記憶の雫の確認と調査をすると言ってたから表向きにはそれの報告だよな。


 でも情報収集で”記憶の雫”が原因じゃなかったのは既に知ってるし、俺が部屋に盗み聞きしていたのをマルクスも気配察知で把握したなら、そのまま虚偽の報告をされるかどうかも微妙なところだよな。


 気配だけなら俺があの場にいた確証まで得てないとは思うけど、ゲートの封印が解除されたなら疑われてる可能性はあるし、勘の鋭いマルクスの事だから何かしらの言及はされそうだ。


「……億劫だな、出来たらこのまま図書館に顔を出さずにお城から出発したい」


 アルマの伝言を聞かなかった事にして寝過ごすか? マルクスも立場的に色々と忙しいだろうし、昼過ぎまで寝てれば顔を合わさずに逃げ切れるかもしれないが。


 いや、アルマ達も図書室で待っていると云ってたし流石に無視は出来ないか。

 それにさっきの様子だとあまり遅れるとアルマがまた部屋まで呼びに来そうだ。


 “土の魔石”を俺が所有していた件も報告しないといけない事ではあるしなぁ……


「ハァ、しょうがない、起きるか」


 ピヨヒコは眠たいまなこを擦りながら、伸びをしてベッドから起き上がった。

 部屋の周囲を再度確認してみたが、やはりベオルフの姿は見えない。

 演奏も聞こえないから、この場に奴がまだ居るかどうかの判断が付かないな。


 例の影を照らす方法を使えば見つけられるかもしれないが、この状況でブックルまで照らすのは迷惑になるし止めておこう。それに今はあの吟遊詩人に用はない。


 寝る前に忠告したから暫く出てこない可能性もありそうだけど、姿を隠しているなら俺としても好都合なので、このまま無視して放置するしかないか。


 それに会いたくはないが用があれば向こうから姿を現すだろうし、まあアイツの助言のお陰で”おねしょの悲劇”は回避したから、そこは素直に感謝だけど……


「ふぁ〜、なんだかんだよく寝たなぁ」


 部屋に置いてある時計を見てみると時刻は既に正午を回っていた。

 結局バンデットメイルを着たまま寝たけどしっかり寝れたので体力は満タンだ。


 と言うか画面の少女はどうしたんだ、いつもなら勝手に身体が動いてるよな?


 夜更けまで行動してたからあの少女もまだ寝てるのだろうか?

 そう思い背後を振り向くと、そこにはいつもの画面が浮いているのだが……


 そこに映されていた画面は”真っ黒”だった。


「え、なんだこれ!?」

《もう何よこれ、画面まで真っ暗になったし》


「!?」

《あ!》


 疑問を投げかけると同時に、黒い画面の中から少女の声が聞こえた。


 そして、ペリッと何かを剥がすような音がしたと思ったら、真っ暗だった画面が切り替わり、そこにはいつもの少女が”前屈み”になりながらこちらを見ていた。


「あれ、映った?」

《……っ!》


 それに何故かいつもよりも距離が近い。視線が合うと何か微妙に気まずい。

 画面の少女も気恥ずかしかったのか、ササッと胸元を隠しながら後退した。


 いや、別にそんな胸なんて注目してないけど、ちょっと自意識過剰なのでは?

 それに何か怒ってたみたいだけど、今の画面の異変はこの少女が何かしたのか?


 ピヨヒコは少し呆れながらも訝しげに画面の中の少女を観察した。


     ◇


 桜子は、思い付いたアイデアが失敗してガッカリした。


 前回ベッドで寝たらセーブするかの選択肢が出たから、ついでにそのままセーブしてゲームを止めたけど、起動したら何やらまた”強制イベント”が始まった。


 前にも似たような”演出”があったのでそれは別にいいんだけど、少し思いついた事があったので、操作が出来るタイミングでちょっと実験してみたのだ。


 ゲーム機に接続してあるWebカメラはテレビの正面に設置してあるのだが、このカメラを通してこちらの様子を映しているなら、レンズをテープで塞げば覗かれないと考えて、家にあった粘着性の弱いマスキングテープを貼ってみたのだが……


 結果はご覧の通り、何故かテレビの画面まで真っ暗になり失敗した。


 それに画面から主人公であるピヨヒコの驚く声が聞こえたので、今の私の実験に反応したって事だ、つまりは向こうの画面も塞がれて真っ暗になった感じかな。


 と言うか即座に反応してたから偶然テープを貼った直後に振り向いたのか?

 気になり貼っていたテープを剥がしたら、ゲーム画面のピヨヒコと目が合った。


 お互い画面に近寄っていたからか顔が近く、視線が合うと微妙に気まずい。

 見られている事に対して恥ずかしくなって条件反射で胸元を隠してしまった。


 ゲームの登場人物ではあるのだが、何故か自我があるようなので否応なしにその視線が気になり意識してしまう。

 それに大きめの緩いシャツを着て前屈みになっていたので、角度によっては胸の先端を見られたかもしれない。


 油断してたけどコイツ何気にスケベだから、リアルの私に対しても性的な欲情を抱いていたり、如何わしい妄想とかしてる可能性すらありそうなんだよな。

 普通はそんな事あり得ないが、思考メッセージの内容からしても状況に合わせて色々と考えてるし、お風呂イベントでは湯上がりに如何わしい想像もしていた。


 いくら私の容姿が可愛いからって、そんなマジマジと見ないで欲しいものだわ。


 しかしピヨヒコは、自意識過剰なのでは? とでも言いたげな表情をしていた。


 ちょっと何よその全く関心なさそうな顔は!?

 え、私もしかして相手にもされてないの? それはそれで何か不快なんだけど!


 桜子は画面の中のピヨヒコに対して心の中で憤慨した。


 でも今の反応でテレビに設置してあるカメラで覗かれているのは確定したな。

 どうやらカメラがゲーム画面とリンクしていて、レンズを塞ぐとお互いを映している画像が同時に暗くなる仕様になっているようだ。


 つまりはお互いを繋ぐ”窓”がそこにある感じかな。


 うーん、でも流石にゲーム画面が観れないと遊べないから諦めるしかないか。

 取り敢えずはこのまま続けるけど、また何か思い付いたら試してみるかな……


「えっと、メインクエストは更新されてるね」


 メニュー画面から進行状況を確認すると先程の会話の通り、再び二階の図書室に行く必要があるようだ。


 画面の中のピヨヒコは何か言いたげな怪訝な表情をしているが、こちらを警戒してるのか特に念じて話し掛けては来てない。

 昨日の提案で私も促されたら”首振りジェスチャー”で応じるようにはしてるけど今のところマイクを通じて直接この主人公と会話する気にはならない。


 どんな技術を組み込んでいるのかは分からないけど、その世界が”ゲーム”である事や”リセット”の件も含めて、対話をすると色々と追求されそうなので、必要以上にコミニケーションを取らないように今後も心掛けよう。


 それに昨日も思ったけど、あまり情が移ると気兼ねなくゲームとして楽しめなくなりそうだしなぁ。


     ◇


 準備を済ませて部屋を出たのだが、直ぐに図書室には向かわず一階を見廻った。

 

 昨日の件で少女に対する不満は増したけど、操られている今の現状だと反抗しても無駄なので警戒しつつも従う事にした。

 それでも何かあれば一応こちらの意見にも耳を傾けてくれる様にはなったので、意に沿わない選択肢など迫られた場合は、なるべく俺の意思も念じて伝えよう。

 

 衛兵が居て通れなかった奥にある通路も今は普通に通れるのだが、地下への階段の前には変わらず守衛が立ち塞がっている。


「すみません勇者様、許可がない場合お城の地下は立ち入り禁止です、申し訳ないのですがお引き取りを」

「あ、はい、了解しました」


 会話を試みたがやはり降りれないようだ。でも許可が必要って事は予想した通り地下には何か特別な施設でもあるのだろうか?


 それと正門の入り口も含めて各所の出入り口にも向かったのだが、こちらも衛兵が立ち塞がっていて、資材の搬入やらで今はお城の外に出られないようだ。


「勇者様、マルクス様が呼んでいますので二階の図書室に向かってください」

「あ、はい、了解しました」


 同じく会話を試みたが何か”絶対に図書室に向かえ”と言う強固な意志を感じる。


 画面の少女も諦めたのか、一階をひと通り徘徊したのち二階に向かった。

 吹き抜けの大ホールでは昨晩ヘンテコな儀式を夜通ししていた巡回も今は定位置に居るだけで特にグルグル回ったりはしていないが、何やら視線を感じる。


 マルクスから”カルマの天秤”の話は聞いたけど、やはり行動によって勇者の評判に影響する感じなのか、例の漁り行為が”悪い噂”として広まっているようだ。


 向けられる視線は何処か冷たく侮蔑を含んでおり、敵意にすら感じる。


 自業自得だから仕方ないけど、本来なら味方陣営である第三王女のレティシアにまで敵対されてるのは立場的にもキツいので、次に会った時はなるべく良い印象を持たれるように心掛けたいところだけど、出来ればあまり会いたくはないな。


「やあ、よく来たね、待っていたよ」

「あ、ああ、遅れてすまない」


 重い足取りで図書館を訪れると、この国の第二王子であり、防衛大臣でもあり、軍師でもあり、冒険者ギルドを立ち上げた”初代ギルドマスター”でもあるマルクスに声を掛けられた。

 俺の伯父に当たる人物なのだが、敵対するとヤバそうなのは寧ろコッチだな。


 マルクスの傍らには秘書である”氷塊のシルビア”も居るのだが、昨日の聞き耳の感じだとシルビアにもあまり良い印象は持たれていないようだ。


「オ、ピヨヒコやっと起きたか、よく寝てタナ」

「ああ、一度起きたんだが寝心地の良いベッドだったから二度寝してしまった」


 ブックルにも声を掛けられたが、どうやら2人で会話していたみたいだ。

 そう言えば口止めするのを忘れてたけど、もし増えたページの内容をマルクスに読まれたとしたらかなり不味い状況だな。


 ブックルが気を遣って読まれない様に振る舞ってくれた可能性はあるが。

 宝物庫で盗みはしてないし、バレてたら正直に昨夜の出来事を話すしかないか。


 ピヨヒコは内心焦りつつも平常心を装いマルクスの元に向かう。


 アルマとネムは少し離れた奥のテーブルで2人で本を読んでいるようだ。

 ちょっと懸念はしてたけど、思いのほか仲良くなったようなので良かった。 


 アルマと視線があったのでお互い無言で軽く会釈して挨拶を交わした。

 それに見渡してみたがメアリーと司書のエマさんの姿は見えないな……


「エマ君とメアリーは今は席を外しているよ」

「え? ああ、そうなのか……」


 周囲に視線を向けていたらマルクスにまた心を読まれたように返答された。


 既にお昼だし食事や休憩をしに離席してるのかもしれない。

 俺も寝過ごして朝食を食べ損ねたから小腹は空いてるけど、報告が済んだら後で冒険者ギルドにも寄るだろうし、その時にでも何か食べるよう少女に進言しよう。


 そう言えば深夜に厨房で会った、エルフのお姉さん? から貰ったカロリーバー的な携帯食なら食べずにストレージに入れっぱなしだったっけ……


「ずいぶんとゆっくり寝ていたようだが、昨夜の疲れは取れたかね?」

「ああ、夕食もだけどお風呂も最高だったし体調は万全だな、助かったよ」


「いやいや、気にする事はないよ、ゆったりと過ごせたなら良かった」

「ああ、ありがとう」


「ふむ、それじゃ早速だけど、昨日の件について報告があるのだが……」

「!」


「まずは君の記憶喪失の原因だと思われた”記憶の雫”についてだが、宝物庫を確認した結果、そのまま宝物庫に保管されていて持ち出された形跡は無かったね」

「……そ、そうなのか? えっと、それはつまり俺の記憶喪失の原因は記憶の雫ではなかったって事になるのカナ」


 素直にそのまま伝えてきたな。

 やはり俺が聞き耳していた事に気が付いて揺さぶりを掛けてきたか?


 余計な事を話すと宝物庫に侵入した事までバレるし、色々と面倒なので何も知らない振りをして誤魔化そう。


「いや、まだそうだとは限らないね」

「え!?」


 しかしマルクスは予想外の切り返しをしてきた。


「僕が確認した時には記憶の雫の”瓶”がそのまま宝物庫に置いてあったから、その時は使われていないと判断したけど、よくよく考えてみたら中身がすり替えられた可能性もあるからね」

「えぇ? その可能性もあるのか!?」


「君の記憶を封印した後で”中身だけ”すり替えて、再び宝物庫のケースに戻されたと仮定すれば、記憶の雫が使われた可能性は十分にあり得るね」

「あれ、それじゃ中身がすり替わったかどうかはまだ分かってない感じなのか?」


「瓶の中身に関しては鑑定士に依頼して、効能を改めて精査してもらう必要があるから結果はまた後日になるかな」

「そう言えば記憶の雫はダンジョンで出土してから今まで一度も使われた事が無いとか言ってたけど、鑑定のスキルで効果を把握してたのか?」


「ああ、それに国宝指定の保管物に関しては情報規制などの制限もあるから信用が出来る専門の鑑定士に頼む必要があるので、精査するには少し時間が掛かるね」

「そ、そうか……まあ俺としては記憶を取り戻す足がかりは見つかった感じだから昨日も伝えたけど焦らずに冒険を続けるとするよ」


「ふむ、鑑定結果に関しては詳細が分かったら君にも後で報告するよ」

「ああ、わかった」


 何となくポーション類は使用したら瓶ごと消失するイメージがあったんだけど、中身だけすり替えるとか、考えてみたら普通にありそうだな。

 そう言えば飲んだポーションの瓶はそのまま残ってストレージに戻してたかも?


「まあ僕としては、記憶の雫が原因じゃない方が嬉しいのだがね」

「む?」


「この城の厳重な警備をくぐり抜け、宝物庫からアイテムを盗み出すなんて身内や城の関係者の可能性が高いし、本当に瓶の中身がすり替わっているなら僕の立場的にも犯人の特定と対策を考えないといけないからね」

「……なるほど、確かに理由がどうであれ、俺としても記憶の雫で無理やり記憶を消されたなら納得できない部分はあるし、身内の犯行じゃ無い方がいいよな」


 え、厳重? 扉の鍵は空いてたんだけど? 警備も割とガバガバだったよ?


「それに他にも保管物が盗まれていたり、すり替わっている可能性があるなら宝物庫の中身を一度全て整理して確認をしなくてはいけない」

「ああ、他にも有用そうな保管物があったからその可能性もあるのか、犯人探しもだけど色々と大変そうだな」

 

「そうそう、犯人探しと言えば、君には昨日の事で少し聞きたい事があるのだが」

「!」


 表情で悟られまいと意識しつつ心の中で悪態をついていたら、マルクスから唐突にそんな事を言われて緊張する。


「今朝の連絡で衛兵の宿舎から槍や弓、矢なども含めていくつか見当たらないとの報告を受けていてね、何でも衛兵の装備一式に城の見取り図までも紛失したとの事なのだが、君は何か心当たりはないかね?」

「!! え、そうなのか? いや、悪いが特に心当たりはないなー」


「なるほど成る程、まあ誰かに盗まれたとしても管理が出来てない兵士の怠慢なのだがね、最近は城内の巡回も含め弛んでいる印象だから厳重に注意するとしよう」

「そ、そうか……」


「それと厨房からも肉や野菜など数点、今朝の資材の搬入の際に在庫が合わないとの報告を受けていてね、関係者の話によるとなんでも衛兵の格好をした不審な人物を深夜に目撃したらしいのだが、君は何か心当たりはないかね?」

「!!! いや、俺は特に、心当たりはないなー」


 厨房に侵入したのは見逃してもらえたけど、やっぱり漁り行為は不味かったか、衛兵の皮兜で素顔は隠していたから俺が犯人だと確証はないと思うけど、詰問して揺さぶりを掛けてきたか? と言うか完全に俺の事を疑ってるよね!?


「まあ確たる証拠は無いのだがね、それと昨晩、お城の庭園に何者かが忍び込み、植えてあった各種ハーブを勝手に引き抜き、根こそぎ持っていかれたとの被害報告も受けていてね、君は何か心当たりはないかね?」

「!!!? そ、それは、その、俺は、特に心当たりは……」


 うわぁ、もう完全にバレてるじゃん!!


 ハーブの件に関しては変装もしてなかったし、敵視されてるレティシアに密かに監視されてたみたいだから言い逃れも出来ないし。

 拾ったペンダントは何とか返したけど、漁り行為に関しては午前の間にマルクスに報告されていたか。


 マルクスの執拗な追撃にピヨヒコは動揺して狼狽えた。

 その姿を見て流石のマルクスも少し呆れている様子だ。


「はぁ、スルなら見つからないようにとは言ったが、漁るなら相応の覚悟を持ち、後々の事もよく考えて行動するように心掛けたまえ、それに現行犯だと僕としても立場的にもそう何度も庇い切れないからね」

「……はい」


 言い逃れ出来ない状況なので、ピヨヒコは素直に犯行を認めた。

 他の件に関しても見苦しい言い逃れをしてもおそらく無駄だろう。


「一度失った信頼を取り戻すのは容易な事ではないから、君も用心したまえ」

「……肝に銘じておきます」


 傍にいるシルビアが何か言いたげな表情で両者に視線を向けているのだが、その刺すように冷たい視線が普通に怖い。

 マルクスは何度もこんな凍える様な視線を感じているのか、何か哀れだな。


「ゴホン、まあ被害的には些細なものだし、別に返却を求めたりはしないから盗んだアイテムに関しては今後の冒険の役に立てるといい」

「え、でも、それは……」


「それにもし君が罪を認めたらそれが”(うわさ)”となり、勇者としての評判が更に悪くなるから内々に処理したので今回の件は不問とするよ、僕としてもこれ以上”悪評”が広まるのはあまり好ましくないからね」

「……この度は寛大なご配慮いただき誠にありがとうございます、ペコリ」


「ふむ、素直に謝り感謝する気持ちは大切だね」


 ピヨヒコは罪を認め謝罪した、そして心の中で背後の少女に対して憤慨した。


《……》


 頭を下げた際に然りげ無く背後を見てみたのだが、盗みを強要した”真犯人”は、気にも留めず、まるで茶番でも見せられているかのような微妙な表情をしていた。


 いや、なんだよその退屈そうな無関心な態度は、お前も少しは反省しろよ!


 しかも実際はそれだけじゃなく、三階に侵入して王族の部屋に盗み聞きをして、更には四階の宝物庫にまで入ったんだけど、この流れでそっちも何か聞かれるか?


「さて、取り敢えず僕からの報告はそんなところだね」

「そ、そうか?」


 あれ、てっきり何かしら言及されると思ってたんだけど……


 もしかしてバレてないのか? それなら好都合だけど。

 でも何か割れる音もしたし、ゲートの封印は解かれた感じだよな?


「それじゃ次は、君から何か報告する事があれば聞くとしよう」

「!!」


 マルクスは笑顔でそう言い放った。


 あ、ダメだなこれは、言い逃れ出来そうにないし、全てお見通しな感じか。

 しかも一緒に居たブックルが何か申し訳なさそうな顔でこちらを見てるし。


 これはつまり、そう言う事だよね?


「すまんピヨヒコ、油断シテ増えたページの内容を軍師様に読まレタ」

「……うん、知ってた」


 ピヨヒコは観念して昨日の出来事をマルクスに伝える事にした。

 

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