表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/67

第32話 記憶の雫

 魔王の情報を求めてお城に訪れようやく長かった説明も終わりを迎えた。

 もっと区切って説明して欲しかったが、時間も押していたので仕方ない。


 時刻は既に夜の21時、ここまで色々と予定外な出来事ばかり起きている。

 それでも後はゆっくりお風呂に浸かって個室のベットで寝て、また時間が飛んで明日の朝を迎える、その予定だったのだが……


「それと最後に、君の失われた"記憶"に関してだが……」


 マルクスが退室の間際にピヨヒコの記憶に関する話を切り出した。


「な、何でその事を知っている!?」

「そう警戒しなくてもいいよ、それに僕もあの場には居たんだよ、予期せぬ事ではあるからあの場では気が付かなかったけど、今の君とこうして対話したら君が以前と違う事くらいは流石に分かるよ、とは言え確信を得たのは四天魔族の説明をしていた時だがね」


「……っ」

「それにあの時も突然なにやら大声で騒ぎ出したから何事かと思ったが、あの場には他にも何人か居たし、勇者の任命の儀を邪魔したくなかったのと、国王でもある親父殿の手前もあり皆も黙って君を見送っていたね」


「な!?」

「それにしても記憶喪失か」


 確かに何か探られてるような感覚は何度かあったけど、そう云われるとバレても不思議ではない状況だったかも。それにマルクスは記憶を失う前の俺の素性や経歴も知っていたし、更には心を読まれていると錯覚するほどの洞察力の持ち主だ。


 それにしてもこのタイミングで話を切り出すとは、完全に油断していた。

 アルマには打ち明けたが、他のみんなも今の話を聞いて驚いている様子だ。


 先程まで楽しそうにはしゃいでいたネムとブックルも、この場の空気を読んだのか静かにこちらの様子を見ていた。アルマも心配そうに俺の様子を見守っている。

 マルクス側の三人の女性も黙ってはいるが、俺の出方を伺っている感じだ。


 突然のマルクスの発言で、和やかだった空気が一気に緊張する。ここで取り乱して周りを不安にさせない為にも、落ち着いて考えて言葉を選ぶ事にしよう。


「……確かに指摘された通り、俺は勇者としてこのお城の謁見の間で目覚めたが、自身のそれまでの記憶を無くしていたんだが、マルクスは何か知っているのか?」


「ふむ、それはおそらくだが【記憶の(しずく)】を使われたんだろうね」

「記憶の雫?」


「特殊なポーションの一種でね、それを飲むと記憶が封印されるらしい、まだ確定ではないからこれから確認と調査をする必要はあるが」

「記憶を封印?」


「この国に伝わる秘薬でね、城の宝物庫に厳重に保管されていた筈なのだが、元々は過去に魔王が作ったダンジョンの宝箱から発掘されたものらしい」

「そんなもの飲んだ記憶はないんだが? いや、その秘薬を飲んだからその記憶も一緒に失った感じなのか?」


「勇者の称号を与える”任命の儀”の際には君も緊張した様子だったし、飲み水なども用意されていたからおそらくそれに記憶の雫が混入されていたのだろう、それでその儀式の最中に効果が身体に浸透して、それにより記憶を封印されたのだろう」

「え、そ、そうなのか?」


「もしくは儀式の最中に形式的に特別な御神酒を飲むのだが、それに混入されていたのかもしれないね、そう言えば飲んだ直後に何やら君の様子が少し変だった気もするし、まあ単にお酒に咽せていただけかもしれないが」

「え、どっちなの!?」


「何にしろあのタイミングだとしても、記憶の雫が使われた可能性は十分にあると言う事だよ、手段を考えたらキリがないが、どうするかを考えようじゃないか」

「そ、そうか、それで封印された記憶はどうやって取り戻せるんだ? 状態異常の扱いなら何か回復するアイテムとかあったりするのか?」


「いや、治療法どころか実は今までその記憶の雫が使われた事例がなくてね、残念ながら我々も詳しくは分からないのだよ」

「えぇ!?」


「アイテムの名前や効能に関しては調べる手段があるので、それで危険性は把握していたのだが、現状だと治療する手段は見つかっていないね」

「そ、そうか……」


 アルマの固有スキルのアナライズみたいなもので解析した感じなのだろうか? それにしても何でそんなものが、しかもあの状況で? いやそれ以前に本当にその記憶の雫が原因なのか? 今のマルクスの話だとこれから確認すると言ってたし、まだ宝物庫から拝借されたと決まったわけではないんだよな?


 でももし本当にその記憶の雫が原因だとしたら、前にも少し疑ったけどおそらく犯人は……


「効能が危険と判断されたので宝物庫で厳重に保管されていたが、それを持ち出して使えた人物、状況から考えると疑いたくはないが、おそらくは”任命の儀”の際にあの場に居た僕の"身内"の誰かの犯行だろうね」

「なっ!!」


「うむ、君が驚くのも無理もない」

「ぐっ……」


 ぐぬぬ、ここでまた華麗な推理を披露して会話の流れを掴もうと思っていたが、マルクスに先を越されただと!?

 いや、今はそんな事を気にしてる場合でもないが、それにしても記憶の封印か、でもマルクスから過去の話を聞いた時には思い出した事もあるから、おそらく記憶の封印を解くには……


「君も理解しているかもしれないけど、おそらく封印された記憶はこのまま魔王を倒す為の使命を果たしていけば徐々に思い出すとは思うよ、何か切っ掛けは必要かもしれないが、それに時間経過で薬の効果が薄まる可能性もあるから、取り敢えず焦らずに記憶を思い出すといい」

「なっ!!」


「どうしたのかね? 何か焦っているようだが? 記憶を失って取り乱す気持ちも分かるけど落ち着きたまえ、焦りは禁物だよ」

「ぐぬぬ……」


 こ、この男、またしても俺か答えようと思った事を先に、わざとか?

 魔王城の侵入方法の時と同じで、またわざとこちらを煽っているのか!?


「君の生い立ちや素性に関してはそれなりに把握しているが、あまり無理して一度に思い出さない方が良いかもしれないね、君の故郷が魔王軍に滅ぼされた話やその国の王子だった事を伝えた時も、かなり動揺していた様子だったし」

「た、確かに、あの時は困惑してかなり動揺していたけど、でも何か知ってるならこの場で教えて貰えないか?」


「記憶の雫の性質上、無理して思い出そうとすると精神に悪影響を及ぼす可能性があるので、あまり推奨しないが、それに君に教えたとしてそれが自分の記憶として思い出せるかどうか分からないし、知っても余計に混乱して疑心暗鬼になる可能性もあるとは思うよ、とは言っても君自身の事ではあるし、望むなら僕が教えられる事なら話すが……」

「そう言われると確かに少し躊躇うけど、でも思い出すには先ずは知る必要がある気がするし、云えそうな内容なら取り敢えずでも知ってはおきたいんだが……」


「そうかね、では少し話そうか、君はこの王国に亡命してから約8年ほど過ぎているけど、この王国で君は父親と5年間暮らして、四天魔族べリアル率いる魔王軍の侵攻で父を亡くして、その後はとある施設で2年間ほど暮らしていたのだが……」

「え、え? ちょっ、ちょっと待って……」


「君にはその2年間を共に暮らしていた"許嫁(いいなずけ)"が居るね」

「ええぇ!?」


 待って、待って、理解が追い付かないんだけど、落ち着け、落ち着くんだ、また闇に取り込まれる。2年間も一緒に暮らしていた許嫁だと? そんな女性の事なんて全く記憶にないんだけど!? マルクスが俺に嘘を吐いて騙しているのか?


 あ、何かさっそく混乱して疑心暗鬼になってる!?


 いやでも立場的には元々は隣国の王子だったんだし、この国に許嫁が居たとしてもあり得なくはないのか? でも何も思い出せないから全く実感が湧かない。


「ふむ、それと君は10歳の誕生日に家族とこのお城を訪れてパーティーを開いてこの城に一泊したのだが、その日"おねしょ"をしたね」

「ふぁ!?」


「きっと怖い夢でも視たのだろう、見事な世界地図だったよ」

「わかった、もう止めよう! 無理して思い出しても良い事はないよな、と言うかもう止めてくれ、あんまりだ、語るにしてももう少し良いエピソードもあるだろうに何故それを選んだし、酷すぎるわ!!」


 周囲の視線も何処か可哀想な者でも見るような痛々しい感じだ。

 嘲りの視線すら感じるが、そんな哀れみの目で見るのは止めて!!


「まあ、許嫁の話は嘘なのだがね」

「なっ!?」


「でも2年間一緒に暮らしていた歳の近い女性が居たのは本当だよ、記憶を失った君も後で再会する事にはなるだろうけど、取り敢えずなるべく刺激を与えない様に僕が知っている事で云えそうな出来事を選んで伝えたが……何か思い出す事はないかね?」

「そ、そうか? かなりショッキングな内容だった気もするが……うーん」


 取り敢えず自分の記憶を辿ってみよう。

 許嫁ではないにしても本当に2年もの間一緒に暮らしていた同い年くらいの女性が居たなら、きっと何か思い出す事もあるだろう……


 そう考えて目を瞑り、記憶を思い返すと1つの情景が頭に浮かんでくる。


 周囲には大人が何人か居て、自分の事を祝っていて知ってる顔も何人か居る。

 白髪の髭面のオッサン、この国の王様か、つまり自分の爺ちゃんも居る。

 それに俺の隣には英雄と呼ばれた父親も居る。他にも何か見覚えのある人物に、何か懐かしい感じの女の子らしき人物が居る。後はマルクスも居たのかな?


 それで周りの視線に少し怯えながらも美味しい料理を食べた気がする。


 その後は確か大きなお風呂に入って、夜になって1人で部屋で寝ていたら誰かが訪ねて来て、それで何か”怖い思い”をしたような? そして次の日の朝になったらベッドのシーツが濡れていて、父親に叱られて、大人達から失笑されてスゴく恥ずかしい気分になって、涙が溢れてきて……


「……っ」


 するとピヨヒコの瞳から一粒の雫が零れる。

 

「勇者様、大丈夫ですか?」

「いや、そっちじゃない! しかも所々朧気で曖昧だしぃ!!」


「ふぇ!?」

「あれ、アルマ?」


「何か思い出したようだが、今の発言からするとお誕生日会の事かな」

「ぐぬぬ……」


 ピヨヒコは恥ずかしさもあり、慌てて流れた涙を手で拭った。


 それに何で”あの人”が自分の誕生日の席に居たんだろう。

 今よりも若かったけど、もしかして王族関係者なのか?


「まあとにかく今のように無理に思い出しても混乱するから、ゆっくり切っ掛けと共に思い出す事を推奨するよ」

「あ、ああ、それは分かったが、一体誰か何の目的でこんな事をしたんだ?」


「目的か、何となく予想はつくが、取り敢えずあの時あの場で王の謁見の間に居たのは君を除いて6人だね、その内の誰かが”記憶の雫”を君に使用したのだろう」

「……6人?」


 そうだっただろうか? 確か目が覚めたら、まず立派な白い髭を生やした王様。

 それにその隣にお妃様と思われる豪華なドレスを着た女性、おそらく自分の祖母に当たる人物なんだが、何か王様と比べるとかなり若く見えた気もするんだけど。


 えっと、それに確か大臣も居たな。後でもう一度お城を訪問した時に話し掛けたけど魔王討伐の軍資金を300ゴルドしかくれなかったケチなこの国の財務大臣だ。

 コイツのせいで城や城下町で泥棒行為をして金策する事になったと言っても過言ではない。

 

 いや、でも例の少年ならそんなの関係なく漁っていたかもしれないけど。

 うん、間違いなくやってたね、あんな常識のない子供は初めて見たしな。


 それとこの国の第二王子でもあるマルクスと、その兄のえっと……名前、名前が出てこない、と、とにかくこの国の騎士団長で、第一王子様も確か居たな。


 あれ、でもそれだと全員で"5人"なんじゃ? それに今の感じだと、マルクスはその記憶の雫とやらが使われた理由にも心当たりがあるのか? 何か事情を知っている感じなんだろうか……


「あの場にはこの国の王と王妃、それと財務大臣のセバス、それから僕の兄弟達も居たからね、それで"6人"だよ」

「え、もしかしてマルクスや第一王子様以外にもあの場に第三王子もいたのか? でもそんな人物は見てないような?」


 と言うか、また然りげ無くこちらの思考を読んだかのように応えたな。


「弟のルキウスも居たよ、まあまだ6歳だからね、それに君の事を少し怖がっていたようでね、母君が座っていた椅子の裏に隠れて覗いてたから、気が付かなかったのかもだね」

「そ、そうなのか? 確かに俺の方も気が付いた時には記憶がなくて混乱していたし、それに……いや、取り留めもなく記憶を無くして状況もよく分からずに焦っていたから、そこまで周囲をよく見てなかったかも知れないな」


 アルマに打ち明けた時もそうだったが、何故か背後の少女の話をしようとすると言葉が詰まって説明ができない。理屈は分からないがその様になってるようだ……


 それにしても、まだ6歳? アルマが幼いとは言ってたけど、第三王子様はまだ子供なのか。と言う事はマルクス達とは30歳くらいも歳が離れてるって事か?


 でも俺との関係性で言うなら年下の叔父さん、にはなるのかな?


 もしかしてあの隣に居た綺麗な印象のお妃様は、後妻とかなのだろうか?

 少し気にはなるけどこの場ではちょっと聞きずらい質問だから止めておこう。


 取り合えずその【ルキウス】と言う名の第三王子様もあの場には居たんだな。

 それと第一王子の名前を言わなかったな。アルマにまた聞けば分かる事だけど、後で思い出すかもしれないし、寧ろ一度聞いた名前を忘れるのは失礼だし、アルマにも聞きづらいのでなるべく自力で思い出そう。


 それにしてもこの国の王様もやっぱり只者じゃない感じだな。俺の祖父でもあるけど王女様も3人居るとか言っていたし、まさか隠し子とかも居たりしないよな?


「ふむ、とにかく記憶の雫を使ったと思われる容疑者はその6人だね」

「……自分の事も除外しないんだな?」


「僕ではないけど、信じるか信じないかは君次第だよ」

「いや、流石にマルクスではないとは思う、とも言い切れないけど、それより犯人はともかく、先程の口振りからするとマルクスは何でその記憶の雫が使われたのか見当は付いてるんだよな?」


「そうだね、取り合えず落ち着いて聞いて欲しいのだが、僕の予想だとおそらくは君の為だったんじゃないかな」

「俺の為、だと?」


 記憶を消す事が俺の為? 勝手に記憶を消されて嬉しいとでも思ってるのか? いやまて落ち着け、マルクスも予めそう促したんだから何か理由があるんだろう。

 感情的になる前に落ち着いて冷静に考えろ……スー、ハー、よし、大丈夫だ!!


 情報を細かく整理する為にも、ここは"思考スキル"を発動しよう。


「ふむ、落ち着いたかね?」

「ああ、大丈夫だ、それよりも理由が知りたい」


「それは君の記憶を失う以前の"状態"を封印したかったからだと思うよ」

「以前の状態?」


「天啓により勇者の使命を与えられたと言っただろう?」

「ああ」


「それに魔王軍によって祖国を滅ぼされて、両親までも失った」

「……ああ」


「それだけ君は魔王や魔物、魔族に対して強い憎しみの念に囚われていたのだよ、まあ僕が見て感じた君の印象ではあるから、本心までは分からないが……」

「そうか、何となくだが俺も記憶を失う前の自分がそんな考え方なんじゃないかと疑ってはいたが、やっぱりそうだったのか……」


 やはり記憶を失う前の自分は魔王軍に対して強い憤りを感じていたようだ。

 しかし思い出した記憶には、魔物に対する畏怖や恐怖の念もあった筈だが。


「それに勇者としての責務に重圧を受けて、精神的に余裕がない様にも感じたね、雰囲気も以前と比べて荒んでいたし、それを見兼ねた6人の内の誰かが記憶の雫を使って、その記憶ごとその濁った”怨鎖の炎”を消し去りたかった、僕はそう考えてはいるけどね」

「なるほど、それで、俺自身の為か……」


 本当にそうだろうか? 寧ろ記憶を失う”リスク”の方が使命を果たす支障になる気がするけど、でも憎しみの鎖か……その状態で冒険するのは確かに危険なのかもしれないが、6人の内の誰かが犯人だとして、俺とどんな関係性があるのだろう。


「先にも伝えたが今の君はまるで憑き物が落ちたようにも見えるからね、もちろん魔王や魔族に対する恨みや憎しみも戦う為には不必要とは言わないが、あまりにも強い復讐の感情に飲まれると、いつか自分を見失う事にもなるからね」

「!」


 それは確かにその通りな気もする、冷静な判断が出来ないのはとても危険だ。


「それに復讐に囚われて功を焦るとそれは自滅にも繋がるし仲間を危険に晒す事にも成りかねないだろう」

「そう、だよな」


 云われて見るとその通りかもしれない。先日の一件もそうだが、自分の身の丈に合わないクエストに挑み、無謀な戦闘をすれば最悪パーティが全滅し兼ねない。


 俺のみならず、アルマやまだ幼いネムまでも危険な目に合わせてしまう。

 それだけは絶対に駄目だ、失ってからじゃ遅い。そうならない為にも常に冷静な判断をしないといけない。慎重になる位が丁度良い、急がば回れの精神が必要だ。


 マルクスもこれまで何度か焦らずに成長するように促していたが、もしかしたら記憶を失う前の余裕がない自分を見兼ねて、助言してくれてたのかもしれないな。


「君の以前の性格や思考を否定するつもりはないが、今の君の方が僕としても話しやすくて親しみやすいね、きっと記憶の雫を使った人物もそんな願いを込めていたんじゃないかな、国王である親父殿もだが、他の皆もこの国の英雄の息子として、天啓を与えられた勇者としての期待もあるが、君の事は一目おいてたからね」

「……なるほど」


 うーん、俺の為だとしてもその人物はそこまで俺の事を気遣い見守ってくれてたのだろうか? それにしても記憶を封印する秘薬まで持ち出さないと駄目なくらい俺は危険な精神状態だったのか? それとも他に何か意図があって記憶を封印したのか?


「それに本来は君もそこまで心が荒んでは居なかったのだがね」

「そうなのか?」


「少なくとも英雄である父親を亡くして、とある施設で2年間を過ごしていた君に会いに行った時はそこまで魔王や魔物に対して復讐心を露にはしてなかったね……一緒に過ごしていた女性とも仲良くはしていたし、まあ心の内には魔族に対しての憎しみとかも秘めていたのかも知れないが、傍目には普通に振る舞っている様には見えたよ、接してみて感じた僕の主観ではあるが、それでも精神的にはやはり少し不安定な状態にも見えたがね」

「そ、そうか……」


 いや、だからその施設って何処だよ。マルクスって何か意図的に濁すよな。

 別に伝えても問題ないと思うんだが? 取り敢えずその頃はまだそこまで復讐心を露にはしてなかったって事か、もしかしたら一緒に過ごしていたその女性が心の支えになってくれていたのかもしれないな……いやだから、その女性の詳細は!?


 気になるから思わせ振りな態度や言い方は止めて欲しいんだけど!!


「それにどちらかと言えば魔族や魔物に対して恐怖を抱いていたように感じたね、この国に亡命して家族と暮らしていた頃の君は、勇猛果敢と言うよりはどちらかと言えば臆病な性格ではあったからね」

「それは確かに、思い出した幼い自分の記憶には国を滅ぼした魔族や魔物に対する恐怖心とかも感じてはいたけど……」


 10歳の誕生日の時もだけど、この国で父親と過ごしていた時期は確かに魔物に対して復讐心よりも恐怖心を強く抱いてた気がする。

 それに父親のジークフルドに対しても何処か怖い印象を持っていたような、何となくだけどその頃の父親とはギクシャクしてた気がする……


 あと何か足りない気がするけど、他にも誰かが一緒に居たような?


「それに天啓として与えられた勇者としての使命に重圧を感じて、焦っていたのもあったのだろう、実はその施設を抜け出して、ここ半年間の君の消息は我々もよく分かってなくてね、いつの間にか失踪して忽然と行方をくらましていたのだよ」

「……はぁ?」


 あ、無理、突然の新たな情報に困惑して思考スキルの維持が上手く出来ない。


「その施設で何か切っ掛けがあったのか、それとも内に溜め込んでいた気持ちが溢れて自発的に姿を消したのかは分からないが、その当時は勇者の重圧に耐え兼ね、逃げ出して失踪したとか、魔王が勇者である君を狙って誘拐したんじゃないかとか囁かれてね、まさに事件だったよ」

「えぇ!?」


 なにその急展開!? 全然記憶に無いんだけど!?


「王である親父殿もそれはもう困惑してね、君の父であるジークフルド殿との盟約と天啓に従い、16歳を迎える君に勇者としての称号を与える予定だったのだが、それを前にして君が居なくなったものだから国の諜報部隊や暗部を召集して捜索に当たったのだが、それでも見付からなくてね、こちらもかなり焦っていたがある日突然、君の方から再び我々の前に姿を表してね」

「そ、そうなのか!!?」


 何かさらっと暗部とか不穏な事を言ったけど、そんなのも居るの!?


「まるで何事も無かったかの様に再びお城に訪れたが、それまでとは別人のように豹変して内に秘めていた魔王や魔族に対する強い憎しみや復讐心を露にして、自ら勇者として名乗りを上げたのだよ、それに失踪中の事や何があったのか経緯を聞いても断固として答えてはくれなかったね、ほんの先週くらい前の出来事なのだが……」

「そう言えば自ら勇者として名乗り出たとか、そんな話もしてたっけ……てか、え? それ先週の事なのか!? 全然身に覚えがないんだけど!?」


「何かしら切っ掛けがあったとは思うが、それで取り急ぎこの国の王と君の父上の間で交わした”盟約”に従って16歳を迎えた君に”勇者の称号”を与える事になったのだよ、君もそれを望んでいたからね……その後の経緯はこれまで話した通り僕等の内の誰かが君の精神状態を見兼ねて、記憶の雫を使用した感じだと僕は推測しているのだがね」

「別人のように豹変してたって、この半年の間に俺に一体何があったんだ?」


 いや、それよりも先週って、失踪前とは別人のように感じたとしても記憶を消す判断が早くない!? 周りから見ても俺はそんなにヤバい精神状態だったの!? 


「それは我々にも分からないが、その時の記憶も含めて君の家族との大切な記憶も同時に封印したのだから褒められた方法とは言えないけどね、誰が仕組んだ事なのかは分からないが、それでも君の身を案じての事だったと僕は考えているよ」

「うーん、本当にそうなのか?」


 個人的にはその半年の間の出来事が寧ろ関係しているようにも感じるのだが。

 何か都合が悪い事でも起きて、不都合を隠す為に記憶を封印したとか?

 と言うことはもしかして犯人はその失踪事件にも関与している感じなのか?


 うーん、何だこの状況……


「それでも犯人を探したいなら別に止めはしないが、僕も身内を疑うような真似はあまりしたくないので調査はするが、そこまで君に協力は出来ないと思ってくれたまえ、明確な悪意で”記憶の雫”が使われたなら話は別だがね」

「……わかった、それが真実なら俺も無理に犯人を探したり問い詰める事はしないよ、取り敢えずこのまま冒険を続ける、そして失った記憶も自力で取り戻して勇者として魔王をいつか必ずこの手で倒す!」


「そうか、そうだね、それが良い」

「……」


 取り敢えずマルクスにはこう言っておこう。もちろん犯人の事は信用していないし疑ってはいるから容疑者に対しては今後も警戒はするが……


 正直、今の話だと善意よりも悪意の方を強く感じるし機会があれば調査もして、犯人を炙り出そう。俺としてはあのケチな大臣が怪しいとは思っているのだが。


 それに名前はど忘れしたけど、この国の騎士団長の第一王子様もここに来る前にすれ違った時に何かこちらの反応を見定めてるような感じもあったし少し怪しくは感じるな。それと他の可能性も一応は考えてはいたので、それは伝えておこう。


「俺はてっきり魔王の手下がこの城に紛れ込んでいて、それで勇者の存在を脅威と思い無力化する為に何らかの方法で記憶を奪われたとかも考えてはいたんだけど、でも話を聞いた感じだとその”記憶の雫”が原因みたいだし、状況的にもマルクスの言った事が当たっていそうだな……」

「ふむ、いや、そう言われるとその可能性もありそうだね」


「えぇ!?」

「魔人べリアルが元々君の国を襲ったのは、勇者の天啓を受けた君がいずれは脅威になると判断してのものだったとも云われてるから、魔王が君に何かしらの行動を取ってきた可能性もゼロではないとは思うがね、この城に魔王の配下が紛れている可能性か……ふむ」


「いや、ここまで来てその可能性もあるの!?」

「まあそれでも君の状況を見た感じだと、記憶の雫が使われたのは間違いないとは思うから宝物庫の確認と君が提示したその可能性も含めて調査はするが、また何か分かったら後で君にも伝えるとするよ」


「そ、そうか、でも記憶を取り戻す方法も一応は分かったし、俺は今まで通り勇者としての使命を果たすとするよ」


 何か可能性が多くて混乱するけど、取り敢えず使命を果たす事に専念するかな。

 あまり下手に嗅ぎ回ってマルクスや例の”暗部”に目を付けられても厄介だしな。


「ああ、了解したよ、取り合えず僕からの話はこれで終わりだが、最後まで長々と引き留めてしまって悪かったね」

「いや、俺自身も失った記憶に関しては知りたかったし、記憶を取り戻す為の糸口が見つかっただけでも良かったよ、ありがとう」


「そうか、まあ夜ももう遅いから後はゆっくり過ごすと良い、疲れが溜まっているなら明日の昼頃まで部屋で休んでも構わないから、では僕もこれで失礼するよ」

「ああ、わかった、それならそうさせて貰うよ」


 色々と情報過多で精神的にも疲れていたから、その提案は素直に助かるな。

 部屋で寝たらまた朝まで時間が飛ぶと思うと精神的には全然休めないけど。


 そう言ってマルクスは、メアリーに部屋の案内を任せて、図書室から退出した。

 ほろ酔い状態の秘書のシルビアもこちらに会釈してからマルクスに付いて行く。


 この国の軍師で第二王子でもあるし色々と忙しいのだろう。

 それに記憶の雫が使われた証拠ももしかしたらこれから調べるのかもしれない。

 国の宝物庫だと一般の兵とかに確認させる訳にもいかないだろうし、自身で調査するのかもだな。


 最初は何か胡散臭い感じではあったけど、話してみたら色々とこちらを気遣ってくれたし、今後の拠点の事も含めて沢山の支援もしてくれて頼りになる男だった。


 記憶の雫を扱える容疑者の1人なのでまだ完全には信用しきれてはいないけど、その対応には心から感謝しよう。


 エマさんは司書としてまだこの図書室でする事があるようだ。

 こちらの都合で訪問して遅い時間まで話し込んでいたから、本来の仕事の妨げになっていたのかもしれない。


「勇者様、ブックルちゃんの事をよろしく頼みますね、私も本当は付いて行きたいですけど司書としてこの場所を管理する役目もあるので、ああ、でもやっぱり私ももし切っ掛けがれば、その時はヨロシクお願いしますね」

「切っ掛け? ああ分かった、エマさんも色々とありがとう、突然訪ねて来て仕事の邪魔をしてたなら申し訳なかったけど、魔王の情報とか本当に助かったよ」


「勇者様は優しいですね、私も思わず惚れちゃいそうです」

「……え、え?」


「ふふっ、冗談ですよ、でもお気遣い感謝です」

「むー」


「コホン、それでは勇者様、アルマさんにネムさんにブックルさんもお部屋の方に案内しますね」

「あ、ああ、助かるよ、メアリー」


 年上なのでエマさんに対しては敬語だけど、歳も近いメアリーの事は呼び捨てにしてしまった。でも特に不快に感じていないようだし、伯父であるマルクスに対しても呼び捨てだったから別に構わないかな。


 名前を呼ぶとメアリーは何処か嬉しそうに優しい微笑みで言葉を返してくれた。


「いえ、これも私のお役目なので」

「むー」


「おっ風呂、おっ風呂♪」

「寝床も楽しみダナ、フカフカのベッドでゆっくり(ページ)を伸ばしたいゼ」


 マルクスに対してそこまで緊張とかはなかったけど、気を張ってはいたから何かどっと疲れた気がする。俺も早くお風呂に入って、ゆっくり湯に浸かりたいな。


 それに魔王の情報もだけど思った以上に収穫はあった、拠点の事や今後の方針に指針まで示してくれたし、何かやることが多すぎて少し混乱するけど、取り敢えずギルドで仲間の名簿を確認してから、例の拠点の特務クエストに挑む感じかな?


 おっと、そう言えば思考スキルをそのまま継続していたんだ。

 途中で途切れそうになったけど何とかそのまま持続してたな。

 ああ、それで疲れも一気に溜まったのかも……


 そう考えてピヨヒコは思考スキルを解除した。


 判断は背後の少女に委ねてはいるけど、それでも今のところ自分が思った通りの行動は出来ている気がするから、例の少年よりは相性が良いのかもしれない。

 背後をそれとなく見てみると、何やら楽しそうな何時もの穏やかな表情だった。


 勇者としての使命感は記憶を無くした今の自分にもあるけど、魔王を恨み復讐に囚われていた過去の自分は今は居ない。

 誰かの意思で身勝手に記憶を奪われた事に対して戸惑いや憤りは正直あるけど、取り合えず支えてくれた皆に感謝しよう。


 俺はもう1人じゃないんだ、無理はしないで焦らずにゆっくり進んでいこう。


 ピヨヒコは心の中で気持ちを改めて、そう強く意気込んだ。


 と言うか、さっきの『むー』て、もしかしてネムじゃなくてアルマか?

 それに何か視線を感じたので、見てみると何故か不機嫌な感じなんだけど?


「じとー……」


 せっかく良い感じにまとめてたのに、俺また何か怒られるような事したっけ?

 そんな軽蔑するような冷ややかな視線を向けないで欲しいんですけど……


 何となく少しムカついたので、ピヨヒコはアルマを真剣に見つめ返した。


「じぃー……」

「!」


 するとアルマは慌てて目を逸らしたのだが、その頬を少し赤らめていた。

 いや、だからなんなんだよ、その反応は!?


     ◇


「はぁ、何か思った以上に確信に触れる情報も多かったね、お城に訪問して魔王の情報を聞くだけで、こんなに色々と変なイベントが起きるとは思わなかったけど」


 それにまた話の途中からピヨヒコが思考スキルでメッセージを飛ばしてきたけどこれ論争バトル限定って訳でも無いんだな。

 まあ失った記憶に関しては主人公も色々と考えてはいるようだし、仲間に対しての想いとかも伝わったから、なるべく慎重に行動の選択や、戦闘とかの判断はするように私も心掛けようかな。


 シナリオ的には謎を残しつつ今後の展開も期待は出来て面白いけど、取り敢えず記憶に関してはこのままメインクエストに沿って進めれば、いつか分かるかな?


 個人的には6人の容疑者の中から犯人を暴いて追い詰める推理ゲームっぽい展開になった方が面白そうなんだけど、突然現れた第三王子とかも何となく怪しいし、実は影の魔物が取り憑いていて、本性を隠してるとかも普通にありそうだけど。


 それとも、もしかしたらこの国の王様が黒幕で魔王軍と繋がっていて、その正体は実は魔族で魔眼の使い手でもあり凄い剣の達人だったり?


 何処かで聞いた事があるような設定な気もするけど、それならそれで面白そう。


 それに主人公が第一王子の名前を忘れてたけど、私もよく覚えてないんだけど。

 過去ログとか読み返せないのに、これ後で選択肢で選ぶとかにならないよね?


 それと記憶を少し思い出した時の回想シーンでのピヨヒコ少年の10歳の誕生日に何があったのかも気になる。


 記憶を思い出す時はムービー演出で周囲の人間の顔がボヤけた感じで表現されてたけど、何かお風呂や寝室のシーンで女性と思われる謎の人物のシルエットが出てきたんだけど、見覚えのあるキャラだった……てか多分あの人だよな。


 それにしても主人公がいい歳をしてお漏らしって、そんなエピソード必要か? 前代未聞なんだけど、そのままその記憶は封印しといた方が良かったんじゃない?


 それにお泊まりイベントはまだこれからだ。お風呂イベントに個室での宿泊。

 何となくエッチな展開になりそうな予感もするから選択肢には気を付けよう。


 まさかメインクエストまでR18な展開になるとは思わないけど、このゲームは油断ならない。それに何かヒロインのアルマが何故か変な方向に拗らせてるし。

 これ主人公が他の女と付き合う展開にでもなったら闇落ちしたアルマに後ろから刺されるとかならないよね?


 ラブコメ展開や三角関係は個人的には好きだし、それはそれで面白そうだけど、突然の修羅場とかは勘弁して欲しいが、何か本当にありそうで少し怖いんだけど。


 ピヨヒコも無神経なのか鈍感なのか、司書のエマやメイドのメアリーにも自然な気遣いや優しさを振り撒いて好感度を然りげ無く上げてる感じだし。

 それにさっきの口振りだとエマも仲間候補の1人だよね? 戦えるのあの人?


 ブックルの名付けの時に私が考えた候補を悉く却下されたから、正直あまり好きじゃないんだけど、と言うか寧ろあの女は敵だ、絶対に許さないぞ!


「ふー……」


 取り敢えず個室に移動したらセーブして一旦区切るかな。

 流石に長い会話イベントが続いて少し疲れたし、ちょっと休憩しよ。


 それにセーブしておけばどんな展開になっても取り敢えずは安心だし。


 まだまだ続きも気になるし、思った以上にこのゲームにハマってるね。

 やっぱり楽しみながらゲームを遊ぶのは良いことだねー♪


 そんな事を考えながら一旦ゲームを止めた桜子。

 この先、あんな展開が待っているとはこの時はまだ思いもしなかった。


     ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ