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第30話 三種のケーキ

 アルマは常に冷静で博識で見た目も可愛く少し小柄だけどスタイルも良い。

 そんな才色兼備な素敵な女性がまるで幼子(おさなご)のように人目も(はばか)らず泣き出した。


 まだ幼いネムに慰められている姿は、見ていて不敏にすら感じた。

 アルマが座ったテーブルの前には、美味しそうなケーキが3つ置いてある。


「ふむ、それじゃあ落ち着いたようだし、食後のティータイムを楽しみながら話の続きをしようか」

「ああ、そうだな……」


 お菓子の事で取り乱して泣きじゃくり、恥ずかしい姿を見せたアルマだったが、少しずつだが落ち着きを取り戻した。心配していた一同もその姿を見て安心した。

 しかしまだ遠慮しているのか、視線はケーキに釘付けなのに中々手を付けない。


「……ゴクリッ」


 いや、生唾を飲むくらいなら我慢しないで食べればいいのに。ネムやエマさん、秘書のシルビアもアルマが遠慮しているからか、ケーキに手を付けずにその様子を伺っているようだった。アルマはそんな視線を感じてか更に恐縮する。


 業を煮やしたピヨヒコは、そんなアルマにケーキを食べるように促す。


「お詫びの気持ちも兼ねてるんだから遠慮しないで食べていいよ、俺もマルクスもやり過ぎたと反省してるから、アルマもそろそろ機嫌を直してくれ」

「……」


「……また俺が食べさせてもいいけど?」

「ふぇ!? ご、ごめんなさい、いただきます」


「食べきれないなら収納して後で食べても構わないから、紅茶もあるからゆっくり落ち着いて食べると良いよ、僕も少し言い過ぎたね、すまなかった」

「……っ、いえ、私の方こそお見苦しいところをお見せしました」


 こうして何とか心を閉ざしていたアルマを宥める事に成功した。


 作戦の概要を説明すると、ピヨヒコも後に合流して機転を利かせ用意されていたデザート【三種のケーキ】を使い説得した感じなのだが、想像した以上にアルマは落ち込み心を閉ざしていた。


 図書室の部屋の隅で体育座りをしながら自分の殻に閉じ籠っていたアルマ。

 泣きじゃくってはいなかったが、エマさんとネム、そこに合流していたブックルの説得にも応じず、縮こまってその声を遮っていた。いや、子供か?


 これが”闇落ち”と言うやつなんだろうか? まるでバリアでも張ってるかのようだ、と言うか本当にうっすらと壁の様なものが見える気がするんだけど!?


 もしかして魔法の力なのだろうか? そう言えば風魔法には音を遮る魔法とかもあるとか言ってた気がするけど、咎められたからってそこまでする!?


 合流したピヨヒコはその様子を見て、少し呆れつつも一緒に説得する事にした。

 それでも声は届かなかったので秘密兵器、もとい秘密"ケーキ"を投入した。


 アルマの目の前に持っていたケーキを見せつける。するとそれに反応を示した。

 それでも風のバリアはまだ破れない。しかしケーキ投入によるアルマの変化を誰もが見逃さなかった。


 視線が明らかにケーキに注目していたのだ。これならいける、そう思いフォークでケーキを一口掬い、アルマの口元に差し出すのだが……


 バニラの甘い匂いに戸惑いつつもその誘惑に抗い、口を塞いでそれに抵抗する。いや何で? 本当は食べたいんでしょ? 何でそこまで意地を張るの!?


 あの巨大スライムをスープで誘き寄せた時のように挑発行動もしてみた。

 ケーキの美味しさを大袈裟にアピールする。するとアルマの張った風のバリアが弱くなったような気がした。お、このままいけるか!?


 更にケーキを左右に振る、するとそれに反応してアルマの視線が左右に泳ぐ。

 三冊の魔導書の時にも似たような感じだったけど、その時以上に惹き付けられている様にも見えた、しかしそれでもアルマは口を固く閉じている。強情だな。


 そのままでは埒が明かない、しかたないので強硬手段を取ることにした。

 ピヨヒコはブックルとエマさん、ネムにも協力してもらいアルマを押さえつけて抵抗されるも、その口を無理やり抉じ開けてケーキを口に放り込む事に成功した。


 新たな仲間との、初めての共同作業がこんな感じになるとは思わなかったわ。


 それと同時にアルマを囲っていた風のバリアが発散して解除される。

 甘味を与えられたアルマのその表情はとても幸せそうだ、効果は抜群だ。


 今が好機、このチャンスを逃さずに畳み掛ける。


 追い討ちで更に自分とマルクスのぶんのケーキも差し出すと伝えた。エマさんも甘いケーキの美味しさをアピールする。更に全部で三種類ある事を主張する。甘味が弱点のアルマには、それは魅力的な提案だった。


 しかしそれでも尚、アルマは自分がお菓子を隠し持っていた事に対して自己嫌悪になっていて、俺に咎められて自分のした事の罪深さを、愚かさを思い知ったと、ネガティブ思考を振り撒いていたので、こちらも言い過ぎたと主張し謝罪した。


 お互い非があるからどちからが折れないと解決しないのだが、アルマも頑固だ。


 そもそもお菓子1つで誰もそんな責めてはいないのだが、罪って言うほどか? 愚かさってなに? 別に隠れて甘味を楽しむくらい、全然問題ないのだけど!?


 お菓子の事でそんなイチイチ悩むな"どうでもいいわそんな事"とも思ったけど、流石にそこまでは伝えなかった。でも取り敢えず云いたいことは言えたとは思う。


 アルマの意外な一面を知り面倒な女だなとも少し感じたけど”ネガティブ思考”は状態異常のようなものなので、きっとそれの影響もあるのだろう。


 子供の様に愚図(ぐず)るアルマを見て、ピヨヒコは何時もの優しくて大人なアルマに戻って欲しかった。


 その様子を見ていたネムが自分のケーキも差し出すと言ったので、流石のアルマもそれは自分を更に惨めにすると感じたのか、何とか説得に応じてくれた。


 立ち上がるアルマだったが、手に持っていた食べ掛けのケーキに注目してたのでそのままテーブルまで誘導した。


 カルガモの子の様にフラフラと付いてきたのでアルマをそのまま椅子に座らせ、それに続いて一緒に説得してたエマさんとネムとブックルも後に続いてカルガモの行進のように、ガアガアとぞろぞろ歩きテーブルに向かった。


 メイドのメアリーは既に食後のティータイムの用意をしてくれていたがその様子を見て、何か少し笑いを堪えているようにも見えた。

 マルクスとシルビアも普段通りの感じでその様子を見ていた。この2人に関しては表情を隠すのが巧いのか、イマイチ何を考えてるのか分からない。


 皆が椅子に座り、アルマの前には"三種のケーキ"が用意され、気持ちが落ち着いたのか自分にも非があった事を改めて皆の前で謝罪して事なきを得た。


 背後で見ていた画面の少女もなにやら生暖かい視線を送っていたが、ああ、これ今回も魔王軍の情報は聞けなさそうだな、まあ面白い茶番も見れたし満足したから別になんでもいいや、と言った何処か悟ったような、微妙な表情をしていた。


 でも何か楽しんでいるようにも見えた。当事者のこちらとしては楽しいだけじゃ済まないのだが、背後からイライラされるよりはまだましだと思う事にした。


 色々あったけど、アルマの秘密のお菓子騒動もこれでようやく解決を迎えた。

 ケーキを用意してくれたメイドのメアリーも、何処か安心した様子だった。


 マルクスから聞いた事の真意はアルマには黙ってようと思ったけど結局バレた。

 それでも取り敢えず、憂いなく事態が収まって良かったと感じた。


     ◆


「……ハァ」


「そんな露骨なため息を吐いて、どうしたのかね?」

「マルクスはアルマの事が嫌いなのか? 魔導書の時といい今回といい」


「ふーむ、どうにも誤解されているようだが、別にそんなことはないよ、どちらかと言えば君に対して抱いている気持ちと同じかな」

「俺と同じだと?」


「魔王を倒す事を使命とはしているがまだまだ2人とも未熟だからね、年輩の僕としては2人の成長を見守りたいし促したいと思ってるのだよ、だからこうして支援出来る事はしてるつもりだ、なので嫌いと言うことは全然ないよ」

「じゃあなんで、ブックルに頼んでまでアルマの鞄からお菓子を取って来させたりしたんだ? 意図は分からないけど、お菓子を所持している確証があっての行動なんだろ? それにあんな強引に協力を強要して、拒めない感じに責め立てて、酷いじゃないか」


「いや、責め立てたのは君も同じだよね? そもそも君が余計な推理をして、追求したりしなければこんな自体にはなってないよね? アルマはお菓子を内緒で所持して黙っていた事に罪悪感を感じたままにはなるけど、取り敢えずそのまま秘密には出来たんだし」

「くっ、確かにそれはそうだけど」


「女性は繊細な生き物だから、言葉は選びたまえとは伝えたつもりだったが、まあお菓子に関しては誘導した僕にも非はあるけど、でもちゃんと理由もあるのだよ」

「……理由?」


「そもそもアルマが所持していたお菓子は僕があげたものなんだよ」

「え、そうなのか?」


「ああ、戦闘に置いて”空腹デバフ”は状況によっては死を招く事態になり兼ねないからね、まあお菓子1つでそれは大袈裟だとしても、甘味が好きなアルマに冒険のちょっとした楽しみとして餞別で持たせたんだよ」

「そうだったのか、てっきりアルマが自分で購入したものだと思ってたが」


「君には黙っていたようだけど、アルマがそう判断したなら別に僕もそれでも構わないと思ってたけどね、あげたお菓子をどう扱おうと本人の自由なんだし」

「いや、俺はお菓子を隠していた事に対しては特に何も思ってはいないんだけど、そもそもアルマも別に隠そうとしてた訳ではないんじゃないか?」


「確かに、普通に云うタイミングを逃してた可能性もあるけど、それでもネム君がビスケットを君に渡した時には、複雑な表情をして明らかに動揺していたからね、君もそれには気が付いていたみたいだけど」

「ああ、確かに動揺しているようには見えたけど……」


「それで事情を知ってる僕としては、それとなくお店の場所はアルマが知っていると君に促した感じなのだが、別に追求して貶めようとは思わなかったけど、罪悪感をこのままズルズルと引き摺るのも良くないと思ったのでね、それで先程の実験のついでにブックル君にお菓子を見つけたら、何か1つ持ってくるように頼んだのだよ」

「ふーむ、それに俺が見事に乗っかってアルマを責めてしまった感じか」


「まあ隠し通そうとしてたアルマにも問題はあるけど、自分で"買った"お菓子と、君が連呼したものだからいたたまれない気持ちになって、遂にはあんな泣き出してしまったんだろうね」

「な、なんてこった……」


「僕もお菓子の事でこんな事態になるとは思わなかったけど、アルマは幼い頃から甘いものには目がなくてね、魔導修道院によく差し入れに行った時にもそれはもう目を輝かせて美味しそうに食べていたよ、僕としてはお腹が空いた時にでも、君と一緒に食べて欲しくてそれで甘いお菓子を持たせたつもりだったんだが、こんな事になるとはね」

「アルマが甘いのが好きなのは何となく気付いてたけど、俺としては、別にそんなお菓子くらいで責めたり咎めたりするつもりは無かったんだけどなぁ……」


「とにかく先にも伝えたが、仲間に対して遠慮したり罪悪感などを感じていると、何れはパーティー内での歪みや不和にも繋がるからね、それで僕としてはアルマに対してそんな態度を取ってしまった感じだね」

「うーん、そう言われるとアルマにも悪いところがあるようにも見えるし、言葉を選ばずズケズケとアルマを追い込んだ俺も悪かったとは思うけど……」


「お菓子に限らず、秘密を持つこと自体は決して悪い事とは思わないけど、今回に関しては明らかにアルマも動揺して”自責の念”を感じていた様子だったからそれを見直す切っ掛けを君にそれとなく伝えた感じだね、でも僕もちょっとやり方が良くなかったとは反省してるよ」

「秘密か、まあそうだよな、云いたくても言えない事もあるよな……」


「ふむ、君も何か心当たりはありそうだね、まあ仲間と言っても、あれこれ詮索しても気まずい空気にはなりそうだから程々な距離感で接するのが良いとは思うがね、僕も人には言いたくない事の1つや、2つや、3つや、4つや、5つくらいはあるし」

「いや、多くない?」


「ミステリアスな女性を相手にするには、自分自身もまた秘密を持ってる方が何かと都合が良いのだよ、恋愛は駆け引きを楽しむものでもあるからねぇ」

「……」


 その話を聞いていた秘書のシルビアが刺すような鋭い視線でマルクスを見ている

のだが口は挟まない、一応こちらに配慮して気を使ってくれているようだ。


「うーん、取り敢えず納得はしたけど、アルマを落ち着かせて謝るかな、マルクスから本当はお菓子を貰ってたって話は余計にアルマを責める事にもなりそうだから黙っておくとするよ」

「ゴホン、それが良いだろうね、もしアルマから伝えて来た時は、君も実は知ってたとか云わずに紳士に聞いてあげると良いよ」


「ああ、そうするよ、ところで1つ頼みがあるんだが」

「ふむ?」


「デザートを用意してくれたと言っていたけど、それを使ってアルマを宥めようかと思うんだが、あれだけ泣きじゃくってたから一筋縄ではいかないと思うので俺のぶんもあげようとは思うんだけど、取り敢えず1つ用意して貰ってもいいかな?」

「お菓子が原因でこの状況になってるのにお菓子で説得するのか、まあアルマには有効な手段だとは思うから構わないよ、メアリー、お願い出来るかな?」


「はい、分かりました」


 マルクスが指示を出すとメイドのメアリーが用意してくれた。どうやらデザートは甘いケーキだったようで、1つ1つ丁寧に包装されていた。

 食後に紅茶と一緒に食べるのには程よい大きさで、一個でも確かな満足を得られそうな印象だ。


「ふーん、何か色々と種類があるんだな、見た目も美味しそうだ」

「三種類のケーキが2つずつで計6個ですね、苺のショートケーキとチョコレートケーキとモンブランになります」


「6個? それだと1つ足りなくないか?」

「メイドの私のぶんはありませんので、それに生モノなので常にケーキを用意してた訳ではなかったので、他にも来客用のもあり数もそこまでは確保出来なかったんですよ」


「ああ、そう言えば唐突に押し掛けた感じだったもんな、泊まるつもりは無かったけど、食事もだけどお風呂や部屋の用意までしてくれて、図々しかった気がする、何かゴメンな」

「いえ、こちらの方こそ、わざわざ伝える事ではなかったですね、お気を遣わせてしまい申し訳ありません」


「何か余計な事まで詮索しちゃったか、ごめん」

「いや、魔王の情報を調べるのにいずれ此処にも来ると思っていたし問題ないよ、まさかこんな時間まで話し込むと思わなかったけど、おかげでこちらも空間魔法に関する貴重な情報と確証を得られたからね、君が気にする事はない」


「そうか、それなら良いけど、そう言えば最初に声を掛けられた時に来る事を予め分かってたような感じだったもんな」

「ああ、お城の門番に君が訪ねて来たら教えるように伝えてたからね、それよりもケーキを持って行くならそうだな、せっかく三種類あるんだし僕のぶんもアルマに渡すと伝えて構わないよ、そうすれば全種類のケーキを味わえるし」


「え、良いのか?」

「交渉材料は多い方が有効的だからね、僕は食べる機会は他にあるし構わないよ、寧ろシルビアかエマ君のぶんを渡して君も食べれば良いとは思うが」


「いや、それだと謝罪にならないからそれは遠慮しておくよ、確かに美味しそうなケーキだけど」

「それもそうだな、まあまた此処に訪れる機会があればその時にでも振る舞うよ」


「そうか? ありがとう、何か悪いな」

「勇者様、取り敢えずどれを選べば良いでしょうか? アルマさんならなんでも喜ぶとは思いますけど」


「うーん、じゃあこのショートケーキかな」

「わかりました、お皿とフォークも一緒に添えますね」


「ありがとう、冒険者ギルドで朝食にミルクを飲んだんだけど甘くて美味しかったから、それを使った生クリームならアルマもきっと釣られるだろう」

「魔牛のミルクは甘味があって美味しいからね、良い選択だとは思うよ」


「何か食材クエストが男性冒険者に人気とかは聞いたけど、俺も後で余裕があればそのクエストにも参加してみようかな」

「ふーむ、君には少し刺激が強いとは思うけど、興味があるなら一度試してみるといいんじゃないかな、まあ程々にね」


「刺激?」

「コホン、勇者様、ではこれを」


「ああ、助かるよ」

「いえ、アルマさんの事は私も面識はありましたが、あんなに取り乱した姿を見るのは初めてなので心配ですから、勇者様にお任せしますね」


 こうして"甘いケーキで説得大作戦"は遂行されて、無事に事なきを得た。


     ◆


 アルマがケーキを食べ始めたので他の皆も食後のお茶会を楽しみ始めた。

 ネムとブックルもアルマが立ち直ってくれて、どこか安心した様子だ。


「ふぅ、美味しい紅茶だな、何か心が落ち着く味でホッとする」

「お褒め頂きありがとうございます」


 自分のケーキはアルマに差し出したので無いけど、メアリーが淹れてくれた紅茶を飲んでみるととても美味しかったのでこれだけでも満足だ。


 それに食事の際に出されていたフルーツの盛り合わせはそのまま置いてあったのでそこから葡萄を取って食べてみたが、甘くて瑞々しくて美味しかった。


 アルマは皆に申し訳ない気持ちがあるようで、自分だけ3つも目の前にあって、落ち着かなかったのかケーキの1つを魔法の鞄に収納した。

 それでも2つはこの場で食べるようだ、デザートはやはり別腹らしい。


 こちらの様子もチラチラと伺ってはいるが、お詫びで貰った手前、突き返す事も出来ずに、そのまま黙々とケーキを食べている様にも感じた。


 せっかく用意して貰ったデザートなのでどうせなら楽しく味わって欲しい。

 そう思いピヨヒコは自然な感じで笑顔を作り、アルマに優しく微笑みかける。


 それを見て少し安心したのか、それともこちらの意図を察したのか、遠慮してたアルマも美味しそうに食べ始めた。甘味にはやはり抗えず幸せそうな表情だ。


 ネムが選んだのもアルマと同じ苺のショートケーキだったが、美味しそうに……いや、苺は美味しそうに食べているが、ケーキは何故かちびちびと食べていた。

 あまり食は進んでないようで、まだ半分以上は残っている。


「オ、どうしたネム? 味わって食べてるノカ?」

「ん~、ブックルも食べる?」


「え? あ、イヤ俺様は本だから」

「……食べないの?」

 

 夕食でお腹がいっぱいになったのだろうか? フォークに一口摘まみブックルに差し出していた。断りずらかったのか、ブックルもそれを受け入れる。食事は必要ないとは言ってたけど、食べようと思えば問題なく食べられるようだ。


「美味しい?」

「ン、ああ、この生クリームがページにベットリと張り付くような何とも言えない深い味わい、確かに甘くて旨いな、でも俺様はこの一口で十分ダナ」


「そっか、ピヨピコ、残りはあげるー」

「え、良いのか? お腹がいっぱいになったのか?」


「んー、それもあるけど甘いのは少しで良いかも」

「ああ、ネムは甘いのは苦手なのか、そう言えば食事の時は辛い感じの味を好んでたっけ? 貰っていいなら食べるけど、本当に良いのか?」


「いいよ、ネムはこっちの方が好きかも、これは貰ってもいい?」

「ふむ、ネム君はケーキよりも果物の方が好みのようだね、渡したポーチもあるし収納して後で食べても構わないので好きなだけ持っていくといいよ」


「本当? わーい♪」

「オオ、良かったなネム」


 そう言うとネムは半分残した苺のショートケーキをピヨヒコに渡して、フルーツの盛り合わせから林檎や梨など幾つか選んで自分のポーチに収納して、葡萄を一房取り、それを美味しそうに食べ始めた。


 俺が食べてたのを見てネムも葡萄が食べたくなったのかもしれない。でもケーキがあった手前、果物を取るのを遠慮してたのかも……

 果物も甘いとは思うけど、ケーキの甘さとは違って瑞々しさもあるから、甘いのが苦手なネムでも美味しく食べれるとは思った。


 甘味好きのアルマは既に2つ目に突入していたがその様子を見て、ええ、こんなに甘くて美味しいケーキが苦手なの!? と、そんな表情をしていたが、食べ掛けのケーキをすんなりピヨヒコに渡すネムに何やら複雑な感情を懐いている様子だ。


「モグモグ、ありがとうネム、俺は甘いのは普通に好きだから嬉しいよ」

「残すの良くないと思ったから渡したけど、美味しいなら良かったー」


「そうだな、お残ししたら勿体ないお化けが出るからな」

「もったいないお化け~?」


 ピクッ


 ネムが聞き返す、アルマもそれに反応する。

 ここに来る前に言われたその言葉が気になっていたので黙って耳を傾ける。


「ああ、勿体ないお化けってのは――」

「それよりもそろそろ本題に入るとするかね、時間も押してる事だし」


「……本題?」

「魔王軍に関しても情報だよ、君もそれが目的でお城に訪れたのだろう?」


「あ、ああ、そうだったな」

「どうしたのかね? そんな驚いて」


「あ、いや、ここまで散々話が脱線してたから突然の事でちょっと戸惑って」

「そうか、まあそうだね、取り敢えず簡単に説明すると攻防戦クエストとは……」


 そのままマルクスは、得意気に魔王軍との戦いについての説明を始めた。


 アルマは何か云いたげな苦い表情だったけど、口は挟まずに黙っていた。

 ピヨヒコも黙ってその説明を聞くことにした。


     ◇


「いや、ガッツリ説明されたよ、何が簡単な説明だよ……」


 と言うか、てっきり今回も茶番で説明は無いと思ってたから油断したわ。

 桜子は取り敢えず、簡略化して魔王軍との攻防戦をまとめる事にした。


 攻防戦クエストとは要は奪われた領地を奪還するクエストの事らしい。

 この大陸の領土は10のエリアで区分けされている。


 取り戻したい領地を選択して、そこで魔王軍の編成部隊と戦う。

 そこに属するボスユニットを撃破して勝利すればその土地を奪い返せる。

 魔物以外にも、そのエリアを占拠する配下の魔族なども居るようだ。


 侵略マップは色分けされており、魔王軍が赤、連合軍が青。

 現在の侵攻状況は7:3で連合軍が圧倒的に不利な状況だ。

 それでも元々8:2だった状況から攻勢して、取り戻した設定らしい。


 奪還は色続きのマスしか選べず、奥のエリアに行くほど敵も強くなる。

 それに魔王城が浮かぶ湖の周辺も危険らしく避けなくてはいけないようだ。


 土地を全て奪い返すと、このエリアで何かイベントとか起きそうな感じだ。


 それに魔王に領地は奪われたけどその土地に暮らす人なども居るらしい。

 それらの残された者達は身を潜め隠れてたり、魔物に抗ったりしている。


 そして奪い返した土地によっては、はぐれエルフなどの他種族も救える。

 すると味方として連合軍に加わり、こちらの戦力がだんだん増える。


 それにどうやらこの国以外にも、遠方には人族の国がもう1つあるらしい。

 他にも復興したエルフの里や、地底にはドワーフの国とかもあるとか。

 ネプト族は領土争いに直接関係ないらしく我関せずを貫いているみたいだ。


 この辺の他国や種族は、もしかしたら他のクエストとかでも関わりそうだ。

 それらの国とも協力して連携し、攻防戦を繰り広げているとの事だ。

 魔王軍からの侵略に関しては基本的には国が勝手に防衛してくれるらしい。


 普段からその赤と青の境目では魔王軍と連合軍の攻防が繰り返されている。

 まあ、そう言う設定なんだろうけど。

 傭兵や冒険者なども雇って、魔王軍の侵攻を防衛している。


 もしかしたら防衛の方も何かイベントで絡む可能性はあるかもしれないけど。


 そしてそれらの攻防戦でも活躍する二つ名を持つ冒険者とかも居るようだ。

 孤高の老傭兵や、ビキニアーマーの女戦士や、戦うコックさん達が有名らしい。


 何かまた聞いたこともない名前だけのキャラが増えたけど、実在するのか?

 名前も聞いたけどどうせ忘れそうなので登場した時にでも覚えれば良いかな。


 取り敢えずプレイヤーとしては敵の領地を選んで、奪還するのがメインだ。

 それに攻防戦クエストが出来るのは、王国の建国祭イベントの後らしい。


 しかも、このクエストは基本的に連続では出来ないようだ。

 兵を休ませたり兵力を整える準備期間が必要で再度挑むには時間を消耗する。


 王国の戦力は数値化されているらしく、時間経過で回復する。

 領土を取り戻して支援を増やせば、戦力の上限もそれだけ増える。


 魔王軍も領土によって戦力が数値化されていて、攻略の基準になる。

 また進行状況によっては、それらの戦力も変動するようだ。 


 攻防戦とは関係なく他国と関わればそれにより状況が変わる感じなのかも?


 そして攻防戦クエストはギルドではなくマルクスと会話して選択が出来る。

 まだ主人公は準備不足だけど基本的には任意のタイミングで選べるようだ。


 でも時間経過でおそらく劣勢になったりもするとは思う。

 要請もありそうだが放置すると奪った土地を更に奪い返されたりしそうだ。


 この攻防戦クエストで活躍すれば勇者としての人気や信望も上がるのかも?

 それによりマルクスからの信頼度も上がり、認められる感じなのかな?


 それによって、例の魔王城へのゲートの使用許可を与えられる感じだな。

 それで、封印の祠からゲートを使ってラストダンジョンに侵入する。

 そんでもって、ラスボスである魔王に挑んで見事倒せばゲームクリアだな。


 まあ後半は私の想像なので、本当にそうなのかは分からないけど。


 メインクエストの進行もまだ続いてるから、今後どんな展開になるか分からないけど、取り敢えず攻防戦クエストは、ただのサブクエスト扱いではなさそうだ。


 少なくともゲートの使用の権限を持つマルクスの好感度には関係あるとは思う。

 他にも勇者としてクエストを達成すれば、認められる可能性はありそうだけど。


「うーん、面白そうではあるけど、思ったよりもずっと面倒そうだな」


 しかも連続で奪還は出来ない仕様みたいで、戦力を整える必要もあるし。

 これ、戦力差で奪還する時の敵の強さとか変わってくる感じなのかな?

 それに時間の概念や暦もあるけど主人公の年齢とかも上がっていくの?


 どのくらいゲーム内の時間を要するかは分からないけど何か長そうだな。

 それとも同じ一年をループする系? まあそれは別にどっちでも良いけど。


 マップ移動で時間を無駄に消化しなければ、流石にそんな何年も掛からないとは思うし、それにそこまで手間が掛かるなら、面倒で途中で飽きちゃいそうだしな。


 具体的な奪還内容や主人公の役割とかはまだ分からないけど、恐らくはその場所に赴いて魔物との戦闘を何度か繰り返して出現したボスユニットと戦う感じかな?


 移動に時間とか掛かりそうだけど、流石にそこはスキップで開始して欲しい。


 それと何でも主人公の父親が四天王の土のべリアルを倒した事でべリアルの役目を継いだ、四天魔族の1人が魔王軍の指揮を担い、魔物を編成してるらしい。

 王国軍もマルクスの采配で王国騎士団を中心に軍を編成して、それを迎え撃つ。


 という事は魔王を弱体化する為の魔石の1つは、結局このクエストを進めないと貰えないのかな? 全部の土地を取り戻してからその四天王に挑むのか、もしくは途中で魔王の信望を無くして自ら攻めて来て戦う感じなのかも? 面倒だから後者を希望するけど。


 てか、すっかり忘れてたけど4つの魔石なんて要素もあったね……

 確か土の魔石も行方不明なんだっけ? 予想だけど、おそらくは建国祭イベントが関連してそうではあるけど、でもその為には所持金を増やす必要もありそうだし毎年オークションが開催されるなら、そのタイミングで狙う感じなのかな?


 私の予想でしかないから違うかもしれないけど思わせ振りな会話は出てきたし、それに他にもあと2人四天魔族が居るみたいだけど、もしかしてべリアルは四天王の中でも最弱だったのだろうか?


 主人公が戦う前に撃破されてるとか聞いて少し驚いたけど、そんな事ある?


 魔王に魔石を回収されてる可能性とかもあるみたいだし、何か復活フラグとかも立ってそうなんだけど、残った3体を倒したら復活して登場するとか? それならそれで胸熱な展開ではあるけど。

 勇者として成長した主人公が両親の仇を討つとか、ベタだけど嫌いではないし。


 それに攻防戦クエストをするには、まだ準備不足だとか言われたから、その辺の説明もまだありそうだけど、レベルを上げる為の試練でもある感じなのかな?


     ◇


「な、成る程……何となくだが理解した」

「まあその時が来たらまた改めて詳しく説明するし、実際に攻防戦クエストに参加してみれば自然と覚えるとは思うけど、取り敢えず時間はあるから焦らずに準備するといい、それに予定だと次の攻防戦は建国祭の後なるハズだからね」


「あ、ああ、分かった……」


 いや、全然簡単な説明じゃなかったよね? ガッツリ説明されたんだけど。

 改めてまた説明されるの!? 詳しい説明って、他にもまだ何かあるの!?


 何か背後の画面の少女もうんうん唸ってたし、まさか適当に聞き流していないとは信じたいけど、何か思った以上にこの攻防戦クエストは大変そうだな。


「君には勇者として攻勢の要を担ってもらう予定だが、その為にも君や仲間の成長は必要不可欠だからね、まずはギルド掲示板のクエストで経験を積みレベルを上げて精進すると良いだろう」


「そうだな、分かった……」

「その為にも必要なものが他にもあるけどね、取り敢えずこれを君に渡そう」


 そう言うとマルクスは一枚のカードを手渡した。


「これは?」

「それはネームレスカード、冒険者の名刺のようなものだね」


「名刺?」

「魔王軍と戦う仲間を集めるのに必要なものだよ」


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