第14話 姉弟の会話
第十四話 姉弟の会話
討伐クエストの帰りに予期せぬボスとの戦闘となり、苦戦を強いられた。
絶体絶命な状況にも陥ったが巨大スライムとの戦闘に何とか辛勝した。
町での準備を怠らなかったのもあるが、人達との繋がりにも感謝しよう。
テレテレッテレッテレテー♪
レベルが上がった時に流れるファンファーレが聞こえる。
しかし2人ともその場に横たわり動けずにいた。
ピヨヒコは地面の上に仰向けに寝転び、放心していた。
その周囲には雨となり降り注いだスライムの体内の水分が
水滴となり、辺りに舞い散っている。
「……か、勝ったのか……よかった」
巨大なスライムに飲み込まれた時は"死"を覚悟したが、アルマの助けもあり何とか生き延びる事が出来た。
空を見上げると既に時間は夕暮れ時で、泉は黄昏の紅い夕日を投影しその色はとても綺麗で美しく印象的だった。辺りに散らばった水滴もその光を反射していた。
鬱蒼とした森の中なのだが、その静けさも今はそこまで怖くは感じない。
ピヨヒコの隣には同じようにその場に座り込んで放心しているアルマがいる。
お互い目が合い見つめると、自分達が勝利し生還した事をより一層実感する。
唐突に泉から出現した巨大なスライム。悪意はまるで感じなかったので、倒した事に対して少し思うところはあるけど、今は無事に生き残り勝利した事を喜ぶ事にした。
スライムから【大きなスライムジェル】と【壊れた水の魔石】を手に入れた。
魔石の方は2つに割れてしまったけど、これも何か使い道はあるのだろうか?
改めてギルドカードを確認してみたらピヨヒコのレベルが“5”になっていた。
どうやらハングリーグリズリーとの戦闘後に既にレベル4の手前だったらしく、そのまま一気に3から5までレベルが上がったようだ。
アルマの方は9のままだったが、それでも思った以上に経験値が増えたみたいだ。
それだけあの巨大なスライムは強敵だった。
そしてレベル5になったからなのか、スキルを2つ獲得した。
固有スキル【マジックポット】それと剣の基本スキル【狙い斬り】を覚えたようだが、疲労感もあるので性能とかは後で実践も踏まえて詳しく確認する事にした。
「はぁ、疲れたぁ~」
「そうですね、勝てて良かったです」
気持ちも落ち着いたので身を起こしスライムから受けたダメージを回復する為にお互いポーションを使う。手持ちの回復アイテムも思わぬ連戦で予想以上に消耗したので後で忘れずに補充する事にしよう。
特にマジックポーションは殆ど使いきったので次はもっと多めに買った方が良いかもしれない。
依頼クエストも達成して準備を整えたので暗くなる前にグランバニラに帰還する事にした。体力は回復したが2人ともかなり疲労が溜まっていた。
それにしてもあのスライムは何で1匹だけでこんな場所に居たのだろう。
アルマの話だと周辺の地域にはあまりスライムは生息しないらしく、主に湿地帯を棲み家にしてるようで、普通のスライムはあそこまで巨大でもないらしいが……
そんな事を考えつつ帰りの道中、魔狼と出会う事もなく魔女の森を後にする。
ギルド掲示板クエスト【森の魔女からの依頼】無事にクリアだ。
◇
「よっしゃ、どうだ見たかー♪」
「まさかその装備やレベルであのボスに勝つとは」
苦戦したが巨大スライムに勝利した桜子は、その後ろに居る弟に自慢気に話す。
ここは弟の部屋だ。元々は姉弟2人で使っていた子供部屋なのだが、私が中学生になった頃に自分専用の1人部屋を要求して、娘に甘い父親から父の部屋を見事に乗っ取った。
なので普段はそこまでこの部屋には訪れないのだが、お互いに買った漫画の雑誌や単行本を共有して読んだり、ゲームを遊ぶ時は勝手にこの部屋に上がり込んで、飽きたら勝手に帰っていく。
このゲーム【ワンダークエスト】を遊ぶ為のゲーム機本体が一台しかないので、ゲームを遊ぶ時はこの部屋に居座っている。
自分の部屋にもテレビはあるから本体を持っていけば自室でも遊べるのだが喧嘩になるから独占は出来ないし、そこまでして遊ぶ必要は特に感じない。
時間帯によっては弟が居る時も多いけどお互いそこまで干渉しないし、邪険にもしてない。一緒にゲームで協力したり対戦したりして遊ぶ事もそれなりにはある。
元々は自分の部屋でもあったし、そこまで仲良しでもないが、特に仲が悪い訳でもないので、遠慮なく押し掛けて漫画やゲームを共有してる感じだ。
まあ他にもしたい事は色々あるし、そんなに長い時間ゲーム機を専有したりはしないけど。
「と言うか空腹状態なんて聞いてなかったんだけどぉ!?」
「あれ? そう言えば云うの忘れてたかも、いやでも普通に肉屋で食材とか買ってたじゃん、空腹デバフ対策じゃなかったん?」
「いや、会話イベントの流れであの親子に色々とオススメされたのと、何やら外のマップを移動するのに遠征とかもあるみたいだから、それに必要なのかなと思って買ったんだけど、まさかRPGに空腹の要素があるとは普通は思わないし」
「ほんとそれ、面倒だよなぁ」
「まあ無事にスライムにも勝てたし、そのおかげで何かの隠しイベントみたいのも発見したから良いけど、これ森に住む魔女ってのが関係してる感じかな?」
「勇者の装備、まだ全然初期のだったのによくその状態で勝てたなと関心したわ」
「あのプレス攻撃はマジでヤバかった、仲間のアルマが一撃で気絶したし死ぬかと思った、そのまま全滅して王様に、おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない……とか言われる展開を想像させられたわ」
「このゲーム多分だけど全滅するとオートセーブで上書きされると思うぞ?」
「え、なにそれ怖い」
「セーブデータ枠が1つしかないのに進行によってはオートセーブで上書きされるみたいだから、おそらくだけど全滅するとお城や教会とかで復活して所持金が減るとか、何かしらペナルティーが起きると思う」
「ええ? それだとイベントのボス戦とかダンジョンとか探索の途中で死んでも、また最初からやり直しとかになるし、流石に鬼畜すぎない!?」
「まだ死んでないからよく分からん、多分その辺は何か救済処置とかあるとは思うけど、リアルを追求して仲間キャラが死んだらロストする何て事もあるのかな?」
「いや、RPGでそれは無いでしょ、シナリオの都合とかならあり得るかもだけど」
「シミュレーションRPGとかだと一応見たことはあるの」
「むぅ、まあ何処でもセーブ出来るなら負けそうになったら強制的にリセット戦法とかで対策は出来そうだけど、それだと何か興醒めだしなるべく無理しないで堅実にプレイするかな、なんとなくこの主人公にも愛着も湧いてきたし」
「姉ちゃんもピヨヒコの事は可愛がってたからな、愛着もそりゃ沸くさ」
「いや、主人公の名前に関しては変えられるなら変えたいぞ、正直あまり私の趣味ではないし、付けるならもっとちゃんとしたカッコいい名前にしたい」
「えぇ……」
「飼ってたピヨヒコは確かに可愛かったし愛着はあったけどね」
「まあ別にいいけど、楽しく続けられそうなら良かったわ、オレはやっぱちょっと設定が細かすぎてそこまで遊ぶ気が起きないし、たまに後ろから見てアドバイスとかならするぞい」
「あんたの場合アドバイスじゃなくてただの口出しじゃないか?」
「そうとも言う、メインクエストはまだ序盤だけどこの後はどうする予定なん? そろそろメインも進めてく感じ?」
「そう言えば二人でお城に迎えばイベント発生するんだっけ?」
「そうそう、後ろで観てた感じだとそれ以外にも、町の中でもまだ何かイベントが起きそうだし、多分レストランに行けば料理人関連のクエストとかも発生しそうな気がする、それと酒場の女盗賊のジョブクエストもそのまま放置してる状態だし、魔法職の詳しいチュートリアルもまだ済ませてないから、戦闘システムの説明とかもまだまだありそうだね、何か仲間との連携とかもあるみたいだし、それとーー」
「いや、多い多い……」
「それくらい色々とクエストのあるゲームもあるにはあるけどな」
「うーん、どうするか悩むな、そう言えば色々と出来ると言えばこのゲームって、自分でアイテムを“合成”したりとかも出来るみたいよね」
「合成?」
「いや、クマのボスと戦ったんだけど、探索の途中の会話イベントで火が弱点とか説明があって、そしたら何か主人公が火には油が有効だとか思考で提示してきたから、それに従って店で購入した“ガラスの容器”と“料理用の油”をアイテム欄で組み合わせたら、ビンと油は1つずつ消耗したけど“投擲アイテム”に変換されたから驚いたわ」
「投擲アイテム?」
「説明文だとガラスの容器は多目的に使えるビンとか書いてあったけど、油の方は油を使った料理に一品に1つ消費するとしか書かれてなかったんだけどね」
「いつの間にかそんな操作してたん?」
「えっと、としをが部屋に居なかった間かなー」
「ああ、何かいきなり追い出された間か、少し不服だったんだけど」
「いいじゃんか、私だってゆっくり1人でゲーム遊びたい時もあるんだよ、本体を持ってかれないだけ有りがたく思えー」
「横暴だー」
「おやつ上げるって言ったら喜んで出て行ったくせに」
「プリン美味しかったよ」
「くっ、今日のおやつはプリンだったのか」
「またおやつと引き替えに部屋を少し明け渡してもいいぞ」
「そんな事態にならない事を願うが……」
「む?」
「コホン、それにしても何か変わった主人公だよね、まるでプレイヤーを認識してるみたいに背後を振り向く時もあるし」
「あー、それな、何かゲーム開始した直後にも唐突に変な事を言ってたけど、特に何も起きなかったからそのまま無視して遊んでたわ」
「ふーん、そんな事あったんだ?」
「記憶喪失って設定だから何か変な設定とかあるのかもしれんけどな」
「まあ作った料理もアイテムとして戦闘中でも食べれたし、まだ説明されていない要素も何かありそうだけどねぇ」
「そこまで細かく色々出来るRPGも珍しいけど、薬師って職業もあるし、調合台で自分で本格的に回復アイテムを作ったりも出来そうだよな、肉屋で加工食材が買えたなら自分でも色々と料理とか作れそうだし、オレが遊んでいた時は料理する為の調理台みたいのは特に見つけなかったけど」
「森の泉での料理は空腹状態であの場所に行ったら選択肢が出たからそのまま流れで強制イベント扱いって感じだったからね」
「仲間との会話イベントとかも突然始まるよなこのゲーム」
「肉屋で教えてもらったレストラン関連のイベントを進めたら何か説明がありそうだけどね、それに職業スキルはその職に合った行動でポイントが貯まるみたいだし何か条件次第で本当に料理人にもなれそうだね」
「確かに、もしくはその職業に就いてるキャラが仲間になるとか?」
「料理人が魔王討伐ってどうなん? あの親子は確かに強そうだったけど」
「確定ではないけど、炎の魔法とか適性はありそうだよなー」
「取り敢えず暫くは盗賊のままでいいかな、主人公めっちゃ敵の攻撃を避けるし」
「まだ紙装甲だから回避がなかったらボスで死んでたな」
「あはは、そだねー」
「装備も防具は初期のままだったし、よくそのまま討伐クエストに挑んだなど関心したわ、縛りプレイでもしてんのかと思った」
「え、なにそれ、聞いてないんだけど!? としをが遊んでる時に買える装備とか最低限は揃えてるのかと思ってたんだけど」
「ああ、それで初期装備のままだったんか、まあ勝てたんだし良かったじゃん」
「よくないわ!」
「なんか面倒な要素も多いから装備の管理とかも大変そうなんだよな、そんで防具より武器を優先したんだよ、それに所持金もそんなに持ってなかったし」
「この手のRPGだと毎回思うけど、王様から勇者に任命されたのに資金が全然ないのは違和感あるよね、まあゲーム的にはそれが普通なんだけど」
「それはオレも思うけど、経験値やお金を貯めるのもRPGの醍醐味だし仕方ないね、それを言ったらどのゲームでも最初は主人公のレベルが1なのもよく考えたら不自然だし、最初からレベルが高い主人公とか居ても面白そうなんだけどな」
「それだとゲームして成り立たないけどね、あ、後そう言えば聞きたい事があったんだけど」
「む?」
「いや、データ引き継いで起動した時に何かメニュー画面で変なアイテムを貰ったんだけど、このゲームってログインボーナスみたいのもあるの?」
「ログボ? いや、よく分からんけど」
「ほらこれ、このカードみたいなアイテム」
「なになに、ネームレスカード? いや、オレが遊んでいた時にはそんなアイテムとかは貰わなかったけど、何かイベントとかに関わる専用アイテムなんじゃね?」
「ふーん、まあメインシナリオを進めればいつか分かるか」
「てか、いつまで遊んでんだよ、オレも違うゲームを遊びたいんだけど」
「えー、まだいいじゃないかー」
「よくねー」
そんな会話をしつつもそのままお城に戻ってくる事が出来た。
途中で茶化すように笑ったが、無事に死なずに勝てたので良かった。
ピヨヒコの防具に関しては今回のクエストの報酬で買い換えるとするかな。
それに何か空腹デバフに気を遣ってくれ、とか念じて訴えて来たんだけど。
取り敢えずもう夜みたいだしギルドで食事を摂ってから宿屋で休むとしよう。
◇
すっかり夜になったが、無事にグランバニラの町に戻って来る事が出来た。
森を抜け周囲を照らしつつ帰路についていたが敵の気配は特になく、やはり街道沿いは比較的安全なようだ。
キュー……
その道中お腹が鳴り空腹状態になったアルマがかなり恥ずかしそうにしてたが、あの巨大スライムを誘き寄せる為に、アルマが食べるはずだった料理をピヨヒコが使ってしまったからなのだが。
もう一度あの場所で料理するのも手間なので、そのまま耐えてもらった。
キュルル……
「……っ」
ピヨヒコはその音に気が付いてない振りをして気を遣いながらギルドに向かって歩いた。アルマはピヨヒコの背後を少し離れて歩き、お腹を押さえて音を出さないように奮闘していた。
空腹状態だと戦闘でのデバフもかなりキツいので今後はなるべく空腹にならないように忘れずに食事はしたいところだ。そう背後の少女にも心の中で強く訴える。
そんなこんなで何とかギルドまでたどり着いた。
討伐クエストの報告や素材など換金もしたいが、先にギルドの酒場で料理を頼む事にした。ここのメニューは色々あって種類が豊富だ。
アルマにオススメされたので【ストーンポークの石焼き肉】を注文したけど、油が乗って口どけも良く食べ応えもあり美味しかった。
丸パンに野菜サラダ、飲み水も付いてるので、確かな満足だ。
しかし“ポーク”とは何か不憫な名前だな。豚の魔物なんだから“ピッグ”とかにはならなかったのだろうか? 可哀想だがせめて美味しく味わうとしよう。
自分の名前に不満があったピヨヒコはストーンポークに仲間意識を感じた。
アルマの方もようやく食事にあり付けたからか美味しそうに噛み締めて味わっている。女性だからかその佇まいや食べる姿勢はどこか上品だ。テーブルマナーなど知らないピヨヒコとは雲泥の差だが別に気にしない、腹に入れば一緒だ。美味しく食べれればそれで良い。
夜も更けてたので、換金等は後日にしてギルド宿屋に向かう事になった。
そして宿屋のカウンターで女店主に話し掛け、昨日と同じような説明をされたのだが……
「あ、それじゃあ二人部屋で」
さもそれが当然のように今回も二人部屋を選んだ。
選択の決定権がないピヨヒコは悟ったような表情でそのまま代金を支払い昨日と同じ部屋に歩く。アルマも何か言いたげな表情ではあるが、黙ってそれに従った。
すまない、本当に申し訳ない。と心の中でアルマに謝罪した。
どうやら自分を操作している人間が変わっても選ばれる選択肢はそんな変わらないようだ。それでも戦闘での判断とか、回復の管理はそれなりにしっかりしてくれたので画面の少女に対して、ピヨヒコも僅かながら信頼してたりはする。
何だかんだとあのハングリーグリズリーや巨大スライムに勝利したのも、画面の少女の采配による賜物でもあるし、まあ実際に戦ったのは自分達なのだが。
しかし少年に話し掛けても全く反応はなかったので、基本的には背後の画面には今まで通り意識を向けないよう、スルースキルを発動して見えてない事にする。
宿の二人部屋に関しては今後も選びそうだがアルマには慣れてもらうしかない。
そんな事を考えてたらいつの間にか部屋に立っていた。
アルマは昨日と同じように帽子やローブ、鞄を外し奥のベッドに座っている。
スライムの攻撃で濡れた服とかは戦闘の後で暫くしたら何故か自然と乾いた。
「あの、勇者様」
「なに、アルマ?」
また気まずい空気になるのが嫌だったのか、アルマが何やら話し掛けてきたので相づちを返す。
「討伐クエストお疲れ様でした、色々ありましたがカッコ良かったです、勇者様」
「……カッコいい?」
そうアルマに言われ思い起こすが、魔熊に背後から全力で不意討ちかましたり、スライムの目の前で1人スープをガツガツと食べたり、雷の剣を掲げて意気込み届かないスライムを前に立ち尽くしてたり、更にはアルマが気絶して安否も分からない状態だったにも関わらず、その傍らで巨大スライムの多数の触手によるくすぐりプレイ? で、笑い転げてたシーンを思い浮かべたのだが……
それらの記憶をピヨヒコは頭を振り、ブンブンと打ち消した。
その仕草を見て察したのか、アルマは少し苦笑いを浮かべた。
「アルマも本当にありがとな、アルマが居なければ俺は今頃この場所には居なかったと思う」
ハングリーグリズリーやスライムと対峙した時の記憶が更に思い起こされる。
お世辞ではなく本当にアルマが居なければきっと今頃、俺は死んでいたはずだ、アルマの魔法には何度も助けられた。
「いえ、私の方こそスライムに捉えられてそのまま取り込まれそうになったところを躊躇わずに助けてもらって、その、とても嬉しかったです」
「? いや、そんなの当たり前だろ?」
アルマは何を言ってるのだろう。確かにあの状況で行動順を待っていて、歯痒い気持ちで無我夢中で動いたけど、仲間なんだし助けるのは当然の事だと思うが。
あの時は複数のスライムの触手に絡まれたアルマは何か如何わしい感じにも見えたけど、正直あの場面で悠長に見惚れている余裕なんて無かった。躊躇っていたら救える場面でも救えなくなる。もしそんな事になったらきっとすごく後悔する。
「ハングリークリズリーもそうですが相手が巨大で、自分よりも強い場合、恐怖で怖じ気ついて足が竦んだりもするので、私にとって勇者様のその勇気ある行動は、やっぱり“カッコいい”と感じました」
「そ、そうか……」
そんな事を言われたので素直に嬉しかった。確かに魔熊に襲われた時は恐怖心とかも感じた気がする。
あの巨大スライムも無邪気ではあったが、体内に囚われた時も無意識ではあったが少なからず恐怖も感じてたかもしれない。
その事をアルマに伝えたら、どうやら恐怖に対する状態異常もあるようで、抵抗に失敗すると【恐慌状態】になり身体がすくんで動けなくなるらしい。
もし一人で魔熊や巨大スライムに遭遇して挑んでいたら、きっと自分も恐慌状態になっていたと思う。アルマの存在の大きさを改めて実感する。
「こちらこそ、アルマの冷静な判断に何度も助けられた、俺があのスライムに取り込まれてもう駄目だと諦めかけた時も、魔法で救い出してくれたし、あの時は呼吸も儘ならなくて本当に死ぬかと思った……!!」
「いえ、私の方こそ大事な場面で気絶してしまいすみませんでした」
「ガタッ」
「勇者様……?」
【死】と言う言葉を口にする事で、巨大スライムに押し潰されてそのまま動かなくなった時のアルマを思い出した。そしてもし最悪の事態になっていたら、そう考えると、カタカタと身体の芯が震えて恐怖した。
死が【言霊】となり心を蝕む、手が震え出して止まらない。
「ガタガタガタガタガタガタ……」
ピヨヒコは“恐慌状態”に陥った。
まるで魔物から逃げてクローゼットに籠って震える男児のように怯えだした。
「あ、あえ、なんだこれ……」
「勇者様、落ち着いてください、大丈夫ですから」
「ガタガタガタ……」
そんなピヨヒコの様子を見てアルマが応える。
怖いのは当然の事だ。アルマ自身も魔物と戦う時は恐怖は感じている。それでもやらなくてはいけないのだ。自分がこの勇者様の導き手となり、支え寄り添う。
そして魔王を倒しこの世界を救う。それが彼女に課せられた【天啓】なのだから。
口には出さないが、アルマもまた自身の使命を心に秘めていた。
「魔王討伐するには、まだまだきっと怖い事も含めて色々な事があると思います、それでも勇者様ならきっとその試練を乗り越えて、打ち破り、かならず世界を救うと信じてますので、私も微力ながら一生懸命、貴方を支えますね」
「アルマ……」
アルマが震えるピヨヒコの手を握ってきた。すると、その心は次第に落ち着きを取り戻す。安心したのか震えも止まった。
「大丈夫ですよ」
「ありがとう、アルマ……」
アルマは無言のまま優しく微笑む。目が合う2人、何となく良い雰囲気になり妙な緊張感が生まれる。
しかし昨日と同じパターンなら多分この辺で、場面が暗転……しない?
「あれ?」
気になって然りげ無く背後を見てみると、画面の少女も何やら物思いに更けているような表情でこちらを見ていた。
例の少年の時は話し掛けても反応しなかったし、今の会話とかも聞かれたりしてないとは思うのだが……
そのまま少し考えて悩むピヨヒコ、そして決断する。
「……決めた」
「? どうしました勇者様?」
自分の意思で考え、アルマにあの事を打ち明ける事にした。
「アルマに伝えておきたい事がある」
「……はい、なんでしょう」
その真剣な様子を見て、アルマも真面目に聞き返す。
「実は俺には、以前の記憶がないんだ、自分の過去の記憶も、英雄と呼ばれた父親の事もこの世界の事も、そして自分が何者なのかも、何もかも分からないんだ」
「記憶がない?」
「こんな話をいきなりされても信じてもらえないかもしれないが、この国のお城で目覚めて、その時には既に何もかも分からず困惑して、それでも自分が勇者であるという自覚はあるんだが、この世界の事とかも何も分からない状況で、それに……いや、ただ何も分からずこの世界で目覚めてスゴく不安で、スゴく怖くて、誰かに悩みを聞いてもらいたくて」
ピヨヒコは自分が背後に浮かぶ画面の中の少女の意思によって操られている事までは伝えずに濁した。流石にこんな荒唐無稽な話を信じてくれると思わなかったから、と言うよりは、何故かその事を伝えようとしても誰かの意思でそれを阻まれてるような、そんな感覚があって話すことが出来ないでいた。
アルマを見ると、何やら考えてるようにも見える。
癖なのかアルマは何か考えている時に人差し指を曲げて自分の唇に当てる。時折その仕草を見せるのだが、何となく知的な雰囲気があるので嫌いではない。
そして、口を開く。
「そうだったんですね、何となくですがそんな気もしていましたが」
「……」
どうやらアルマにも思い当たる事があったようだ。
この世界の常識的な事や、鍛冶屋でのやり取りでは自分の父親の名前すら知らなかったので、当然ながらその事を疑問に思われてはいたようだ。
「それでも勇者様は、この世界の"勇者"としての使命を感じています、それならばこのまま勇者として魔王を倒す使命を果たせば、いつかきっと全てを思い出す事が出来ると思います、確証があるわけではないですが、私はそう思います」
「……そう、だろうか」
アルマは何か知っているのだろうか? でも確かに俺も自分が勇者として魔王を倒す旅を続けなければ、と言う強い”使命感”は消える事なく持ち続けていた。
自分の無くした記憶や今の置かれている状況も、このまま勇者として魔王を倒す使命を果たせばいつか必ず解るという根拠のない予感は確かにあった。
「私が知ってる事で良ければ教えますので、独りで抱え込まないでくださいね」
「そう、だよな……ありがとう、アルマ」
ピヨヒコは記憶喪失の事をアルマに打ち明けて良かったと思った。
まだ不安はあるけれど、一緒に旅する仲間としてアルマを信じて共に寄り添い、そしていつか絶対に魔王を倒すと、改めて心に誓う。
不安で心を覆ってた黒い靄が、少しだけど晴れた気がした。
背後には画面少女も居るが、なんだかんだとこの少女の判断で今ここに居る。
仲間意識はそんなにないが今後も一緒に冒険する間柄だしその判断を信じたい。
悩みを聞いてもらって気分が落ち着き、気が楽になった。
それに仕組みは分からないけど、まだ例の暗転は起きないようだ。この二日間で気になっていた事もあったので、その事をアルマに質問してみる事にした。
「ねえ、アルマ……」
「はい、なんでしょう勇者様?」
そのあとも暫くアルマと話したが、何だかしどろもどろしていた。別に変な質問をしたつもりは無かったけど、途中でちょっとしたハプニングもあり少し気まずくなったが機転を利かせて何とか打ち解けた。疑問も解けて、身体もスッキリした。
そして安心して気が抜けたのか、どっと疲労感が押し寄せてきた。
「よし、それじゃあ、疲れたしそろそろ寝るとしようか」
「え? あ、はい、そうですね」
初めての討伐クエストで強敵との連戦で疲労も溜まっていたので、そう提案したのだが、何やら恥ずかしそうに返事をされた。その表情を見ると少し緊張しているような照れてるようにも見えた。いや、だからなんだその反応は?
仲間になったとは言え、二人部屋に若い男女が2人の状況だし、違うベッドとは言え同じ部屋で寝るんだから、やっぱりまだ抵抗感とか不安もあるのだろうか……
「明日からもまたよろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ピヨヒコからすればこのあと意識が暗転して、理解し難いが時間が飛んで場所が変わるのも知っているので、そこまで同じ部屋に泊まる事に対しても変な意識とかはしてないのだが……
部屋の灯りを消す前に背後の画面を見ると少女がなにやら妄想に耽っているような表情をしていたので少し気になった。
「おやすみなさい」
また明日からの冒険に思いを馳せて、ベッドで休む事にした。
ベッドに横たわり目を瞑る。
それと同時にピヨヒコの意識は暗転して目の前が暗くなる。
その瞬間、夜は更け、日はまた昇る。
チュンチュンチュンチュンチュンチュンチュ~ン♪
なにやら雀がさえずるような効果音が鳴り響く。
そして目を開けると、目の前には、また宿屋の女店主が居た。
「あらお客さん、おはようございます、ゆっくり休めましたか」
「……ゆっくり?」
ゆっくりだと? 休めたどころか寝た記憶すらないわい。
宿屋のシステムとして受け入れるしかないが、これだけは慣れる気がしない。
眠気も特に感じず、体力も回復しているのだが、やはり納得は出来ない。
しかし既に夜は明けて朝になっている。また1日が始まる。
「体調には問題ないのだが、なんかスッキリはしないなぁ……」
時間が飛んだらしいのだが、その間の記憶がないだけで時間はちゃんと経過してるとは思うが、そうじゃなきゃこの世界全体が自分に合わせて時間が飛んでる事になるし、アルマの方はしっかり寝て身体を休められているのだろうか? それとも自分と同じように意識が飛んで訳も分からずにこの場所に居るのだろうか?
「昨夜はお楽しみでしたね」
また小声で女店主に決まり文句を言われた。
いや、別に何もないからね?
そのセリフの由来もアルマから聞いたけど、別に変な事はしてないからな?
そんな事を考えつつもその傍らに居るアルマを見てみると、何やらモジモジした様子で少し恥ずかしがっているではないか。
いやいや、何もなかったよね? アルマさん ねぇ!?
全く見に覚えはないのだが、一抹の不安を感じたピヨヒコであった。
「あ、そう言えば……」
前回は混乱してたけど確かこの直後にも目の前が突然暗くなって、意識が途絶えたような……そう思い出した瞬間、視界が再び暗転する。
「そうそう、この唐突にブラックアウトするような感覚が……あ」
そしてピヨヒコの意識は遠のく―――――――――――――――ブツンッ
◇
「いやー、楽しかった♪」
弟に愚痴られたのでセーブして今日はこれで止めることにした。
さっきの会話の後でまた部屋を出ていったが、確かに休みの日に長時間ゲーム機を独占する訳にもいかないので、まだまだ遊びたいがそろそろ区切ることにした。
「それにしてもこのゲーム、会話パートが本当に多いなぁ」
この手のRPGには珍しく主人公がよく喋る。しかもフルボイスだ。
無名の作品らしく声優さんとかは聞いたことない感じだけどそれでも戦闘とか、ちょっとした会話でもボイスが付いていたので驚いた。
メッセージウィンドウで主人公や仲間との会話も読めるのだが、普通に町を歩いている時や戦闘中にも関わらず、勝手に仲間と話し出すから正直かなり戸惑う。
会話パートが発生すると画面の下の方にメッセージウインドウが出て、その両側に会話してる2人の顔がアップで表示されるのだが会話の内容によってその表情も合わせて変化する。差分だけでもかなりのパターンがあるようだ。
特にピヨヒコはその思考や心情すら伝わってくるような多彩な表情を見せる。まるでゲームの中で本当に生きているみたいに考えてるように発言する。
内容によって選択肢も選べるので決められたセリフを喋ってるだけだろうけど、それでもこの主人公は自分から話しを切り出して、自然な感じで仲間との会話を始めるのだ。さっきなんて変な質問してアルマを困らせてたし。
RPGの世界で“トイレ”や“お風呂”の話題は本来タブーなのに、この主人公ときたらその禁忌をあっさりと打ち破り、女性のアルマに質問してきた。全くデリカシーのない男だ。
しかもこの世界にはちゃんとトイレとかの概念もあるらしい。
と言っても裏設定で店を訪れた時や、セーブの合間に勝手に済ませてる程度の話なのだが。何処までもリアリティーにこだわるゲームだ。
それでそう言う会話からゲームの重要なシステムとかの説明パートが始まる事も多いから、無闇に読み飛ばせない。まあ読んでて楽しいからそれは良いんだけど。
それだけストーリーの進行が遅れるから、サクサク進めなくてもどかしさとかは正直かなりある。弟が面倒になって途中で投げた気持ちも少し分かった気がした。
しかし恋愛シミュレーションとかが好きな私にはそこまで苦ではない。
色々な会話を聞いていると、キャラの掘り下げにもなるし寧ろ楽しい。
主人公は記憶がないから無知だけど、勇者としての使命感があって芯が通ってる性格だから何となく好感は持てる。
最近だとゲスな主人公とかも多いけど何か天然っぽい感じで私は嫌いではない。ストーリーの展開次第だと記憶関係でいつか闇落ちとかもしそうな気もするけど。
チュートリアルの説明とかでも記憶喪失だとプレイヤー目線では都合が良いとは感じる。主人公と一緒に分からない世界観を知れるから共感性は生まれるし。
それに仲間のアルマも、優しくて穏やかなので好印象だけど、ストーリー関連で秘密とかは持ってそうな感じだ。それでもメインヒロインとしての頭角を表してるので、このまま二人がくっ付くハッピーエンドとかの展開とかあれば、個人的には応援したいし、楽しめそうだ。
まあおそらくだけど仲間キャラの主人公に対する好感度の変化とかもあると思うから選択次第では嫌われたりもしそうだけど。
でも別に乙女ゲーとかじゃないからそこまで細かく変動はしないとは思うけど。
進行状況によってはプレゼントとか贈ったりも出来るようになるのかな?
アルマがヒロインで会話に出てきた魔族の友人が男で主人公のライバルになれば個人的には面白かったのになぁ……
取り敢えずエッチな展開は別に要らないので恋愛要素をもっと入れて欲しい。
「うーん……んあっ」
桜子はコントローラーを置いて、両手を伸ばし背伸びをする。
そして何も映ってないテレビの画面を見て改めて確認する。
記憶がないまま勇者として目覚めた主人公が魔王を倒す物語。
それがこの『ワンダークエスト』と言うゲームだ。
主人公は自らの意志で仲間のアルマに自分が記憶喪失である事を打ち明けた。
それは決まった台詞だったのかもしれないけど、少しだけジーンとも来た。
まあ変なタイミングで笑いを取るようなコミカルな動きもするからあまり真面目でシリアスな展開って感じではないのだが……何だよガタガタガタ、って。
知ってるぞそのゲームのネタ、堂々とパクるなし。まさかブルーベリー色をした鬼の魔物とか出て来ないよね?
このゲームの結末も勇者ピヨヒコの物語りの顛末も全部含めて続きが気になる。
今後も時間がある時にでもコツコツと続きを遊びたいとは思った。
「さあ、俺たちの冒険はこれからだー♪」
少し皮肉を込めた発言をしながら右手を突き出す桜子。
まだまだこのゲームを楽しむ予定だ。
◇
俺たちの冒険はまだこれからだ
ここまでご愛読ありがとうございました。
取り敢えずの一区切り。
次章も良ければ、よろしくお願い致します。




