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第10話 ハングリーグリズリー

第十話 ハングリーグリズリー


 背後をずっと追跡してくる仲間の魔法使いに止めてくれと訴えた。

 すると願いが通じたようで追従するのを止めてくれた。

 ずっと気になっていた不安要素だったので、解決して安堵した。


 ギルドで討伐の依頼クエストを受けて魔女の森にやってきた。

 森を探索しながら進むと討伐対象の痕跡と思われる爪痕を発見した。


「この痕跡を見た感じだとかなり大きな魔物みたいですね」


 そうアルマに言われて見てみると若い木々が倒木して散乱していた。

 倒れずに爪痕の残された木を見るとその大きさも容易に想像が出来る。


「爪痕の位置の感じだと魔狼とか魔猪ではなさそうだが……」

「そうですね、おそらくは熊のような魔物だとは思います」


 その巨体を起こして、両方の腕をクロスして振り下ろされたような爪痕からは、確かに大きな熊のような生物だと予想される。


 倒木した辺りを見た感じだとなにやら争った跡のようにも感じもするが、辺りを見ても他の生物の亡骸や血痕などは特に見当たらない。

 周囲をよく観察すると、そこには乱雑に動き回ったような大きな足跡を無数見つけた。そして、その大きな足跡の他にも複数の小さな足跡もあるようだ。


 足跡を見た感じだとそれは森の更に奥の方に続いているようだった。


「この一回り小さい足跡は魔狼か?」

「痕跡を見るとどうやら魔物はそちらの茂みの更に奥に居るみたいですね、どうします、勇者様?」


「うーん、何か思ったよりもヤバそうな感じなんだが……」


 個人的には、命を大事に、の精神で撤退も考えたい状況なのだが……


「取り敢えずこのまま慎重に進んで状況を確認しよう、どんな魔物なのか視認して無理そうなら撤退の方向で、もし襲撃された場合は状況を見て判断して勝てそうならそのまま挑んで、もし無謀な感じならアルマの氷の魔法を使って足止めしてから全力で逃走する感じで、とにかく無理はしないように」

「わかりました、そうですね、せっかくギルドで依頼を受けてここまで来たのですから出来たら討伐したいですからね」


 背後の少女から伝わってくる判断をアルマに伝える。

 自分の判断のようにアルマに指示を出したが、無茶な吶喊ではないようだ。

 思ったよりも冷静な判断をしてくれるようで少し安心した。


「それにしても森が多いからか何か暗くなってきたな」


 この辺の森は先程の泉の周辺と比べて木々が密集して森が深くかなり暗い。

 時折、梟やカラスと思われる鳴き声も聞こえてくる。

 魔女の森と呼ばれてるだけあり不気味な雰囲気が漂っていた。


 そのまま警戒しつつ慎重に足跡を辿りながら進むと魔物の影があった。音を立てず確認するとどうやらワーキングウルフの群れと交戦中のようだ。


 グガァァア!、ガウガウガウ、ゴキャァ、ギャイン、ウガァー!!


 狼の群れが連携しながら戦ってるのが、おそらく探していたであろう討伐対象と思われる大型の魔物だ。見た目は巨大なヒグマのような姿だ。

 魔物達が激しい咆哮を上げて争う姿は、野生の弱肉強食の世界を体現するような凄まじい光景であった。


「ま、魔物同士で争う事もあるのか?」

「魔物にはそれぞれのテリトリーと言われる縄張りがあるので、お互いあまり干渉はしない筈なんですが……原因は多分あの魔熊の特性のようですね」


「あの魔物は一体なんなんだ?」

「えっと、確かあの魔物は――」


 そう聞くとアルマは以前に王国の図書室で読んだ【魔物図鑑】で見た魔熊の記憶を思い起こし、そこに記載されてた情報を教えてくれた。


 その情報によると、あの魔物は【ハングリーグリズリー】別称、腹ペコ魔熊とも呼ばれて恐れられているようだ。

 本来は大人しい気性らしいのだが、一度空腹状態に陥ると理性を忘れて、周囲の作物や動物、そして魔物すら襲って満腹になるまで暴れ回るらしい。普段はあまり見掛けないようだが餌を求めてこの森を彷徨(うろついて)いるようだ。


 ウガァ、ギャイン、ワンワンゥゥ、ガォォン!


 戦況はハングリーグリズリーがその巨大な体躯と、その腕から繰り出される爪撃でウォーキングウルフを圧倒していた。その威力は一撃で魔狼を葬る程だ。

 しかし魔狼達も群れで連携し持ち前の素早さを生かしながら魔熊を翻弄して反撃する、様子を見るとハングリーグリズリーの方も手傷を負っているようだ。


 ガァァ、バキバキバキッ、グルルルルゥ


 だが最初は6匹以上いた魔狼も徐々に数を減らし残りは3匹。

 群れの数も減り逃走しようとすると魔熊はその大きな両腕から放たれた爪撃で、周囲の木々を薙ぎ倒し、その倒木で道を塞いで逃走を妨げる。

 追い込まれた魔狼達は、一撃、一撃、とその数を減らし、最後の1匹が飛び掛かり反撃する。


 ガウァー、ザシュッ、ギャイン!


 しかし敢えなく最後のウォーキングウルフもその爪の一撃で地に伏した。


「……怖っ」


 そのあまりの戦闘の激しさにピヨヒコ達は絶句するのだが、それを背後から追従していた画面の中の少女は、その光景に、歓喜し、奮起し、興奮し、ヤル気に満ちた表情でそれを観ていた。


     ◇


「いやー、やっぱり戦闘はこうじゃなきゃね、イベント演出も何か凄い迫力だし、楽しくなってきたわ」


 魔物同士の争いのイベントシーンを観て桜子はそんな感想を述べた。敵の強さは不明だが途中で戦った狼の魔物よりも歯応えがありそうなので、モチベーションが上がった。


 装備は心許ないけど戦ってみないと戦力差も分からない。それに初期のクエストだし、既に手傷を負ってる状態みたいなのでそこまで苦戦しないとは思う。


 ボス戦闘の前に挑むかどうかの選択肢まで出てきたけど、取り敢えず挑んでみることにした。背後からだと先制攻撃も可能なようなので戦闘の手順を想定する。


 それに属性の話をしてた際に、主人公が何か念じて戦法を指示してきて、試してみたら出来たのでこれも使ってみよう。

 仲間のアルマも居るので無理せずに、ばっちり頑張ろう、の精神だ!


     ◇


 ウォーキングウルフとの戦闘を終えたハングリーグリズリーが魔物の死骸を漁ってた。こちらにはまだ気が付いてないようだ。


 倒された魔狼から黒い靄のようなものが溢れ徐々に霧散していた。

 魔熊はそれを美味しそうに喰らい始めた。どうやら魔物に内包されてた魔力を補食し吸収してるようだ。食べられた魔狼の骸はその後に消失する。


 この場に来る前にも木々が倒木して争った後があったがどうやらそこでも魔狼達を追い回しながら移動していたようだ。戦っていた群れの数も元々はもっと居たのかもしれない。

 今の戦闘を見た感じだとハングリーグリズリーはかなり狂暴で強そうなのだが、魔狼との戦闘で手傷も負っているようなのでアルマと戦闘の流れを考えつつ挑むことになった。


 「わかりました、そうですね、せっかくギルドで依頼を受けてここまで来たのですから出来たら討伐したいですからね」

依頼されたクエストを受注したのにこのまま戦わずに尻尾を巻いて逃走したら、勇者としての資質も問われそうなので背後の画面の少女の意思に関わらずピヨヒコも腹を決める。


 アルマが言うにはどうやら魔物がこちらに気付いてない状態での不意討ちなら、最初の1ターンの間は相手に行動される事もなく攻撃出来て、魔法による攻撃でも敵視を取らずに先制行動が可能なようだ。


 さあ、準備は出来た。


「アルマは距離を取りつつ立ち回り、絶対に無理はしないように」

「わかりました、勇者様も気を付けてくださいね」


 アルマが呪文の詠唱を始める。

 ピヨヒコも覚悟を決めて、魔物に向かう。


 テレテレテレテレテー、ジャンジャジャン、ジャーン♪


 それと同時にいつもとは違う激しさが増した戦闘曲が何処からか流れ出す。


「いくぞ、どりゃぁぁぁ!!」


 先ずは勇者ピヨヒコの先制行動。

 魔狼を補食しててまだこちらに気付いていない魔熊に全力の一撃を繰り出す。

 勇者として背中からの不意討ちはどうかとも思うが、勝てばよかろうなのだ。


 ザシュッ!!


 力強く振り抜いた斬撃がその身体を斬り裂く!


 ウガァァ!?


 不意討ちだったので避けられる事もなく魔熊に痛烈な一撃が入る。

 どうやらバックアタックだと普段よりも強いダメージを与えられるようだ。


 魔熊がこちらを振り向くが突然の出来事に戸惑ってるようにも見える

 このターンは反撃される事はないのでアルマの魔法が先制で発動する。


「今だ! アルマ!」

「サンダーボルト!!」


 グガ、グガガァァ!?


「わっ、あぶ、危なっ」


 アルマの杖から放たれた鋭い雷撃が、眩い閃光となり魔熊を貫く。

 こちらも不意討ちでの詠唱魔法だったからか何時もより威力があるようだ。


 ピヨヒコもその直ぐ間近にいたので危うく捲き込まれるところだった。

 と言うかちょっと当たった。ダメージはないと説明されたが、身体に電流が走り少しビリビリする。しかし気合で感電には耐えれたのでスタンはしてない。


 魔熊はピヨヒコを睨み付けこちらの次の攻撃に身構えようとするが、電流によるスタンが効いたようで動けない。その隙を見逃さず持ってた剣で追撃する。

 マタンゴとの戦いで習った“クリティカル”を狙い、首筋辺りの皮膚の薄い部位を鋭く斬りつける。


 ザシュッ


 手応えのある痛烈な一撃が再び魔熊に入る。


 だが斬られたにも関わらず、魔熊は唸り声すら上げずにその攻撃に耐える。

 既に魔狼との戦いで手傷を負っているにも関わらず、臆する事なくこちらを見ている。食事の邪魔をしたせいか、その瞳には激しい怒りの感情が窺えた。


 ウガァ! グルガァ!! ゴルラァァア!!!


 その巨大な体躯を見てピヨヒコは先程の魔狼の無残な姿を思い出す。

 スタンしてるにも関わらず怒りに任せて魔熊が恐ろしい呻き声で咆哮する。

 同時に恐怖の感情が湧いてくるが、勇気を持ってそれに抵抗する。


「くっ、アルマ、もう一度だ!」


 先程の事もあるので今度は少し距離を取る。

 魔熊の行動は阻害したので詠唱をしてたアルマが再び魔法を放つ。


「わかりました、サンダーボルト!」


 ウガガガァァ!


 再び放たれた雷撃はその場で構えてたハングリーグリズリーに直撃する。

 しかし魔熊は上体を起こし両手を大きく振りかぶり、電流を放散させる。

 二度目は魔熊も抵抗に成功したようで感電状態にはならなかったようだ。


 三度目の戦闘行動に入る、行動順はまたピヨヒコからだ。


「このっ、くらぇ!」


 魔熊に近付いて攻撃を仕掛ける。

 再び急所を狙ったが今度は魔熊も動き出しその太い両腕で斬撃を防ぐ。

 ダメージは与えたが身体に直撃はしなかった。


 これまでの攻撃に怒り逆上したハングリーグリズリーは両手を構え、唸りながらその爪撃をピヨヒコに振り下ろす。


 ゴラァァ!! ガキィィン


 身構えた盾で直撃を何とか防ぐがその重い一撃に耐えきれず、ピヨヒコは身体を吹っ飛ばされる。もし盾がなかったらと考えると、冷えた汗が頬を伝う。


 ピヨヒコは直ぐに起き上がり体勢を整える。すると魔熊と目が合うのだが、その瞳を見ると先程までの野生の本能とはまた違う、何か強い意思を感じる。


 グルルルゥ……


 どうやら本気になったようだ。


     ◆


「いくぞ、どりゃぁぁぁ!!」


 ザシュッ!!

 何だぁ!? あ"ぁん?


 背後から聞こえた間抜けな声に気が付き、振り返るが身体に痛みが走る。

 状況を判断すると、背後から誰かに斬られたらしい。誰じゃ我ぇ、ゴラぁ!!


「今だ、アルマ!」

「サンダーボルト!!」


 状況を理解するも困惑しそのまま動けずにいると、鋭い雷撃が身体を貫く。


 グガ、グガガァァ


「わっ、あぶ、危なっ」


 どうやら魔法による電撃を受けたようで激しい痛みと電流が身体を走る。

 男の方も何やら慌てているが、近くに居たので電流に捲き込まれたようだ。


 しかしスタンはしなかったようで男が再び動き攻撃を仕掛けてくる。


 身構えようと身体を動かすが今の電流のせいか体が痺れて動けない。

 目の前の男は強い意思でこちらを睨み付け、剣を構え斬り付けてくる。


 ザシュッ


 再び激しい痛みが走る。

 反撃したいが電流の痺れがまだ残っているのかまだ身体が動かない。


 誰じゃいコイツらは!? 痛みよりも、怒りの感情が沸き上がる。

 今の己の置かれている状況を【ハングリーグリズリー】は改めて整理する。


 先ほど魔狼の群れを仕留め、傷も癒えぬままやっと食事にありついて落ち着いた矢先に、背後から見知らぬ男に不意討ちで斬り付けられ、更に別の誰かに雷の魔法で追撃を受けたのだ。別に己らには何もしてないのに、酷い扱いだ。


 少し離れたところに女が居る。どうやらコイツが魔法を使って来たようだ。


 思いもよらぬ出来事にハングリーグリズリーは沸々と、どす黒い負の感情が込み上げてくる。コイツらは一体何なんだ? 何で食事の邪魔をする!!


 腹減った! 腹減った!! 腹減った!!!


 ウガァ! グルガァ!! ゴルラァァア!!!


 いまだに空腹状態で魔狼との戦闘で手傷も受けて万全ではないが、食事の邪魔をする者は誰であろうと容赦はしない! 邪魔する奴は皆殺しじゃあぁ!!


「くっ、アルマ、もう一発だ!」

「わかりました、サンダーボルト!」


 そんな声と共に再び雷の魔法が放たれる。さっきから離れた場所からチクチクと、なんとも鬱陶しい女だ。


 男の方も今度は巻き込まれないように距離を取る。

 まだ身体が痺れていたので、その雷撃が再び身体を貫く。


 ウガガガァァ!


 痛みと電流が身体を走る。さっきは不意討ちで食らったが今度は抵抗する。

 身体を起こして両手を振り上げ電気を放散させる。二度目の電流で耐性も付いていたので今度は身体が動くようだ。あのアマぁ、絶対に許さんぞ!!


「この、くらぇぇ!」


 更に再度、男の方が近寄ってきて追撃を仕掛けてきた。この男は自分よりも速く行動するようだ。両手を構えて身体に直撃するのを防ぐが腕を斬られる。

 手傷は負ったがやっと行動順だ、好き勝手しやがってからにこんちくしょう!!


 くらえ我ぇゴラァ!!


 ゴラァァ!! ガキィィン


 怒りに任せて目の前の男に両手を振り下ろし、その爪で攻撃する。

 男は盾を身構えて爪撃を受け止めるが、耐え切れずにそのまま吹っ飛ぶ。

 しかし直ぐに体勢を立て直してきた。その男と目が合う……


 すると……ドクンッ……と、体の中心が強く脈打つのを感じる。


 なんだ、これは……

 己の中に流れる禍々しい思念の奔流が思い起こされる。


 そうだ……自分はこの男を知っている。


 ハングリーグリズリーは己の魔物としての『存在意義』を思い出す。

 この男『勇者』に挑まれ、戦う事こそが、自分をこの世に生み出した『魔王』から与えられた【使命】なのだ。


 グルルルゥ……


 己の使命を全うする。遂にその時が来たのだと、感情を昂らせる。

 空腹も忘れて、頭が冴えて冷静になる。


 そして思う。

 不意討ちを仕掛けてくるような卑怯な男が勇者とは嘆かわしい……と。


     ◆


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