第十二話:悪夢のような日々の終わるとき
この物語はフィクションです。
「知らない天井だ」
目が覚めたら、ベッドの上。
すっきり爽快な目覚めなのに、記憶には霞がかかったように、何も思い出せない。
なんでこうなったんだっけ?
体を起こして、サイドテーブルに置かれていた水差しから、備え付けの紙コップに水を注いで、くいーと一気飲み。
一杯では足りず、もう一杯。
「ぷはっ、はあ、はあ。あー、水が美味しい」
ただの水が美味しいと感じるなんて、初めてかもしれない。
足も腰も肩も頭もあれだけ重かったのに、今は何も感じない。むしろ、軽くて調子がいいとさえいえる。
けれど、ベッドから出たいとは思わな……あー、トイレ行きたいかも。
その時、タイミング良く、あるいは悪く、ドアがノックされる。
返事を返さないと、と思った時には、看護婦さんが部屋に入ってきた。
返事してないのに入って来るとか、どういうことさ?あ、まだ寝てると思ってたのかな?
無言のまま、看護婦さんと視線を交わす。けど、無言に一秒も耐えられずに、引きつった笑顔を浮かべる羽目になった。
「目、目を覚ましました!東城さんが目を覚ましました!先生ー!」
見た目クールビューティーなお姉さんが、お笑い芸人顔負けの変顔晒したうえ、クリップボードとかペンとか放り出して、両手を上げて逃げていく様子に、ぶふーと吹き出して、自然と笑顔になるのが分かった。
お助けー!ってか?面白すぎるよ看護婦さん。
「看護師の野上が取り乱してすまないね。私の事は覚えているかな?以前に君が入院した際の担当だよ」
覚えてます橋本さん。お世話になりました。
目の前には、恰幅のいいおばちゃん先生。
以前の私の担当に男性医師が着くことになったとき、上に噛み付いて私の担当の座を勝ち取ったらしい。バトルロイヤルかよとツッコんだのを思い出して、また笑った。
体格は良く立ち居振舞いは頼もしく、かける言葉は力強く、立ち塞がる敵には、般若も逃げ出す形相で張り手一発!とのこと。
五人の子供を育て上げる様子から、鬼子母神とも、体格と頼もしさから、金剛力士とも呼ばれているとか。
私としては、仁王辺りが言いやすくてすきだけど。
仕事の出来る人と頼りがいのある人のところに、仕事は集まるって聞いたことがある。
つまり、橋本さんはめっちゃ忙しい人。
なのに、わざわざ私の担当にまた立候補してくれた。ありがたくて涙が出そう。
ステキ、抱いて!と言ったら、そっと、優しく抱き締めてくれて、頭をなでて、背中をさすって、もう大丈夫だからね、と何度も言ってくれた。
涙がこぼれるのを、止められなかった。
私が優さんにすがり付いてから、二週間も経っていて、その間一度も目を覚まさなかったらしい。
それが、昨日をもって、全て解決した。
私を抱き締めながら、橋本さんが教えてくれた。
良かったね、もう、誰も、君を傷つけたりはしないからね。
そう、何度も語ってくれた。
私にとって、悪夢のような日々は、既に終わっていたらしかった。
……ところで、東城って、誰?
今、聞ける雰囲気じゃないんだよなあ。




