第十一話:助けてください
この物語はフィクションです。
放課後、あいつの家に行って、あいつにおもちゃにされて。
身なりを整えてからあいつの食事を用意して。それから自宅に帰る。
あいつの両親はどうしたんだろう?
どうでもいいか。
自宅では、弟が家事に目覚めたようで、帰る頃には大体終わってる。
私の分だけ何とかすればいい。
楽なものだ。
「ね、姉ちゃん。おかえり」
驚いた。無視が基本の弟が、おかえりとか言うなんて。
けれど、私の口からは、「ん」としか出てこなかった。
今の私は、あいつの家と自宅との二重生活に、疲れきってしまっていた。
だから、弟がどれほどの勇気を振り絞っていたかなんて、気が付かなかった。
目をこすって部屋に逃げ込む弟を見ても、なんの気持ちも浮かんでこなかった。
誰とも目を合わせず、誰にも話しかけられず、教師から指名されることも無い日々は、ある意味楽で心地よいとさえ思えた。
悲鳴を上げる心と体に気付かないフリして、心を閉ざして、何も考えず、何も感じない生活。
あいつからの扱いも、何も感じない。
いっそこのまま、何も感じないままでいられたら。
あいつの家からの帰り道に、ふと、そんなことを考えた時だった。
「やあ、こんばんは。上原美香さん」
忘れかけてた、誰かの声が聞こえて来る。
「学生が制服姿で、こんな時間に出歩くなんて、感心しないな」
忘れかけてた、優しい笑顔が、視界に写る。
「家に帰ろう?送ってあげるからさ」
なにかが、壊れる音が、聞こえた気がした。
押さえていた何かが、溢れ出すのを止められなかった。
「助けてください!優さん!私、もう、こんなの嫌なの!」
彼の胸に飛び込んで、今まで誰にも言えなかった助けての一言が、今、ようやく言えた。
「分かった。あとは任せて。今はおやすみ」
優しい声と、真剣な表情。
ひび割れた何かが、満たされていくのを感じながら、意識を失った。




